聖書 — 口語訳 (1955)
使徒行伝 20
概要
使徒行伝20章は、エルサレムへ向かうパウロの旅を追います。トロアスでは、ユテコという青年がパウロの長い話の最中に眠り込み、窓から落ちますが、生きて連れ戻されます。ミレトでパウロはエペソの長老たちを呼び寄せて別れの言葉を語ります。自分の働きを思い起こさせ、もう会えないことを告げ、狼から群れを守るよう勧めます。さらに自らの惜しみない姿勢と、与える幸いについてのイエスの言葉を思い起こさせます。章は涙と、ひざまずいての祈りで結ばれます。
この章の5つの区分
1騒ぎがやんだ後、パウロは弟子たちを呼び集めて激励を与えた上、別れのあいさつを述べ、マケドニヤへ向かって出発した。
2そして、その地方をとおり、多くの言葉で人々を励ましたのち、ギリシヤにきた。
3彼はそこで三か月を過ごした。それからシリヤへ向かって、船出しようとしていた矢先、彼に対するユダヤ人の陰謀が起ったので、マケドニヤを経由して帰ることに決した。
4プロの子であるベレヤ人ソパテロ、テサロニケ人アリスタルコとセクンド、デルベ人ガイオ、それからテモテ、またアジヤ人テキコとトロピモがパウロの同行者であった。
5この人たちは先発して、トロアスでわたしたちを待っていた。
6わたしたちは、除酵祭が終ったのちに、ピリピから出帆し、五日かかってトロアスに到着して、彼らと落ち合い、そこに七日間滞在した。
7週の初めの日に、わたしたちがパンをさくために集まった時、パウロは翌日出発することにしていたので、しきりに人々と語り合い、夜中まで語りつづけた。
8わたしたちが集まっていた屋上の間には、あかりがたくさんともしてあった。
9ユテコという若者が窓に腰をかけていたところ、パウロの話がながながと続くので、ひどく眠けがさしてきて、とうとうぐっすり寝入ってしまい、三階から下に落ちた。抱き起してみたら、もう死んでいた。
10そこでパウロは降りてきて、若者の上に身をかがめ、彼を抱きあげて、「騒ぐことはない。まだ命がある」と言った。
11そして、また上がって行って、パンをさいて食べてから、明けがたまで長いあいだ人々と語り合って、ついに出発した。
12人々は生きかえった若者を連れかえり、ひとかたならず慰められた。
13さて、わたしたちは先に舟に乗り込み、アソスへ向かって出帆した。そこからパウロを舟に乗せて行くことにしていた。彼だけは陸路をとることに決めていたからである。
14パウロがアソスで、わたしたちと落ち合った時、わたしたちは彼を舟に乗せてミテレネに行った。
15そこから出帆して、翌日キヨスの沖合にいたり、次の日にサモスに寄り、その翌日ミレトに着いた。
16それは、パウロがアジヤで時間をとられないため、エペソには寄らないで続航することに決めていたからである。彼は、できればペンテコステの日には、エルサレムに着いていたかったので、旅を急いだわけである。
17そこでパウロは、ミレトからエペソに使をやって、教会の長老たちを呼び寄せた。
18そして、彼のところに寄り集まってきた時、彼らに言った。「わたしが、アジヤの地に足を踏み入れた最初の日以来、いつもあなたがたとどんなふうに過ごしてきたか、よくご存じである。
19すなわち、謙遜の限りをつくし、涙を流し、ユダヤ人の陰謀によってわたしの身に及んだ数々の試練の中にあって、主に仕えてきた。
20また、あなたがたの益になることは、公衆の前でも、また家々でも、すべてあますところなく話して聞かせ、また教え、
21ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神に対する悔改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰とを、強く勧めてきたのである。
22今や、わたしは御霊に迫られてエルサレムへ行く。あの都で、どんな事がわたしの身にふりかかって来るか、わたしにはわからない。
23ただ、聖霊が至るところの町々で、わたしにはっきり告げているのは、投獄と患難とが、わたしを待ちうけているということだ。
24しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。
25わたしはいま信じている、あなたがたの間を歩き回って御国を宣べ伝えたこのわたしの顔を、みんなが今後二度と見ることはあるまい。
26だから、きょう、この日にあなたがたに断言しておく。わたしは、すべての人の血について、なんら責任がない。
27神のみ旨を皆あますところなく、あなたがたに伝えておいたからである。
