家族を守る二つの鍵、傾聴と沈黙

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家族を守る二つの鍵、傾聴と沈黙 | ルネ・ワンジ牧師 | Efficient Church

はじめに

あなたの家庭には会話があふれています。朝食のとき、車の中、夕食の席、そして寝る前にも話しています。それなのに、何かがうまく伝わっていません。夫はあなたを置いて自分の計画を進め、妻は心を閉ざし、子どもたちはあなたに相談することなく自分で物事を決めてしまう。今回の説教で、ルネ・ワンジ牧師は家族についてのシリーズを続けながら、診断そのものを突きつけるようなタイトルを掲げます。家庭における傾聴と沈黙です。指摘は率直です。神は宗教的な人を求めておられるのではなく、御言葉を聞き、それを実行する人を求めておられます。そして牧師が示すただ一つの鍵、ピリピ2:4から来るその鍵は、あなたの肉の思いを揺さぶるものです。それは、相手の利益を自分の利益より上に置くことです。

メッセージの構成

  1. シンプルな診断 ― たくさん話しているのに、聞いていない
  2. 夫婦同士、互いに耳を傾け合う
  3. 親たちよ、子どもに注意を払いなさい
  4. 子どもたちよ、両親の言葉に耳を傾けなさい
  5. 家庭における沈黙 ― 忘れられがちな次元
  6. 唯一の鍵 ― ピリピ2:4

1. シンプルな診断 ― たくさん話しているのに、聞いていない

  • 牧師は、エレベーターなしで10階まで階段を上る友人グループの話をします。吃音のある友人が踊り場ごとに何か言おうとするたび、「待って、疲れてるから、まず着いてから」と言われてしまいます。10階に着いて、ようやく彼に発言の番が回ってきました。彼はこう言いました。「鍵を1階に忘れてきた。」皆、顔を見合わせるしかなく、もう何も言うことがありませんでした。
  • これはまさに多くの家庭で起きていることです。夫婦の間でも、親子の間でも、たくさんコミュニケーションを取っているのに、聞いていないのです。
  • 日曜日には、みんな教会で美しく振る舞います。しかし神の前では何も隠すことはできません。あなたの家庭を幸せにするのは、あなたの教育でも、優しさでも、性格でもありません。神の御言葉を実行することです。
  • 「あなたがたが神の御言葉を実行するなら、あなたがたは幸いです。」牧師はこう証しします。彼自身、何年もクリスチャンでありながら、家庭生活において幸せではなかった。それは具体的に御言葉を実行していなかったからだ、と。

2. 夫婦同士、互いに耳を傾け合う

  • コミュニケーションと傾聴を混同しないでください。コミュニケーションは双方向のものです。話すことと聞くことの両方があります。多くの夫婦は、たくさんコミュニケーションを取っていても、聞いてはいません。
  • 個人的な証し。牧師の父親は大きな建物を建てるために、何千ユーロもの費用をかけました。妻は、それよりも家族のための家を建てるべきだと言い続けていました。しかし彼は聞き入れませんでした。その建物は結局完成することはありませんでした。何年も後、老朽化して近隣住民にとって危険になったため、ルネ自身がそれを取り壊さねばならず、そのためにさらに多くのお金を費やすことになりました。夫婦間の傾聴の欠如は、破滅的な結果を招くことがあるのです。
  • このメッセージの鍵となる聖句。「へりくだった心をもって、互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい。おのおの自分のことだけでなく、他人のことも考えなさい」(ピリピ2:4)。夫婦関係では、あまりにもしばしば「私は」「私が欲しいのは」という思いに支配されています。聖書はあなたに、配偶者の利益を自分の利益より上に置くようにと呼びかけています。
  • 注意してください。聞くことは同意することを意味しません。相手が口を開いた瞬間からすでに反対の立場を取ってしまう人がいます ― 相手はまだひと言も発していないのにです。聞くとは、ただ相手に意識を向け、相手の頭の中で起きていること、その不安、その必要に関心を寄せることです。
  • 「配偶者の話を聞かないなら、それはその人に関心がないということだ。」強い言葉ですが、理にかなっています。もしあなたが自分自身に対するのと同じくらい、夫や妻に関心を持っているなら、自分の声に耳を傾けるように、相手の声にも耳を傾けるはずです。

