要約
アマジヤはヨアシの子で、紀元前八世紀の初め、ユダを二十九年治めた王です。主の良しと見られることを行いましたが、全き心をもってではありませんでした。神の人の言葉に従ってエドムに大勝しますが、のちに打ち負かした国の神々を拝みます。高慢になってイスラエルの王ヨアシに戦いを挑み、大敗し、ラキシで陰謀により殺されました。
アマジヤという名前の意味
アマジヤは一般に「主は強い」の意味に解されます。聖書はこの名を説明していません。
アマジヤの生涯
律法に従った治世の始まり
列王記第二14章1-6節アマジヤは二十五歳で王となります。主の良しと見られることを行いますが、父祖ダビデのようではなく、高き所も残りました。父を殺した家来たちを死に至らせますが、モーセの律法に従って、その子らは殺しませんでした。人は各自、自分の罪のために死ぬという定めによるものです。
失われた銀と神への信頼
歴代誌第二25章5-10節アマジヤは三十万人を集め、イスラエルの兵十万人を銀百タラントで雇います。神の人は、主はイスラエルと共におられないと警告します。アマジヤが銀を惜しむと、神の人は答えます。「主はそれよりも多いものをあなたにお与えになることができます」。アマジヤはエフライムの軍隊を帰しました。
塩の谷の勝利
歴代誌第二25章11-13節、列王記第二14章7節アマジヤは勇気を出して民を塩の谷に導き、セイルの子ら一万人を打ち破り、セラも取ります。その間、帰されたイスラエルの兵は激しく怒り、ユダの町々を襲って三千人を殺し、多くの分捕り物を奪いました。
敗れた者の神々
歴代誌第二25章14-16節勝って帰ったアマジヤは、セイルの子らの神々を持ち帰り、その前にひれ伏して香をたきます。預言者は、民をその手から救えなかった神々をなぜ求めるのかと問います。王は預言者を黙らせ、預言者は、神が彼を滅ぼすと定められたと告げて去りました。
いばらと杉
列王記第二14章8-14節アマジヤはイスラエルの王ヨアシに戦いを挑みます。ヨアシは、杉の娘を求めたレバノンのいばらが野の獣に踏みつけられたたとえで答えます。「あなたは大いにエドムを撃って、心にたかぶっている」。アマジヤは聞き入れず、ユダはベテシメシで敗れ、エルサレムの城壁は破られ、宮の宝物は奪われました。
悲しい最期
歴代誌第二25章25-28節アマジヤはヨアシの死後なお十五年生きました。年代記は、彼が主に従うことをやめたときから、エルサレムで彼に対する陰謀が起こったと記します。彼はラキシへ逃げますが、追われて殺されます。遺体は馬に載せて運ばれ、先祖たちと共に葬られました。
アマジヤから学ぶこと
- 正しいことを行うだけでは足りず、神に全き心をささげる必要があります。
- 従うには金銭の犠牲が伴うことがありますが、神は失うものよりはるかに多くを与えられます。
- 勝利が高慢を養うとき、それは罠になります。
- 預言者の警告を退けるなら、さばきを招きます。
- 神に仕えたのち背を向ける者は、自分自身を滅ぼします。
鍵となる聖句
アマジヤは主の良しと見られることを行いましたが、「全き心をもってではなかった」。この節が彼の治世全体を要約しています。
「主はそれよりも多いものをあなたにお与えになることができます」。神の人は、従順が使った銀にまさることを王に思い出させます。
ヨアシはアマジヤに、エドムへの勝利が心を高ぶらせたと警告します。高慢が彼を、自分とユダを滅ぼす企てへと押しやります。
「高ぶりは滅びにさきだち、誇る心は倒れにさきだつ」。エドムへの勝利からイスラエルへの敗北に至るアマジヤの歩みは、この箴言を示しています。
よくある質問
なぜアマジヤは心の分かれた王と呼ばれるのですか。
歴代誌第二25章2節が、彼は主の良しと見られることを行ったが全き心をもってではなかったと記すからです。初めは従いましたが、勝利のあとエドムの神々を拝み、神が遣わした預言者の言葉を聞こうとしませんでした。
アマジヤという名の意味は何ですか。
一般に「主は強い」の意味に解されます。聖書はこの名を説明していません。ヨアシの子でアザリヤの父であるユダの王のほか、預言者アモスに敵対したベテルの祭司など、同じ名の人物がほかにもいます。
アマジヤの物語は聖書のどこにありますか。
彼の治世は列王記第二14章1-21節と、より詳しく歴代誌第二25章に記されています。歴代誌には、帰されたイスラエルの兵、エドムの神々の礼拝、預言者の警告の出来事が加えられています。