要約
ユリアスは近衛隊の百卒長で、パウロと数人の囚人をイタリヤへ護送する任に当たりました。パウロを親切に取り扱い、シドンでは友人を訪れて手厚いもてなしを受けることを許します。最初は船長や船主の意見を信頼し、船は暴風に巻き込まれます。マルタ島近くの難破では、パウロを救いたいと思い、兵卒が囚人を殺すのを止めました。神が異邦人の将校を用いて僕を守られたことが心に残ります。
百卒長ユリアスという名前の意味
ユリアスはラテン語の名で、ローマの有力な氏族のものです。聖書は説明せず、彼を「近衛隊の百卒長」としてだけ紹介します(使徒行伝27章1節)。
百卒長ユリアスの生涯
ユリアスに託された囚人たち
使徒行伝27章1-2節イタリヤへ行くことが決まると、パウロとほかの数人の囚人は、近衛隊の百卒長ユリアスに託されました。一行は、アジヤ沿岸に寄港するアドラミテオの舟に乗り込みます。テサロニケのマケドニヤ人アリスタルコが同行し、この記録を書いた人も旅に加わっていました。
シドンでの親切
使徒行伝27章3-6節次の日、船はシドンに入港します。ユリアスはパウロを親切に取り扱い、友人をおとずれて手厚いもてなしを受けることを許しました。旅は続き、イタリヤ行きのアレキサンドリヤの舟を見つけた百卒長は、囚人たちをその舟に乗り込ませます。
パウロより船長を信頼
使徒行伝27章9-15節クレテの港で、航海は危険な季節になりました。パウロは、積荷や船体だけでなく人々の生命にも大きな損失が及ぶと警告します。しかし百卒長は、パウロの意見よりも船長や船主の方を信頼しました。船は目的の港を目指して出帆し、やがて激しい風に流されて漂い始めます。
小舟の綱
使徒行伝27章30-32節十四日目の夜、水夫たちが小舟をおろして舟から逃げ出そうとしました。パウロは百卒長や兵卒たちに「あの人たちが、舟に残っていなければ、あなたがたは助からない」と言います。今度は使徒の言葉が聞き入れられ、兵卒たちは小舟の綱を切って、それを落としました。
殺害を免れたパウロ
使徒行伝27章42-44節舟が座礁して破れると、兵卒たちは囚人が泳いで逃げるのを恐れて殺そうとしました。しかし百卒長はパウロを救いたいと思い、その意図をしりぞけました。泳げる者はまず海に飛び込み、残りは板や舟の破片に乗るよう命じ、全員が上陸して救われました。
マルタからローマへ
使徒行伝28章1-16節難破した人々はマルタ島に三か月とどまり、アレキサンドリヤの舟で出発して、ローマに着きます。記事はもうユリアスの名を記しませんが、ローマではパウロが番兵ひとりをつけられ、ひとりで住むことを許されたと伝えます。
百卒長ユリアスから学ぶこと
- 神は、見知らぬ親切な人々を、守りの道具として僕たちの道に置かれることがあります。
- 専門家の意見を神の言葉より優先すると、まっすぐ嵐の中へ進むことがあります。
- 信者の忠実な証しは、上に立つ人々の信頼を少しずつ得ることがあります。
- 神は約束を守られます。パウロと共に航海した者はみな、無事に上陸しました。
鍵となる聖句
ユリアスはパウロを親切に扱い、シドンで友人を訪ねることを許しました。ローマの兵士の手にあっても、神が僕を取り巻いておられることを示す、人間的な配慮です。
御使いはパウロに、神があなたと同船の者をことごとくあなたに賜わっていると告げます。百卒長も兵卒も囚人も、この救いの約束に含まれていました。
百卒長はパウロを救いたいと思い、囚人たちの殺害を止めました。ひとりの神の人のゆえに、すべての囚人が死を免れて陸に上がったのです。
よくある質問
聖書のユリアスとは誰ですか。
ユリアスは近衛隊の百卒長で、パウロと数人の囚人がイタリヤへ護送されるとき彼らを託されました(使徒行伝27章1節)。パウロを親切に取り扱い、シドンで友人を訪ねることを許し、難破のときには兵卒が囚人を殺すのを止めました。
なぜユリアスはパウロを救ったのですか。
本文は、百卒長がパウロを救いたいと思ったからだと述べるだけです(使徒行伝27章43節)。旅の初めから親切に扱い、嵐の中でパウロの助言が正しかったと分かったことも背景でしょう。しかし物語が示すのは、パウロがカイザルの前に立つという神の約束への忠実さです。
ユリアスの記事は聖書のどこにありますか。
使徒行伝27章にあり、囚人パウロのローマへの航海、暴風、難破を伝えています。名前は1節と3節に出て、その後は「百卒長」と呼ばれます。使徒行伝28章は、ローマに着くまでの旅の終わりを語ります。