要約
ポプリオは、囚人パウロがローマへ向かう途中で難船したとき、マルタ島の首長でした。難船した場所の近くに領地を持ち、パウロと仲間たちを三日間、手厚くもてなしました。父親が熱病と下痢で床に着いていたため、パウロは祈り、手を置いていやします。島のほかの病人たちも来ていやされました。ポプリオのもてなしが、島全体に及ぶ神の恵みの入り口になったことが心に残ります。
ポプリオという名前の意味
ポプリオはローマ人の間でよくあるラテン語の名前です。聖書はその意味を説明していません。ルカは彼をマルタ島の首長として紹介しています(使徒の働き28章7節)。
ポプリオの生涯
マルタ島に漂着する
使徒の働き28章1-2節嵐と難船のあと、パウロと船に乗っていた全員が救われます。島はマルタと呼ばれていることが分かりました。島の人々は並々ならぬ親切を示し、雨が降り寒さが厳しかったので、火を焚いて一同を迎え入れました。
パウロの手のまむし
使徒の働き28章3-6節パウロが柴の束を火にくべると、まむしが手にかみつきました。島の人々は、彼を正義の女神に追われている人殺しだと思います。パウロは蛇を火の中に振り落とし、何の害も受けませんでした。腫れるか倒れて死ぬのを長く待った人々は、考えを変えて、この人は神だと言い出しました。
ポプリオに迎えられる
使徒の働き28章7節その近くに、島の首長でポプリオという人の領地がありました。彼はパウロたちを迎え入れ、三日間、手厚くもてなしました。一人称複数で語られるこの記録は、難船した人々に対する惜しみないもてなしを覚えています。
ポプリオの父がいやされる
使徒の働き28章8節ポプリオの父は、熱病と下痢で床に着いていました。パウロは彼のところに行き、祈って手を置き、いやしました。本文はそのしたことを簡潔に記しています。難船者をもてなした主人は、父が回復するのを見ることになりました。
島の病人たちがいやされる
使徒の働き28章9-11節この出来事のあと、島のほかの病人たちも来て、いやされました。人々はパウロたちに大きな敬意を表し、出帆のときには必要な物を持たせます。三か月滞在したのち、島で冬を越していたアレクサンドリアの船に乗り込みました。
ポプリオから学ぶこと
- 困っている旅人へのもてなしは、神の祝福への扉を開きます。
- 病のとき、信頼の祈りは信者の最初の応答です。
- 神は難船のような試練を用いて、思いがけない場所に恵みをもたらされます。
- 一つの家族になされた善は、住民全体に広がっていくことがあります。
鍵となる聖句
ポプリオは囚人を含む難船者たちを迎え、三日間手厚くもてなしました。この惜しみない歓迎が、父の癒やしに先立ちます。
パウロはポプリオの父のために祈り、手を置いて、父はいやされます。祈りが先にあり、癒やしは使徒自身の力ではなく神から来ます。
ポプリオについての説教
よくある質問
ポプリオはクリスチャンになりましたか。
聖書は語っていません。ポプリオの手厚いもてなし、父や島のほかの病人たちのいやし(使徒の働き28章7-9節)、パウロたちに表された敬意は記されていますが、福音に対する彼の応答は書かれていません。それを作り上げないほうがよいでしょう。
島の首長とはどういう意味ですか。
ルカはポプリオをそのように紹介しています(使徒の働き28章7節)。この表現は、彼がマルタ島の第一人者であり、島で重要な権威を持っていたことを示唆します。本文はその役職を詳しく述べていませんが、難船した場所の近くにあった彼の領地には触れています。
ポプリオの話は聖書のどこにありますか。
ポプリオの話は使徒の働き28章7節から10節にあります。使徒の働き27章の嵐と難船の記事のあとに続き、パウロがローマに着いて二年間神の国を宣べ伝える場面の前に置かれています。