28どうか、あなたがた自身に気をつけ、また、すべての群れに気をくばっていただきたい。聖霊は、神が御子の血であがない取られた神の教会を牧させるために、あなたがたをその群れの監督者にお立てになったのである。
29わたしが去った後、狂暴なおおかみが、あなたがたの中にはいり込んできて、容赦なく群れを荒すようになることを、わたしは知っている。
30また、あなたがた自身の中からも、いろいろ曲ったことを言って、弟子たちを自分の方に、ひっぱり込もうとする者らが起るであろう。
31だから、目をさましていなさい。そして、わたしが三年の間、夜も昼も涙をもって、あなたがたひとりびとりを絶えずさとしてきたことを、忘れないでほしい。
32今わたしは、主とその恵みの言とに、あなたがたをゆだねる。御言には、あなたがたの徳をたて、聖別されたすべての人々と共に、御国をつがせる力がある。
33わたしは、人の金や銀や衣服をほしがったことはない。
34あなたがた自身が知っているとおり、わたしのこの両手は、自分の生活のためにも、また一緒にいた人たちのためにも、働いてきたのだ。
35わたしは、あなたがたもこのように働いて、弱い者を助けなければならないこと、また『受けるよりは与える方が、さいわいである』と言われた主イエスの言葉を記憶しているべきことを、万事について教え示したのである」。
36こう言って、パウロは一同と共にひざまずいて祈った。
37みんなの者は、はげしく泣き悲しみ、パウロの首を抱いて、幾度も接吻し、
38もう二度と自分の顔を見ることはあるまいと彼が言ったので、特に心を痛めた。それから彼を舟まで見送った。
鍵となる聖句
しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。
パウロは、自分の行程を喜びをもって走り終え、主から受けた務めを果たせるなら、自分のいのちを惜しいとは思いません。彼にとって何より大切なのは、神の恵みの福音を伝えることです。
だから、きょう、この日にあなたがたに断言しておく。わたしは、すべての人の血について、なんら責任がない。 神のみ旨を皆あますところなく、あなたがたに伝えておいたからである。
パウロは、すべての人の血について責任がないと断言します。神のみこころを残らず伝えたからです。この言葉は、結果を保証することではなく、忠実に伝える責任を思い起こさせます。
どうか、あなたがた自身に気をつけ、また、すべての群れに気をくばっていただきたい。聖霊は、神が御子の血であがない取られた神の教会を牧させるために、あなたがたをその群れの監督者にお立てになったのである。
パウロは長老たちに、自分自身と、聖霊が委ねられた群れ全体に気を配るよう命じます。群れへの配慮は、まず自分自身への配慮から始まります。
わたしは、あなたがたもこのように働いて、弱い者を助けなければならないこと、また『受けるよりは与える方が、さいわいである』と言われた主イエスの言葉を記憶しているべきことを、万事について教え示したのである」。
パウロは、福音書には記されていないイエスの言葉を思い起こさせます。「受けるよりは与える方が、さいわいである」。彼は、弱い人々を助けるために自分の手で働いた例によって、この言葉を裏づけています。
この章に登場する人物
説教が語っていること
使徒行伝20章についてよくある質問
「受けるよりは与える方が、さいわいである」とはどういう意味ですか。
パウロは、エペソの長老たちへの話の終わりに、イエスの言葉を引用します。直前に、弱い人々を支えるために自分の手で働いたことを語っています。この言葉は、喜びは蓄えることよりも惜しみなく与えることから来ると語ります。それはお金だけに限らず、時間や心を向けることにも当てはまります。
使徒行伝20章のユテコとはどんな人ですか。
ユテコはトロアスの青年で、パウロの長い話の間、窓に腰かけていました。彼は眠り込み、三階から落ちて、死んだ者として抱き起こされます。パウロは身をかがめて彼を抱き、まだいのちがあると言います。ユテコは生きて連れ戻され、人々は大きな慰めを得ました。
ミレトでの話のメッセージは何ですか。
パウロはエペソの長老たちに別れを告げ、自分の忠実さ、謙遜、そして惜しみない姿勢を思い起こさせます。やがて来る狼や偽教師に対して、自分自身と群れに気を配るよう命じます。そして彼らを、神と、その恵みのみことばに委ねます。
使徒行伝 20を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。