3. イエス ― へりくだって聞く模範

  • 王の王、天と地の創造主が、ご自分を低くされました。神としてのあり方に固執することなく、人としての姿を取られました(ピリピ2:6-8)。
  • 十字架への道で、イエスは「わたしの願いどおりに」ではなく「あなたのお心のままに」と言われました(マタイ26:39)。なぜでしょうか。あなたの利益を、ご自分の利益より上に置かれたからです。それがゴルゴタまで彼を導いたのです。
  • イエスはあなたの模範です。傾聴の欠如は、単に磨くべき技術の問題ではありません。それは心の問題です。目の前にいる人に、十分な関心を寄せていないということなのです。

4. 「私が間違っていた」と言えること

  • 夫婦とは、対照に満ちた場所です。愛にあふれる一方で、高慢に陥る可能性にも満ちています。配偶者に一度も「ごめんなさい」と言ったことのない夫や妻がいます。なぜでしょうか。
  • 謝ることは、自分の人格を否定することではありません。神の前でへりくだり、「主よ、私は間違っていました」と認めることです。
  • 神は高慢な者を憎まれます。もしあなたが配偶者の前で虚勢を張り続けるなら、神は最後の瞬間、岐路であなたを待っておられます。「私は間違っていた」と言いに行っても、神があなたの髪を引っ張るようなことはありません。むしろ、すべてを和解させる神は、あなたを高く上げてくださいます。
  • 手遅れということはありません。牧師の父親は、たった一言、妻に「私は間違っていた」と言いに戻ることができたはずです。そうすれば神はすべてを整えてくださったでしょう。しかし彼はそうしませんでした。頑なになったままだったのです。
  • 証し。牧師は妻に「ごめんね、許してほしい、僕が間違っていた」と言うことを学びました。それによって妻の彼への尊敬が減ることはなく、むしろ夫婦の絆は強まりました。なぜなら、彼が真実とへりくだりの中を歩んでいるからです。

5. 親たちよ、子どもに注意を払いなさい

  • これは「世界が逆さまになった」ように聞こえるかもしれません。聖書は子どもに親の言葉を聞くよう勧めていますが、その逆の方向でも語っています。「父たちよ、自分の子どもを怒らせないで、主の教育と訓戒とによって育てなさい」(エペソ6:4)。
  • 怒らせるというのは、挑発だけによるものではありません。欠如によっても起こります ― 傾聴の欠如、配慮の欠如、関心の欠如です。
  • 証し。ルネはあまり子どもの話を聞かない文化(カメルーン、アフリカ)の出身です。18歳から21歳になるまでは、話すことはできても誰も聞いてくれません。彼が初めて父親と対等な大人同士の会話をしたのは、23、24歳のときでした。幸いなことに、神は私たちの文化を超えて働かれます。神は私たちを新しい創造物とし、御国の文化を与えてくださるのです。
  • 職場でWhatsAppを見て、自分がもう祖父母になっていたと知る ― そんなことが何度あるでしょうか。それは、娘が両親に話す場所を一度も見つけられなかったからです。15歳、16歳、17歳の我が子の隣に座って、同性愛について、離婚について、その子の心を占める無数のことについての不安や疑問を聞いたことがありますか。
  • 神はごく幼い時期に子どもを召し、霊的な賜物を与えられることもあります。幼いサムエルが召された箇所(サムエル記第一 3章)、母の胎にいるときから聖霊に満たされていたバプテスマのヨハネ(ルカ1:15)、12歳で神殿にいた少年イエス(ルカ2:41-50)を見てください。神があなたの子どもに与えようとしておられることに、あなたは耳を傾けていますか。

