要約
スケワの子らは、パウロがエペソに滞在していた一世紀に、各地を巡っていたユダヤ人のまじない師たちで、祭司長スケワの七人の息子です。彼らはイエスを知らないまま、「パウロの宣べ伝えているイエスによって命じる。出て行け」と言って悪霊を追い出そうとしました。悪霊に正体を問われ、悪霊につかれた人に打ち負かされます。イエスの名は呪文ではなく、主に属する者に権威を与えると教えられます。
スケワの子らという名前の意味
スケワという名は、ラテン語の呼び名スカエウァ(「左利き」の意とされることが多い)と結びつけられますが、由来は定かではありません。聖書はこの名を説明せず、七人の息子の名も記していません(使徒行伝19章14節)。
スケワの子らの生涯
エペソでの異常な力あるわざ
使徒行伝19章8-12節パウロはエペソの会堂で三か月論じ、のちにツラノの講堂で二年間毎日論じたので、アジヤに住む人は皆、主の言を聞きました。神はパウロの手によって異常な力あるわざを行われ、彼の身につけた手ぬぐいや前掛けを病人にあてると、病気が除かれ、悪霊が出て行きました。
借り物の言葉
使徒行伝19章13-14節遍歴するユダヤ人のまじない師たちが、悪霊につかれた人に主イエスの名をとなえ、「パウロの宣べ伝えているイエスによって命じる。出て行け」と言ってみました。そうしたのはユダヤの祭司長スケワの七人の息子たちです。彼らはイエスを自分の主として知らず、他人のイエスとして語りました。
悪霊の問い
使徒行伝19章15節悪霊は「イエスなら自分は知っている。パウロもわかっている。だが、おまえたちは、いったい何者だ」と答えました。見えない世界はイエスとその僕パウロの権威を認めていますが、この人たちには何の権威も見ていません。正しい名を口にしても、その名を持つ方との関係はありませんでした。
裸で傷を負って
使徒行伝19章16節悪霊につかれている人が彼らに飛びかかり、みんなを押えつけて負かしたので、彼らは傷を負ったまま裸になって、その家を逃げ出しました。呪文で悪霊を支配しようとした者たちが、人々の前で恥をかきました。イエスの名は、他人の手で使う魔術の道具ではないことが示されます。
主イエスの名があがめられる
使徒行伝19章17-20節この出来事はエペソのユダヤ人にもギリシヤ人にも知れわたり、人々は恐怖に襲われて、主イエスの名があがめられました。信者になった多くの人が自分の行為を告白し、魔術を行っていた者たちは本を持ち出して、みんなの前で焼き捨てました。その値段は銀五万にも上り、主の言はますます盛んにひろまりました。
スケワの子らから学ぶこと
- イエスの名は呪文ではなく、信仰によって主に属する者に権威を与えます。
- 他人のイエスを知っているだけでは足りず、一人ひとりが自分の主として個人的に受け入れる必要があります。
- 同じ言葉を口にしても、霊の世界は本物の信仰と真似事を見分けます。
- 神は偽り者の失敗さえ用いて、御子の名をあがめさせることができます。
- 本物の回心は、エペソで焼かれた本のように、オカルトとの具体的な決別に表れます。
鍵となる聖句
悪霊の答えが物語を要約しています。イエスとパウロの権威は認められていますが、スケワの子らは、名を唱える方を知らないため、何の正当性も持ちません。
神は祓う者たちの恥を証しに変えられます。エペソに恐れが広がり、主イエスの名は数ある呪文の一つとしてではなく、あがめられました。
イエスは、御名で悪霊を追い出したと言う者の中にも、「あなたがたを全く知らない」と言われる者がいると警告されます。大切なのは言葉ではなく、主との関係です。
イエスの名はすべての名にまさる名であり、あらゆるものがその御名によってひざをかがめます。この名は操るものではなく、その名を持つ方の前にひれ伏すものです。
スケワの子らについての説教
よくある質問
スケワの子らとは誰ですか。
使徒行伝19章13-14節によれば、ユダヤの祭司長スケワという人の七人の息子です。パウロのエペソ滞在中に各地を巡っていたユダヤ人のまじない師の仲間でした。聖書は彼らの名を一人も記さず、この出来事のあとの生活についても何も語っていません。
なぜイエスの名は彼らには働かなかったのですか。
彼らはイエスを知らないまま、パウロから借りた呪文のようにその名を使ったからです。悪霊自身が、イエスもパウロも知っているが、おまえたちは何者かと言います。イエスの名は自動的に働くのではなく、主への信仰と帰属に結びついています。
スケワの子らの記事は聖書のどこにありますか。
使徒行伝19章13-20節にあり、パウロの長いエペソ滞在の中の出来事です。物語はパウロの手による異常な力あるわざ(11-12節)で始まり、魔術の本が焼かれ、主の言が盛んにひろまったことで終わります。