聖書は正義について何と言っていますか?

正義についての重要な聖句と聖書の答え。

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「主はあなたに告げられた。人よ、何が善であるか。主があなたに求められることは何か。ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか」(ミカ書6章8節)。正義は神の性質の中核にあります。神は不正を見過ごす方ではなく、「公義と正義とはみ座の基である」(詩篇89篇14節)。正義を行うことは、選択肢の一つではなく、神に従う者への明確な召しです。

聖書の正義は、法律の執行だけではありません。それは弱い者を守り、虐げられた者の声となり、公平な社会を築くことを含みます。「正義を洪水のように流れさせよ」(アモス書5章24節)とアモスは叫びました。イザヤは「悪い絆をほどき、くびきの縄をとき、虐げられている者を自由にし」と語りました(イザヤ書58章6節)。預言者たちは宗教的な儀式よりも正義の実践を求めました。

人間の正義には限界がありますが、神の正義は完全です。そしてその完全な正義は十字架で憐れみと出会いました。神は罪を見過ごすことも、罪人を見捨てることもされず、御子イエスの犠牲によって正義と愛を同時に満たされました。私たちも「義に飢えかわいている人」(マタイによる福音書5章6節)として、この世で神の正義を反映する者として召されています。

正義に関する聖書の言葉

  • « 人よ、彼はさきによい事のなんであるかを あなたに告げられた。主のあなたに求められることは、ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか。 »

    ミカ書 6章8節

  • « 公道を水のように、正義をつきない川のように流れさせよ。 »

    アモス書 5章24節

  • « 善を行うことをならい、公平を求め、しえたげる者を戒め、みなしごを正しく守り、寡婦の訴えを弁護せよ。 »

    イザヤ書 1章17節

  • « 正義と公平を行うことは、犠牲にもまさって主に喜ばれる。 »

    箴言 21章3節

  • « 義と公平はあなたのみくらの基、いつくしみと、まことはあなたの前に行きます。 »

    詩篇 89篇14節

  • « 義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。 »

    マタイによる福音書 5章6節

  • « 主なるわたしは公平を愛し、強奪と邪悪を憎み、真実をもって彼らに報いを与え、彼らと、とこしえの契約を結ぶからである。 »

    イザヤ書 61章8節

  • « ただ公義をのみ求めなければならない。そうすればあなたは生きながらえて、あなたの神、主が賜わる地を所有するにいたるであろう。 »

    申命記 16章20節

正義に関するよくある質問

人間の正義と神の正義の違いは何ですか?

人間の正義は不完全で偏りがちです。権力や偏見に左右されることがあります。しかし神の正義は完全で公平であり、すべてを見通す方の裁きです。同時に神の正義には憐れみが織り込まれています。十字架こそが、神の正義と愛が完全に一致した場所です。

聖書は不正義と戦うよう呼びかけていますか?

はい、明確に呼びかけています。イザヤ1章17節は「善を行うことを学び、公正を求め、しいたげる者を正し、みなしごの訴えをただし、寡婦の申し立てを弁護せよ」と命じます。信仰は個人の救いだけでなく、社会における神の正義の実現をも含むのです。

正義と赦しをどう両立させますか?

これは難しい問いですが、十字架がその答えです。神は罪を赦されましたが、罪の代価を帳消しにされたのではなく、御子が代わりに支払われました。私たちも赦しながらも、正義を求めることができます。赦しは加害者を責任から免除することではなく、自分の心を憎しみから解放することです。正義の追求と赦しの心は共存できます。

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