要約
ユウオデヤとスントケは、パウロが手紙の中で名前を挙げたピリピ教会の二人の女性です。パウロは二人それぞれに、主にあって一致するよう勧めます。彼女たちは通りすがりの会員ではなく、パウロやクレメンス、ほかの同労者たちとともに福音のために戦い、その名はいのちの書に記されていると述べられています。原因の記されていない二人の不和は、パウロが愛するこの教会の一致を脅かしていました。パウロは真の協力者に、二人を助けるよう頼んでいます。
ユウオデヤとスントケという名前の意味
二つの名前はギリシア語です。ユウオデヤ(エウオディア)は一般に「良い道」「よい旅」、スントケは「幸運な出会い」「よい巡り合わせ」と解されます。聖書はこれらの名前について何も述べず、二人の名がいのちの書にあるとだけ記しています(ピリピ人への手紙4章3節)。
ユウオデヤとスントケの生涯
祈る女性たちから生まれた教会
使徒の働き16章12-15節ピリピで安息日に、パウロと同行者は門の外の川岸に行き、そこに集まっていた女たちに語りかけました。紫布の商人ルデヤが信じ、家族とともにバプテスマを受けます。ピリピの最初の信者は女性たちでした。ユウオデヤとスントケも、初めから女性が仕えてきたこの教会の人です。
主にあって堅く立ちなさい
ピリピ人への手紙4章1節パウロはピリピの人たちを私の喜び、冠と呼び、主にあって堅く立つよう勧めます。この愛情が、これから語る内容の枠組みです。二人の女性に語るのは裁く人ではなく、この教会を大切に思い、一致していてほしいと願う霊的な父です。
主にある同じ思い
ピリピ人への手紙4章2節パウロは、ユウオデヤに勧め、スントケに勧めます、主にあって同じ思いになってくださいと言います。勧めることばは二人にそれぞれ繰り返されており、どちらかを責めることなく、同じ真剣さで二人に語りかけています。不和の中身は書かれておらず、大切なのは和解の場所、主にあってです。
福音のために戦った
ピリピ人への手紙4章3節パウロは真の協力者に、二人を助けてほしいと頼みます。彼女たちは、クレメンスやほかの同労者たちとともに福音のために私とともに戦った人で、その名はいのちの書にあります。二人はおとしめられるどころか、パウロの同労者と並ぶ福音の戦士として重んじられています。
同じ思い、同じ愛
ピリピ人への手紙2章1-4節手紙の前の部分でパウロは、教会全体に、同じ思いとなり、同じ愛を持ち、心を合わせ、思いを一つにするよう求めていました。党派心や虚栄からではなく、へりくだって互いを自分よりすぐれた者と思うことです。ユウオデヤとスントケへの勧めは、この一般的な呼びかけを具体的な二人に当てはめたものです。
ユウオデヤとスントケから学ぶこと
- 誠実で熱心な二人の信者でも対立することがあります。一致は自動的には生まれず、主にあって求めるものです。
- パウロはどちらも責めていません。兄弟姉妹と争うときは、キリストにあって共通するものから始めましょう。
- 教会には、分裂をあおらず和解を助ける「真の協力者」が必要です。
- 名がいのちの書にあっても不和はなくなりませんが、それを乗り越える一層強い理由になります。
鍵となる聖句
パウロは二人の名の前でそれぞれ勧めると繰り返し、どちらの味方もせず、同じ真剣さと愛情で語ります。求められる一致は、主にあってのものです。
パウロは二人をおとしめるのではなく、クレメンスと並ぶ福音のために戦った者として重んじ、その名がいのちの書にあると述べています。
教会全体への同じ思いになるようにとの呼びかけは、二人の女性への勧めの土台です。一致はキリストにあるへりくだりから生まれ、使徒の喜びとなります。
よくある質問
聖書のユウオデヤとスントケとは誰ですか?
マケドニアにあるピリピ教会の二人の女性で、パウロは主にあって同じ思いになるよう勧めています。二人はパウロやクレメンスとともに福音のために戦い、その名はいのちの書にあると述べられています。パウロは真の協力者に、二人の和解を助けるよう頼みました(ピリピ人への手紙4章2-3節)。
なぜユウオデヤとスントケは意見が合わなかったのですか?
聖書はそれを述べていません。パウロは不和の原因も内容も記さず、どちらかを責めてもいません。ただ二人に主にあって同じ思いになるよう求め、真の協力者に助けを頼んでいます(ピリピ人への手紙4章2-3節)。これ以上の説明は推測にすぎません。
ユウオデヤとスントケは聖書のどこに出てきますか?
ピリピ人への手紙4章2-3節にだけ登場し、パウロがピリピ教会に宛てた手紙の終わりの部分にあります。背景を知るには、この教会の設立を記す使徒の働き16章11-40節と、一致とへりくだりを求めるピリピ人への手紙2章1-11節を読むとよいでしょう。