聖書 — 口語訳 (1955)

イザヤ書 56

概要

イザヤ書56章は、書物の最後の部分を、正義と忠実さへの呼びかけで始めます。当時の律法で会衆から遠ざけられていた外国人と宦官に、神は、ご自身の家での居場所と永遠の名を与えると告げます。その家は、すべての民の祈りの家と呼ばれます。章の終わりは、盲目で眠り込み、自分の利益ばかり考える民の見張りへの厳しい叱責です。イエスは神殿をきよめるとき、7節を引用されます。

この章の4つの区分

  1. 1-2節正義を行い、安息日を守る
  2. 3-5節外国人も宦官も退けられない
  3. 6-8節すべての民の祈りの家
  4. 9-12節盲目で眠り込んだ見張りたち

1主はこう言われる、「あなたがたは公平を守って正義を行え。わが救の来るのは近く、わが助けのあらわれるのが近いからだ。

2安息日を守って、これを汚さず、その手をおさえて、悪しき事をせず、このように行う人、これを堅く守る人の子はさいわいである」。

3主に連なっている異邦人は言ってはならない、「主は必ずわたしをその民から分かたれる」と。宦官もまた言ってはならない、「見よ、わたしは枯れ木だ」と。

4主はこう言われる、「わが安息日を守り、わが喜ぶことを選んで、わが契約を堅く守る宦官には、

5わが家のうちで、わが垣のうちで、むすこにも娘にもまさる記念のしるしと名を与え、絶えることのない、とこしえの名を与える。

6また主に連なり、主に仕え、主の名を愛し、そのしもべとなり、すべて安息日を守って、これを汚さず、わが契約を堅く守る異邦人は――

7わたしはこれをわが聖なる山にこさせ、わが祈の家のうちで楽しませる、彼らの燔祭と犠牲とは、わが祭壇の上に受けいれられる。わが家はすべての民の 祈の家ととなえられるからである」。

8イスラエルの追いやられた者を集められる 主なる神はこう言われる、「わたしはさらに人を集めて、すでに集められた者に加えよう」と。

9野のすべての獣よ、林におるすべての獣よ、来て食らえ。

10見張人らはみな目しいで、知ることがなく、みな、おしの犬で、ほえることができない。みな夢みる者、伏している者、まどろむことを好む者だ。

11この犬どもは強欲で、飽くことを知らない。彼らはまた悟ることのできない牧者で、皆おのが道にむかいゆき、おのおのみな、おのれの利を求める。

12彼らは互に言う、「さあ、われわれは酒を手に入れ、濃い酒をあびるほど飲もう。あすも、きょうのようであるだろう、すばらしい日だ」と。

鍵となる聖句

3節
主に連なっている異邦人は言ってはならない、「主は必ずわたしをその民から分かたれる」と。宦官もまた言ってはならない、「見よ、わたしは枯れ木だ」と。

外国人や宦官は、自分は除外されていると言ってはなりません。神は、民から遠ざけられたと思っていた人々に先に答えてくださいます。神の受け入れは、出身や境遇によりません。

5節
わが家のうちで、わが垣のうちで、むすこにも娘にもまさる記念のしるしと名を与え、絶えることのない、とこしえの名を与える。

神はご自身に結ばれ続ける人に、息子や娘にまさる居場所と名、永遠の名を約束されます。子孫がないと思っていた人が、何も消し去ることのできない記憶を受けます。

7節
わたしはこれをわが聖なる山にこさせ、わが祈の家のうちで楽しませる、彼らの燔祭と犠牲とは、わが祭壇の上に受けいれられる。わが家はすべての民の 祈の家ととなえられるからである」。

イエスが神殿で引用された聖句です。神の家は祈りのためにあり、すべての民に開かれています。教会はそうなっているだろうかと、私たちに問いかけます。

10-11節
見張人らはみな目しいで、知ることがなく、みな、おしの犬で、ほえることができない。みな夢みる者、伏している者、まどろむことを好む者だ。 この犬どもは強欲で、飽くことを知らない。彼らはまた悟ることのできない牧者で、皆おのが道にむかいゆき、おのおのみな、おのれの利を求める。

民の指導者たちは、物言わぬ犬や、何も悟らない羊飼いにたとえられます。群れを見守る代わりに、自分の利益を求める人々への非難です。

説教が語っていること

イザヤ書56章についてよくある質問

わが家はすべての民の祈の家ととなえられる、とはどういう意味ですか

イザヤ書56章7節のこの言葉は、神に出会う場所が、ただ一つの民のものではないと告げています。イエスは神殿をきよめるときにこれを引用し、神の家はまず祈りの場所であり、すべての人に開かれていて、商売の場ではないと示されました。

なぜイザヤ書56章は宦官と外国人に触れているのですか

律法の下では、彼らは会衆から遠ざけられることがありました。神は、彼らが除外されることはないと語られます。神に結びつき、その契約を守り、神が喜ばれることを選ぶ人は、神の家で居場所と永遠の名を受けるのです。

イザヤ書56章の中心メッセージは何ですか

神の救いは、出身にかかわらず、神に結びつくすべての人に開かれており、正義の生き方を求めます。章は、群れを顧みない指導者への警告でもあります。すべての民を迎えるには、目を覚ました忠実な見張りが必要です。

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