聖書 — 口語訳 (1955)
詩篇 43
概要
詩篇43篇は短い祈りで、本文には作者が記されていません。多くの読者は、同じ繰り返しの句があることから、詩篇42篇と結びつけて読みます。詩人は、偽りの人々に対して自分の訴えを弁護してくださるよう神に願い、なぜ悲しみの中を歩むのかと問い、神の光とまことが自分を祭壇まで導くよう祈ります。結びは自分自身への命令です。神を待ち望め、わたしはまた神をほめたたえるからだ、と。
この章の3つの区分
1神よ、わたしをさばき、神を恐れない民にむかって、わたしの訴えをあげつらい、たばかりをなすよこしまな人から わたしを助け出してください。
2あなたはわたしの寄り頼む神です。なぜわたしを捨てられたのですか。なぜわたしは敵のしえたげによって 悲しみ歩くのですか。
3あなたの光とまこととを送ってわたしを導き、あなたの聖なる山と、あなたの住まわれる所に わたしをいたらせてください。
4その時わたしは神の祭壇へ行き、わたしの大きな喜びである神へ行きます。神よ、わが神よ、わたしは琴をもってあなたをほめたたえます。
5わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。何ゆえわたしのうちに思いみだれるのか。神を待ち望め。わたしはなおわが助け、わが神なる主をほめたたえるであろう。
鍵となる聖句
神よ、わたしをさばき、神を恐れない民にむかって、わたしの訴えをあげつらい、たばかりをなすよこしまな人から わたしを助け出してください。
詩人は、自分で正そうとせず、訴えを神にゆだねます。不正を神の手にゆだねることが、この詩の最初の行いです。
あなたの光とまこととを送ってわたしを導き、あなたの聖なる山と、あなたの住まわれる所に わたしをいたらせてください。
光とまことは、神が遣わす案内役のように描かれています。詩人は道のすべてを見せてほしいと願うのではなく、ただ神の臨在へ導かれることを願っています。
その時わたしは神の祭壇へ行き、わたしの大きな喜びである神へ行きます。神よ、わが神よ、わたしは琴をもってあなたをほめたたえます。
ここで神は「わが喜び、わが楽しみ」と呼ばれます。詩人が求めているのは神が与えるものだけではなく、神ご自身です。その喜びは、立琴をもってのほめ歌となって表れます。
わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。何ゆえわたしのうちに思いみだれるのか。神を待ち望め。わたしはなおわが助け、わが神なる主をほめたたえるであろう。
詩人は自分に語りかけます。うめく魂に、神への望みをもって答えるのです。詩篇42篇から引き継がれたこの繰り返しの句は、感情に最後の言葉を言わせないことを教えてくれます。
説教が語っていること
詩篇43篇についてよくある質問
詩篇43篇はどういう意味ですか
神から遠く感じ、不正な人々に追い詰められた信仰者の祈りです。神に訴えを弁護し、祭壇に連れ戻してくださるよう願い、次にうなだれた自分の魂に、望みを抱くよう語りかけます。この詩篇は、悲しみの中でも賛美を見失わないことを教えています。
詩篇43篇は詩篇42篇と関係がありますか
多くの読者はそう考えます。詩篇43篇には表題がなく、詩篇42篇の魂に呼びかける繰り返しの句を受けています。ヘブライ語写本の中には、二つの詩篇を一つの詩とするものもあります。聖書は断定していないので、別々に読んでも一緒に読んでも、意味は変わりません。
詩篇43篇でどのように祈ればよいですか
気落ちしているときに読んでください。1節では、不当に思えることを神にゆだねます。3節と4節では、神の臨在へ導いてくださること、神がふたたびあなたの喜びとなってくださることを願います。5節では、魂に神を待ち望むよう語りかけ、短くても賛美で結びます。
詩篇 43を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。