要約
アムラムは、イスラエルが奴隷とされていたエジプトで生きたレビ人です。ケハテの子でレビの孫にあたり、ヨケベデを妻とし、アロン、モーセ、ミリアムが生まれました。出エジプト記2章は彼を、レビの家の一人としてだけ紹介します。妻とともに、パロの命令に反してモーセを三か月隠しました。百三十七歳で死にます。静かな信仰で、イスラエルの救いを備えた父です。
アムラムという名前の意味
アムラムという名は、高められた民を思わせるヘブル語の表現と結びつけられますが、この意味は定かではありません。聖書は名の意味を説明していません(出エジプト記6章18-20節)。
アムラムの生涯
ケハテの子
出エジプト記6章16-18節アムラムはレビ族に属し、ケハテの四人の子イツハル、ヘブロン、ウジエルとともに生まれたので、レビの孫にあたります。一族はエジプトに住み、ヤコブの子孫は増えて、権力者を不安にさせるほどになっていました。
圧迫の時代
出エジプト記1章8-22節ヨセフを知らない新しい王がイスラエルを奴隷にします。民がなお増え続けたため、パロは恐ろしい命令を出しました。生まれる男の子はみなナイル川に投げ込み、女の子は生かせというものです。この時代に、アムラムの末の子が生まれます。
レビの家のある人
出エジプト記2章1-4節レビの家のひとりの人が、レビの娘をめとりました。本文は名を挙げず、男の子の誕生と、三か月間隠されたことを語ります。やがて子は、ナイルの岸のパピルスのかごに置かれ、姉は遠くから成り行きを見守りました。
家族に返されたモーセ
出エジプト記2章5-10節パロの娘が子を見つけて哀れに思います。姉の申し出で、ヘブル人の乳母、すなわち本当の母に子を預けました。モーセはまず自分の家族のもとで育ち、のちにパロの娘のところへ連れて行かれ、彼女から名を受けました。
系図に記された名
出エジプト記6章20節モーセとアロンの系図に、ようやく二人の父の名が出てきます。アムラムは叔母のヨケベデをめとり、彼女はアロンとモーセを産みました。同じ節は彼が百三十七年生きたことも記します。イスラエルの解放者たちが、レビ族の特定の家から出たことを思い出させます。
神に仕えた三人の子
民数記26章58-59節モアブの平野での人口調査で、聖書はケハテがアムラムを生み、ヨケベデがアロン、モーセ、姉のミリアムを産んだと記します。三人は民を導きました。モーセは解放者、アロンは大祭司、ミリアムは女預言者としてです。
アムラムから学ぶこと
- 親の信仰は、たとえ名が目立たなくても、神の大きな働きを備えることがあります。
- 人よりも神を恐れることは、不正な命令に逆らってでも、いのちを守る勇気を与えます。
- 神はしばしば、忠実な家庭という普通の環境の中で、ご自分のしもべを備えられます。
- 聖書の系図は、神が世代から世代へと、実在の人々を通して働かれることを思い出させます。
鍵となる聖句
新約聖書は、モーセの両親を信仰の証人に数えます。アムラムとヨケベデは王の命令を恐れず、三か月間、子どもを隠しました。
この節はアムラム、妻ヨケベデ、息子のアロンとモーセの名を挙げ、彼が百三十七年生きたことを記します。モーセの召命はレビ人の家に根ざしています。
ステパノは、モーセが三か月間父の家で育てられたことを思い出させます。エジプトの王がヘブル人の男の子を消そうとした時に、アムラムは子を守りました。
よくある質問
モーセの父は誰ですか。
モーセの父はアムラムです。ケハテの子でレビの孫にあたるレビ人で、ヨケベデを妻とし、アロン、モーセ、ミリアムが生まれました。出エジプト記2章は名を挙げずレビの家のひとりとして描き、名は出エジプト記6章20節と民数記26章59節の系図に出ます。
アムラムはなぜ叔母と結婚したのですか。
出エジプト記6章20節は、ヨケベデがアムラムの叔母だったと記します。この結婚はシナイでの律法授与の前のことで、のちに父の姉妹との結婚は禁じられました(レビ記18章12節)。聖書は族長時代の他の慣習と同じく、事実を記すだけです。
アムラムは聖書のどこに出てきますか。
アムラムの名は出エジプト記6章18-20節、民数記3章19節と26章58-59節、歴代誌第一6章2-3節と23章12-13節に出てきます。名なしの物語は出エジプト記2章1-10節にあり、新約聖書は使徒の働き7章20節とヘブル人への手紙11章23節で両親の信仰に触れます。