聖書 — 口語訳 (1955)
詩篇 106
概要
詩篇106篇は、賛美が告白へと変わる詩篇です。とこしえに絶えない主のいつくしみから始まり、詩人は民と一つになって、先祖たちと同じように自分たちも罪を犯したと認めます。紅海からカナンまで、イスラエルのそむきをたどりながら、そのたびに、救い、ご自身の契約を思い出される神を示します。結びは、諸国民の中から集めてくださいという祈りと、詩篇の第四巻を閉じる賛美の頌栄です。
この章の6つの区分
1主をほめたたえよ。主に感謝せよ、主は恵みふかく、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
2だれが主の大能のみわざを語り、その誉をことごとく言いあらわすことができようか。
3公正を守る人々、常に正義を行う人はさいわいである。
4主よ、あなたがその民を恵まれるとき、わたしを覚えてください。あなたが彼らを救われるとき、わたしを助けてください。
5そうすれば、わたしはあなたの選ばれた者の繁栄を見、あなたの国民の喜びをよろこび、あなたの嗣業と共に誇ることができるでしょう。
6われらは先祖たちと同じく罪を犯した。われらは不義をなし、悪しきことを行った。
7われらの先祖たちはエジプトにいたとき、あなたのくすしきみわざに心を留めず、あなたのいつくしみの豊かなのを思わず、紅海で、いと高き神にそむいた。
8けれども主はその大能を知らせようと、み名のために彼らを救われた。
9主は紅海をしかって、それをかわかし、彼らを導いて荒野を行くように、淵を通らせられた。
10こうして主は彼らをあだの手から救い、敵の力からあがなわれた。
11水が彼らのあだをおおったので、そのうち、ひとりも生き残った者はなかった。
12このとき彼らはそのみ言葉を信じ、その誉を歌った。
13しかし彼らはまもなくそのみわざを忘れ、その勧めを待たず、
14野でわがままな欲望を起し、荒野で神を試みた。
15主は彼らにその求めるものを与えられたが、彼らのうちに病気を送って、やせ衰えさせられた。
16人々が宿営のうちでモーセをねたみ、主の聖者アロンをねたんだとき、
17地が開けてダタンを飲み、アビラムの仲間をおおった。
18火はまたこの仲間のうちに燃え起り、炎は悪しき者を焼きつくした。
19彼らはホレブで子牛を造り、鋳物の像を拝んだ。
20彼らは神の栄光を 草を食う牛の像と取り替えた。
21彼らは、エジプトで大いなる事をなし、ハムの地でくすしきみわざをなし、紅海のほとりで恐るべき事をなされた 救主なる神を忘れた。
23それゆえ、主は彼らを滅ぼそうと言われた。しかし主のお選びになったモーセは 破れ口で主のみ前に立ち、み怒りを引きかえして、滅びを免れさせた。
24彼らは麗しい地を侮り、主の約束を信ぜず、
25またその天幕でつぶやき、主のみ声に聞き従わなかった。
26それゆえ、主はみ手をあげて、彼らに誓い、彼らを荒野で倒れさせ、
27またその子孫を、もろもろの国民のうちに追い散らし、もろもろの地に彼らをまき散らそうとされた。
28また彼らはペオルのバアルを慕って、死んだ者にささげた、いけにえを食べた。
29彼らはそのおこないをもって主を怒らせたので、彼らのうちに疫病が起った。
30その時ピネハスが立って仲裁にはいったので、疫病はやんだ。
31これによってピネハスはよろず代まで、とこしえに義とされた。
32彼らはまたメリバの水のほとりで主を怒らせたので、モーセは彼らのために災にあった。
33これは彼らが神の霊にそむいたとき、彼がそのくちびるで軽率なことを言ったからである。
34彼らは主が命じられたもろもろの民を滅ぼさず、
35かえってもろもろの国民とまじって そのわざにならい、
36自分たちのわなとなった偶像に仕えた。
37彼らはそのむすこ、娘たちを悪霊にささげ、
38罪のない血、すなわちカナンの偶像にささげた そのむすこ、娘たちの血を流した。こうして国は血で汚された。
39このように彼らはそのわざによっておのれを汚し、そのおこないによって姦淫をなした。
40それゆえ、主の怒りがその民にむかって燃え、その嗣業を憎んで、
41彼らをもろもろの国民の手にわたされた。彼らはおのれを憎む者に治められ、
42その敵にしえたげられ、その力の下に征服された。
43主はしばしば彼らを助けられたが、彼らははかりごとを設けてそむき、その不義によって低くされた。
44それにもかかわらず、主は彼らの叫びを聞かれたとき、その悩みをかえりみ、
45その契約を彼らのために思い出し、そのいつくしみの豊かなるにより、みこころを変えられ、
46彼らをとりこにした者どもによって、あわれまれるようにされた。
47われらの神、主よ、われらを救って、もろもろの国民のなかから集めてください。われらはあなたの聖なるみ名に感謝し、あなたの誉を誇るでしょう。
48イスラエルの神、主は とこしえからとこしえまでほむべきかな。すべての民は「アァメン」ととなえよ。主をほめたたえよ。
鍵となる聖句
主をほめたたえよ。主に感謝せよ、主は恵みふかく、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
詩篇は、賛美する理由から始まります。神は恵み深く、そのいつくしみは終わらないからです。詩篇の残りの部分は、すべてこの光のもとで見られています。
われらは先祖たちと同じく罪を犯した。われらは不義をなし、悪しきことを行った。
詩人は先祖たちを裁く立場には立たず、われらと言います。告白は共有されており、どの世代も同じ過ちに陥りうることを認めています。
それゆえ、主は彼らを滅ぼそうと言われた。しかし主のお選びになったモーセは 破れ口で主のみ前に立ち、み怒りを引きかえして、滅びを免れさせた。
モーセは破れ口に立って、神の怒りをそらします。この箇所は、罪を犯した民のためのとりなしの大切さを示しています。
その時ピネハスが立って仲裁にはいったので、疫病はやんだ。 これによってピネハスはよろず代まで、とこしえに義とされた。
ピネハスが立ち上がると、災いはやみます。これは彼の義と認められました。創世記15章6節でアブラハムについて語られていることを思い起こさせる表現です。
われらの神、主よ、われらを救って、もろもろの国民のなかから集めてください。われらはあなたの聖なるみ名に感謝し、あなたの誉を誇るでしょう。
結びの祈りは、神が散らされた民を救い、集めてくださるよう求めます。罪の告白が、望みへと続いていることを示しています。
この章に登場する人物
説教が語っていること
詩篇106篇についてよくある質問
詩篇106篇はどういう意味ですか
詩篇106篇は共同体の告白です。エジプトからカナンまでのイスラエルの罪と、それでも救ってくださる神の真実を思い起こします。自分の過ちを認めることは神から遠ざかることではなく、とこしえに絶えない神のいつくしみを受けることにつながると教えています。
詩篇106篇を書いたのは誰ですか
この詩篇には作者の表題がありません。47節と48節は、諸国民の中に散らされた民を前提としているため、捕囚のあとに置かれることが多いです。1節と47節から48節は、歴代志上16章34節から36節にも見られます。
詩篇106篇をどう祈ればよいですか
1節から始めて、神の恵みに感謝します。次に6節を読み、自分と周りの人々の過ちを、言いわけせずに神の前に挙げましょう。最後に47節で、守り、ご自分の民を集めてくださるよう求め、「アーメン」と言って結びます。
詩篇 106を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。