6. 子どもたちよ、両親の言葉に耳を傾けなさい

  • 「わが子よ、父の教訓を聞き、母の教えを捨ててはならない」(箴言1:8)。そして箴言1:5には「知恵ある者が聞けば、その知識を増す」とあります。知恵ある者になりたいなら、両親の言葉に耳を傾けなさい。
  • 親の話を聞くことは、その経験の恩恵を受けることです。牧師の父親は土曜から日曜にかけてのDIY職人でした。子どもたちに、塗装、大工仕事、マイナスドライバー、プラスドライバーの使い方など、手を動かして働くことを教えていました。末っ子だったルネだけが、いつも父のそばに残っていました。今日、彼が多くのことをこなせるのは、父から受け継いだもののおかげです。
  • 親の話を聞くことは、悪から守られることでもあります。牧師はサムソンの物語(士師記14章)を取り上げます。サムソンは気に入ったペリシテ人の若い女性を見つけます。父は言います。「わが子よ、私たちの民の中に女がいないのか。なぜ、あの割礼を受けていないペリシテ人、あの敵の民のところへ行くのか。」サムソンは繰り返します。「あの娘を、私のために妻としてめとってください、父上、めとってください。」彼は聞き入れません。
  • この最初の不従順が、後の展開(士師記16章)へとつながる道を開きます。それはやがてデリラへとサムソンを導き、彼女が彼の秘密を聞き出し、眠っている間に髪を剃り落とし、イスラエル一の強者をペリシテ人に引き渡すことになります。彼は目を見えなくされ、鎖につながれてしまいました。親の言葉を聞くことは、それほど多くの危険や災いから、あなたを守ってくれるのです。
  • あなたと親は、二つの異なる世代です。そこには常に隔たりがあるでしょう。それでも、互いに耳を傾け合いなさい。

7. 家庭における沈黙 ― 忘れられがちな次元

  • 今回のメッセージのタイトルには、沈黙のことも含まれていました。私たちの家庭には騒がしさがあふれています。困難が起きたとき、もう話すのをやめられなくなります。いとこや叔母たちに電話をかけ、何もかも話してしまいます。しかし解決は彼らから来るのではなく、神から来るのです。
  • 神は沈黙の主でもあられます。イエスは、戦いが近づいてくるのを感じると、群衆から退かれました。ゲツセマネで祈ることを好まれたのは、沈黙を必要としておられたからであり、そこで御父と出会われたのです。
  • 相手の話を聞くためには、まず沈黙の中にいる必要があります。話しながら同時に隣の人の話を聞くことはできません。
  • 証し。ルネが育った6人家族には、3人の姉妹がいました。問題を抱えなかったのは、いちばん口数の少ない姉妹でした。「愚かな者はその怒りをすべて表すが、知恵ある者はそれを鎮める」(箴言29:11)。
  • 聖書はさらに踏み込みます。「愚かな者も黙っていれば、知恵ある者と思われる。くちびるを閉じておれば、さとき者とみなされる」(箴言17:28)。
  • たくさん話せば、たくさんの問題を抱えることになります。あまり話さなければ、問題も少なくなります。人の前では話さないことで愚か者と思われても、あなたの神の前で知恵ある者であるほうがよいのです。

8. 唯一の鍵 ― ピリピ2:4

  • 傾聴する力を伸ばすために、人間的な研修を受ける必要はありません。鍵は、この聖句にあります。「おのおの自分のことだけでなく、他人のことも考えなさい。」
  • 今夜から、これをあなたの夫婦関係、子どもたちとの関係、両親との関係に適用してください。あなたの肉はこれに反発するでしょう。自分を踏みにじられているように感じるかもしれません。
  • しかし覚えておいてください。あなたより先にそれを行った方がおられます。その方はご自分を踏みにじらせ、そして高く上げられました。神の右に座しておられるお方 ― あなたの主であり救い主であるイエス・キリストです。あなたはその方に倣うことができます。
  • 相手の話に耳を傾けることは、神を信頼することでもあります。それは「もし聞いてしまったら、相手は私が同意したと思ってしまう」ということではありません。それは、こう言うことです。「主よ、あなたが私の夫婦関係の中でしておられることを理解したいのです。そして、この先のことをあなたにお委ねします。」

