要約
トロピモはアジヤ、特にエペソ出身の信者で、パウロの第三次伝道旅行の終わりに同行しました。エルサレムでは、アジヤから来たユダヤ人たちが町でパウロと一緒にいる彼を見かけ、パウロが宮に連れ込んだと思い込みます。この誤解が暴動を招き、パウロは逮捕されました。のちにパウロは、彼を病気のためミレトに残したと書いています。影に隠れつつ、旅と危険と病を分かち合った忠実な同行者です。
トロピモという名前の意味
トロピモはギリシヤ語の名で、「養われた」「育てる」を意味する形容詞と結びつけられます。聖書はこの名を説明せず、彼がアジヤ人、エペソ人であったことだけを記しています(使徒行伝20章4節、21章29節)。
トロピモの生涯
パウロの旅の同行者
使徒行伝20章1-6節エペソの騒ぎのあと、パウロはマケドニヤを通ってギリシヤに滞在します。アジヤまで同行した者の中に「アジヤ人テキコとトロピモ」がいました。彼らは先に出発してトロアスでパウロたちを待ち、そこで一行は七日間を共に過ごしました。
エルサレムでパウロと一緒に見かけられる
使徒行伝21章27-29節七日の期間が終ろうとしていた時、アジヤから来たユダヤ人たちが宮の内でパウロを見かけ、群衆を煽動してパウロに手をかけました。彼らはギリシヤ人を宮に連れ込んで聖所を汚したと訴えます。ルカは、前にエペソ人トロピモがパウロと町を歩いているのを見かけ、宮に連れ込んだと思ったのだと説明します。
思い込みがパウロの逮捕を招く
使徒行伝21章30-33節市全体が騒ぎ出し、民衆はパウロを捕えて宮の外に引きずり出し、殺そうとしました。守備隊の千卒長が兵卒たちを率いて駆けつけ、パウロを捕え、二重の鎖で縛らせます。誤解されたトロピモの存在が、ローマへ続くパウロの長い囚われの始まりとなりました。
ミレトに残された病気の同行者
第二テモテ4章20節パウロは最後の手紙で同労者たちの消息を伝え、エラストはコリントにとどまり、トロピモは病気なのでミレトに残してきた、と書いています。忠実な同行者はその場でいやされませんでした。パウロは説明を加えず、仕えた人々の名の中に淡々と記しています。
トロピモから学ぶこと
- 影に隠れた忠実さには価値があります。トロピモは言葉を残していませんが、旅と危険の中でパウロに付き添いました。
- 誤った思い込みは大きな害を生みます。非難する前に確かめる必要があります。
- 神は不当な訴えを通してさえ計画を進められ、パウロはローマに至るまで証しをしました。
- 神の僕の病気は信仰の欠如のしるしとは限りません。パウロはトロピモを病気のままミレトに残しました。
鍵となる聖句
この節は、単なる思い込みが町全体を動かしたことを示します。トロピモは何も悪いことをしていませんが、見たと思ったことだけでパウロの逮捕を招くのに十分でした。
パウロはトロピモをいやしてから別れたのではありません。この正直な記述は、神がいつも即座にいやされるとは限らないことを、使徒に近い同行者についてさえ思い起こさせます。
神は神を愛する者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さいます。トロピモにまつわる誤った訴えはパウロを囚われの身にしましたが、総督たちの前、そしてローマに至るまで証しをする道ともなりました。
よくある質問
聖書のトロピモとは誰ですか。
トロピモはアジヤのエペソ出身の信者で、エルサレムへの帰路でパウロに同行しました(使徒行伝20章4節)。エルサレムでアジヤのユダヤ人たちが、パウロが彼を宮に連れ込んだと誤解し、パウロの逮捕を招きました。後にパウロは、彼を病気のためミレトに残しました(第二テモテ4章20節)。
パウロは本当にトロピモを宮に連れ込んだのですか。
いいえ。ルカは、アジヤのユダヤ人たちが町でトロピモとパウロを見かけ、パウロが彼を宮に連れ込んだと思ったのだと記しています(使徒行伝21章29節)。訴えは思い込みに基づいていました。のちに千卒長クラウデオ・ルシヤも、パウロに死刑や投獄に当る罪はないと書いています。
なぜパウロはトロピモを病気のまま残したのですか。
聖書は理由を説明していません。パウロはただ、トロピモは病気なのでミレトに残してきた、と書いています(第二テモテ4章20節)。使徒の同行者でも病気になり、すぐにはいやされないことがあったことを示します。これを一般的な規則にせず、神のみわざの前にへりくだるよう促されます。