要約
ナアマンの家の少女は、聖書が名前を記していないイスラエルの少女です。アラムの略奪隊に捕らえられ、アラム王の軍の長ナアマンの妻に仕えていました。ナアマンはツァラアトをわずらっており、少女は女主人に、サマリアにいる預言者なら主人を治してくださるでしょうにと伝えました。この一言でナアマンはエリシャのもとへ向かい、ヨルダン川できよめられて、イスラエルの神を認めます。異国の地でも証しできる素朴な信仰が心に残ります。
ナアマンの家の少女という名前の意味
聖書は彼女の名前を記していません。本文は彼女をイスラエルの地から来た少女と呼び(列王記第二5章2節)、ナアマンも王に、イスラエルの地から来た娘がこう言いましたと伝えています(4節)。そのため、ナアマンの家での立場にちなんで、ナアマンの家の少女と呼ばれます。
ナアマンの家の少女の生涯
捕らえられてアラムへ
列王記第二5章1-2節アラム王の軍の長ナアマンは、主君に重んじられた勇士でした。主が彼を用いてアラムに勝利を与えられたからです。しかし彼はツァラアトをわずらっていました。アラムの略奪隊はイスラエルの地から一人の少女を捕らえて連れて行き、少女はナアマンの妻に仕えることになり、故郷から遠く離れて暮らします。
希望を告げた一言
列王記第二5章3-4節少女は、自分が知っている神と預言者のことを胸にしまっておきませんでした。女主人に、御主人様がサマリアにいる預言者のところにおられたらよいのに、そうすれば預言者が病を治してくださるでしょうにと言いました。ナアマンはこの言葉を受け止め、主君であるアラム王に伝えに行きます。
イスラエルの王への手紙
列王記第二5章5-8節アラム王はナアマンに手紙と銀、金、晴れ着を持たせてイスラエルへ送り出します。イスラエルの王は手紙を読むと衣を裂き、自分は人を生かしも殺しもする神ではないと嘆きました。これを聞いた神の人エリシャは、ナアマンを自分のところによこすよう王に伝え、イスラエルに預言者がいることを知らせようとします。
ヨルダン川できよめられる
列王記第二5章9-14節エリシャは外に出て会おうとせず、使いの者を通して、ヨルダン川で七たび身を洗うよう告げました。ナアマンは期待と違ったために怒って去りかけますが、家来たちになだめられます。彼は神の人の言葉どおりに川に七たび身を浸し、からだは幼子のようになってきよめられました。
イスラエルの神を認める
列王記第二5章15-19節ナアマンはエリシャのもとへ戻り、イスラエルのほかに全地に神はいないことを認めると告白します。これからは主以外のどの神にも全焼のささげ物をささげないと誓いました。捕らわれの少女の一言が、異国の将軍を真の神を知ることへ導いたのです。本文はその後の少女について何も語りません。
ナアマンの家の少女から学ぶこと
- 神は、いちばん低い立場にある人の素朴な一言を用いて、人を神のもとへ導くことができます。
- 捕囚という厳しい状況の中でも、生ける神を証しすることはできます。
- 自分を支配する人の幸せを願うことは、苦々しさではなく神の心を映しています。
- 私たちの役目は助けのある場所を指し示すことです。いやし、救うのは神ご自身です。
鍵となる聖句
少女の言葉として記されたのは、この一言だけです。彼女は預言者を通して神が主人を治せると信じ、自分を捕らえた者たちへの恨みなく、思いやりをもって願いました。
証しの実です。きよめられたナアマンは、イスラエルの神こそ唯一の神だと告白しました。一人の少女の言葉から始まったことが、信仰の告白に行き着いたのです。
イエスは、エリシャの時代の多くのツァラアト患者の中で、きよめられたのはシリア人ナアマンだけだと語られました。神の恵みは異邦人にも及び、その道を示したのは小さな少女でした。
よくある質問
ナアマンの家の少女の名前は何ですか。
聖書は彼女の名前を記していません。列王記第二5章は、彼女をイスラエルの地から来た少女として紹介し、アラムの略奪隊に捕らえられてナアマンの妻に仕えていたと伝えます。名前は残っていませんが、彼女の一言は主人の人生を変え、イスラエルの神へと導きました。
ナアマンの家の少女はなぜ信仰の模範とされるのですか。
故郷から遠く離れた捕らわれの身で、黙っていることも、恨みを抱くこともできました。しかし彼女は主人が治ることを願い、サマリアの預言者なら治すでしょうと語りました。神とその預言者への信頼が、ナアマンをエリシャのもとへ向かわせたのです。
ナアマンの家の少女の話は聖書のどこにありますか。
列王記第二5章1節から4節にあり、ナアマンがいやされる物語の冒頭です。章の残りには、ヨルダン川でのナアマンのきよめ、彼の信仰告白、そしてエリシャの召使いゲハジの過ちが記されています。