聖書 — 口語訳 (1955)

箴言 1

概要

箴言1章は知恵の書の始まりです。序文はその目的を示します。知恵と訓戒を知り、公正を見分け、わきまえのない者を賢くすることです。そして土台が置かれます。主を恐れることは知識の初めです。父は息子に、安易な利益へと誘う罪びとに注意するよう戒めます。最後に知恵そのものが街なかで呼びかけ、聞くよう促し、退ける者に警告します。聞くことと、道を選ぶことについての章です。

この章の3つの区分

  1. 1-7節この書の目的と、知識の初め
  2. 8-19節父の教えを聞け:罪びとの誘いに乗るな
  3. 20-33節知恵は街で叫ぶ:聞くか、報いを受けるか

1ダビデの子、イスラエルの王ソロモンの箴言。

2これは人に知恵と教訓とを知らせ、悟りの言葉をさとらせ、

3賢い行いと、正義と公正と 公平の教訓をうけさせ、

4思慮のない者に悟りを与え、若い者に知識と慎みを得させるためである。

5賢い者はこれを聞いて学に進み、さとい者は指導を得る。

6人はこれによって箴言と、たとえと、賢い者の言葉と、そのなぞとを悟る。

7主を恐れることは知識のはじめである、愚かな者は知恵と教訓を軽んじる。

8わが子よ、あなたは父の教訓を聞き、母の教を捨ててはならない。

9それらは、あなたの頭の麗しい冠となり、あなたの首の飾りとなるからである。

10わが子よ、悪者があなたを誘っても、それに従ってはならない。

11彼らがあなたに向かって、「一緒に来なさい。われわれは待ち伏せして、人の血を流し、罪のない者を、ゆえなく伏してねらい、

12陰府のように、彼らを生きたままで、のみ尽し、健やかな者を、墓に下る者のようにしよう。

13われわれは、さまざまの尊い貨財を得、奪い取った物で、われわれの家を満たそう。

14あなたもわれわれの仲間に加わりなさい、われわれは共に一つの金袋を持とう」と言っても、

15わが子よ、彼らの仲間になってはならない、あなたの足をとどめて、彼らの道に行ってはならない。

16彼らの足は悪に走り、血を流すことに速いからだ。

17すべて鳥の目の前で 網を張るのは、むだである。

18彼らは自分の血を待ち伏せし、自分の命を伏してねらうのだ。

19すべて利をむさぼる者の道はこのようなものである。これはその持ち主の命を取り去るのだ。

20知恵は、ちまたに呼ばわり、市場にその声をあげ、

21城壁の頂で叫び、町の門の入口で語る。

22「思慮のない者たちよ、あなたがたは、いつまで 思慮のないことを好むのか。あざける者は、いつまで、あざけり楽しみ、愚かな者は、いつまで、知識を憎むのか。

23わたしの戒めに心をとめよ、見よ、わたしは自分の思いを、あなたがたに告げ、わたしの言葉を、あなたがたに知らせる。

24わたしは呼んだが、あなたがたは聞くことを拒み、手を伸べたが、顧みる者はなく、

25かえって、あなたがたはわたしのすべての勧めを捨て、わたしの戒めを受けなかったので、

26わたしもまた、あなたがたが災にあう時に、笑い、あなたがたが恐慌にあう時、あざけるであろう。

27これは恐慌が、あらしのようにあなたがたに臨み、災が、つむじ風のように臨み、悩みと悲しみとが、あなたがたに臨む時である。

28その時、彼らはわたしを呼ぶであろう、しかし、わたしは答えない。ひたすら、わたしを求めるであろう、しかし、わたしに会えない。

29彼らは知識を憎み、主を恐れることを選ばず、

30わたしの勧めに従わず、すべての戒めを軽んじたゆえ、

31自分の行いの実を食らい、自分の計りごとに飽きる。

32思慮のない者の不従順はおのれを殺し、愚かな者の安楽はおのれを滅ぼす。

33しかし、わたしに聞き従う者は安らかに住まい、災に会う恐れもなく、安全である」。

鍵となる聖句

7節
主を恐れることは知識のはじめである、愚かな者は知恵と教訓を軽んじる。

これはこの書全体を読み解く鍵です。主を恐れることは、恐怖ではなく、全能の神の前での、澄んだ畏敬です。それがなければ知識は空回りし、愚か者は知恵と訓戒を軽んじます。

8節
わが子よ、あなたは父の教訓を聞き、母の教を捨ててはならない。

父と母は、受け取るべき教えを伝えます。退けてはなりません。知恵は多くの場合、家庭で聞くことから始まります。

10節
わが子よ、悪者があなたを誘っても、それに従ってはならない。

仲間からの圧力や、手軽な利益の約束に対して、助言は単純です。同意しないことです。ノーと言えることも、知恵の一部です。

20-23節
知恵は、ちまたに呼ばわり、市場にその声をあげ、 城壁の頂で叫び、町の門の入口で語る。 「思慮のない者たちよ、あなたがたは、いつまで 思慮のないことを好むのか。あざける者は、いつまで、あざけり楽しみ、愚かな者は、いつまで、知識を憎むのか。 わたしの戒めに心をとめよ、見よ、わたしは自分の思いを、あなたがたに告げ、わたしの言葉を、あなたがたに知らせる。

知恵は隠されていません。広場で公然と呼びかけます。本文は、知恵が差し出されている一方で、それに向き直ることが求められると強調しています。

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説教が語っていること

箴言1章についてよくある質問

主を恐れることは知識の初めとはどういう意味ですか

この恐れは暴君への恐怖ではありません。聖なる全能の神に対する深い敬意と驚きであり、神に従うことへ導きます。そこで神がどなたか、自分がだれかを認めるので、あらゆる真の知識の出発点となり、したがってどう生きるべきかにもつながります。

箴言1章のメッセージは何ですか

この章は知恵を選ぶよう招きます。両親の教えを受け入れ、罪びとの誘いを断り、知恵の呼びかけに耳を傾けることです。また、助言を軽んじればその結果を負うことになり、聞く者は安らかに住むと警告しています。

箴言1章20節で街なかで叫ぶ知恵とはだれですか

この書は、知恵を人々を自分に従うよう呼ぶ女性として擬人化しています。神とは別の存在ではなく、神がよく生きるために与えてくださる教えを表します。多くのクリスチャンはそこに、神の知恵であるキリストの予告も見ますが、本文はここではそう言っていません。

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