心に留めておきたいポイント

  • 神は宗教的な人を求めておられるのではなく、御言葉を聞き、それを実行する人を求めておられます。日曜日に教会に来るというだけでは、あなたの家庭が幸せになることはありません。
  • コミュニケーションと傾聴は同じものではありません。多くの家庭はたくさんコミュニケーションを取っていても、聞いてはいません。そこから、夫婦間の孤独、子どもとの距離感、独りで下される決断が生まれます。
  • 鍵となる箇所は、ピリピ2:4です。相手の利益を自分の利益より上に置くこと。それは同意することではなく、へりくだりの行為です。イエスがまず十字架に至るまで、それを行われました。
  • 「私が間違っていた、ごめんなさい」と言えることは、あなたの権威を壊すのではありません。むしろあなたの夫婦関係、家庭を強めます。あなたが真実の中を歩んでいるからこそ、神はあなたを高く上げてくださいます。
  • 沈黙もまた鍵です。私たちの家庭には騒がしさがあふれています。困難が訪れたときは、黙りなさい。携帯電話の電源を切りなさい。イエスがゲツセマネでそうされたように、神の前に退き、神に語らせなさい。

実践のための問いかけ

  1. 今週、あなたが配偶者の話を聞かずに突き進んでしまった決断はありましたか。今夜15分間、座って、黙って、たとえ同意できなくても最後まで相手の話を聞いてみましょう。
  2. 最後に夫、妻、父、母に「私が間違っていた、ごめんなさい」と言ったのはいつですか。もしその言葉が一度も口から出たことがないなら、あなたを縛っている高慢を打ち砕いてくださるよう神に求めましょう。
  3. 親であるあなたへ。今週、子どもと(11歳でも、13歳でも、15歳でも、18歳でも、25歳でも構いません)時間を約束してください。アドバイスをするためではなく、ただ話を聞くためにです。三つ質問をして、あとは黙って聞きましょう。
  4. まだ両親のもとで暮らしている子どもへ。サムソンのことを思い出してください(士師記14章)。今、あなたが両親の言葉に耳を貸そうとしない決断は何ですか。彼らの言葉を丁寧に受け止めてみましょう。彼らはあなたを愛し、あなたを守りたいと願っているのです。
  5. 家庭に問題が起きたとき、あなたの最初の反応はどちらですか。三人のいとこに電話をかけて話すことですか、それとも30分間、沈黙の中に退いて、神に語っていただくことですか。

引用聖句

よくある質問

夫婦関係において、コミュニケーションと傾聴の違いは何ですか?

コミュニケーションは双方向のものです。話すことと聞くことの両方が含まれます。多くの家庭では、たくさん話していても、実は聞いていません。傾聴とは、相手に意識を向け、その人の不安、必要、気持ちに関心を寄せることです。たとえ同意できなくてもです。ピリピ2:4によれば、それは配偶者の利益を自分の利益より上に置くことです。同意することではなく、へりくだりの行為なのです。

なぜ親は子どもの話に耳を傾けるべきなのですか?

エペソ6:4にはこうあります。「父たちよ、子どもたちを怒らせないで、主の教育と訓戒によって育てなさい。」怒らせるというのは挑発することだけでなく、関心や傾聴、配慮の欠如も含まれます。神はあなたの子どもを通して語り、霊的な賜物を与えることがあります。10分でも息子や娘の前に座って、その不安や疑問に耳を傾けることが、何年分もの時間を取り戻すことになるのです。

なぜ沈黙も家庭にとって傾聴と同じくらい大切なのですか?

私たちの家庭には騒がしさがあふれています。相手の話を聞くには、まず自分が黙る必要があります。箴言17:28にはこうあります。「愚かな者も黙っていれば、知恵ある者と思われる。」困難が起きたときは、話すのをやめ、親戚中に電話して問題を話し回るのをやめましょう。解決は人からではなく、神から来るのです。イエスご自身も、ゲツセマネで沈黙の中に退き、父なる神と出会われました。

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