聖書の人物 ステパナ、ポルトナト、アカイコ

生涯、名前の意味、人生の教訓

要約

ステパナ、ポルトナト、アカイコは、一世紀半ばのコリント教会の三人の信者です。パウロ自身がバプテスマを授けたステパナの家は、アカヤの初穂と呼ばれ、聖徒たちへの奉仕に身をささげました。三人はパウロがコリント人への第一の手紙を書いているときに彼を訪ね、その存在はパウロを慰めました。パウロは教会に、このような人々を重んじるよう勧めています。

ステパナ、ポルトナト、アカイコという名前の意味

ステパナはギリシャ語のステファノス(「冠」)と結びつけられます。ポルトナトはラテン語の名で、「幸運な」の意味に解されます。アカイコはコリントのある州アカヤを思わせます。聖書はこれらの名を説明していません。

ステパナ、ポルトナト、アカイコの生涯

  1. パウロがバプテスマを授けた家

    コリント人への手紙第一1章14-17節

    パウロ、アポロ、ケパの名で分裂するコリントで、パウロは、自分がバプテスマを授けた人はわずかで、クリスポ、ガイオ、そしてステパナの家の者たちだけだと述べます。キリストが遣わされたのはバプテスマを授けるためではなく、福音を宣べ伝えるためで、キリストの十字架が空しくならないためだと強調します。

  2. アカヤの初穂

    コリント人への手紙第一16章15節

    手紙の終わりで、パウロはステパナの家がアカヤの初穂だと思い起こさせます。この地方で福音が結んだ最初の実のひとつです。彼らは身をもって聖徒、つまり信者たちに奉仕しました。信仰が具体的な奉仕となって現れたのです。

  3. 重んじるべき人々

    コリント人への手紙第一16章16節

    パウロは、このような人々と、共に働き労するすべての人々に従うようコリントの人々に勧めます。争いに揺れる教会で、彼が指し示すのは雄弁な語り手ではなく、仕える人々です。敬意の基は名声ではなく献身にあります。

  4. 慰めとなる訪問

    コリント人への手紙第一16章17-18節

    パウロはステパナ、ポルトナト、アカイコが来てくれたことを喜びます。彼らはコリントの人々の足りない所を満たし、パウロの心とコリントの人々の心を安らかにしました。パウロは、こうした人々は重んじなければならないと結びます。三人は、使徒と愛する教会をつなぎました。

ステパナ、ポルトナト、アカイコから学ぶこと

  • 聖徒への忠実な奉仕は、本物の信仰のしるしです。
  • 教会での敬意は、才能よりも献身によって得られます。
  • 一度の訪問が、神のしもべを深く慰めることがあります。
  • ある地方の最初の改宗者には、他の人々への道を開く責任があります。
  • 神はあまり知られていない信者を用いて、教会を強められます。

鍵となる聖句

コリント人への手紙第一16章15節

ステパナの家はアカヤの初穂で、身をもって聖徒に奉仕しました。パウロは、奉仕となって現れる信仰を尊びます。

コリント人への手紙第一16章17-18節

三人はコリントの人々の足りない所を満たし、パウロの心を安らかにしました。パウロは、こうした人々を重んじるよう求めます。

コリント人への手紙第一1章16節

パウロはステパナの家の者たちにバプテスマを授けました。そのことを思い起こさせるのは、だれもパウロの名を誇ってはならないと示すためです。

よくある質問

ステパナ、ポルトナト、アカイコとは誰ですか。

コリント教会に関わる三人の信者で、パウロがコリント人への第一の手紙を書いているときに訪ねてきました(16章17節)。ステパナは、パウロがバプテスマを授けた家の主です。聖書はポルトナトとアカイコについて、使徒のもとにいたこと以外何も記していません。

「アカヤの初穂」とはどういう意味ですか。

初穂は収穫の最初の実で、神にささげられるものです。パウロがステパナの家をそう呼ぶのは(16章15節)、彼らがアカヤ、つまりコリントのあるギリシャの州で最初に信じた人々に属するという意味です。ポルトナトとアカイコがそうだとは本文に書かれていません。

三人の物語は聖書のどこにありますか。

ステパナはコリント人への手紙第一1章16節と16章15-18節に出ます。ポルトナトとアカイコは16章17節に、ステパナと共に一度だけ名が出ます。聖書が彼らに触れるのは、この箇所だけです。

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