聖書の人物 ヨアブ

生涯、名前の意味、人生の教訓

要約

ヨアブはツェルヤの子で、ダビデ王の軍の長でした。王に忠実で勇敢に戦い、ヘブロン時代からアブシャロムの反乱までダビデの戦いを率いました。しかし策略でアブネルを殺し、ウリヤが死ぬ計画を実行し、ダビデの願いに背いてアブシャロムを討ちました。晩年はソロモンに逆らってアドニヤにつき、新しい王の命令で祭壇のそばで命を落としました。大きな働きも復讐や不従順を正当化しないことを教えてくれます。

ヨアブという名前の意味

ヨアブという名は、ヘブル語の「ヨアブ」に由来するとされ、「主は父」という意味に理解されることが多いです。聖書はこの名の由来を説明していません。ツェルヤの子で、アビシャイとアサエルの兄弟であると紹介されています(第二サムエル2章18節)。

ヨアブの時代背景

ヨアブは、イスラエルの統一王国の時代にダビデ王のもとで働いた人物で、一般には紀元前1000年ごろとされます。サウルの死後、国は二つに分かれ、ダビデはヘブロンでユダの家の王となり、サウルの軍の長アブネルはイシボセテを立ててマハナイムからイスラエルの残りを治めました(サムエル記下2章1〜10節)。ヨアブは王の身内で、母ゼルヤはダビデの姉妹ですから、仕える王の甥にあたります(歴代志上2章16節)。エブスびとの町を攻めた時には真っ先に上って軍の長となりました(歴代志上11章6節)。有能で勇敢な軍人であった一方、聖書は彼の殺害も記し、王自身も彼を抑えられないと認めています(サムエル記下3章39節)。この二つを合わせて読むことが大切です。晩年の王位継承の混乱が、ヨアブの最後の選択を準備します。

ヨアブの生涯

  1. ギベオン、十二人対十二人

    サムエル記下2章12〜32節

    アブネルはイシボセテの家来たちを率いてマハナイムを出、ヨアブはダビデの家来たちを率いて進み、ギベオンの池をはさんで向かい合いました。アブネルの提案で、両軍から十二人ずつが立ち上がり、互いに剣を脇腹に刺して共に倒れます。続く戦いは激しく、アブネルは敗れました。ヨアブの兄弟アサヘルはアブネルを追い続けて槍に突かれて死にます。日没にアブネルが呼びかけると、ヨアブは角笛を吹いて追撃をやめ、ダビデ側はアサヘルのほか十九人、アブネル側は三百六十人が死んだと数えられました。

  2. ヘブロンでアブネルを討つ

    サムエル記下3章22〜39節

    アブネルはヘブロンに来て、全イスラエルをダビデに従わせようと申し出、王は彼を平和のうちに帰します。遠征から多くの分捕り物を持って戻ったヨアブは、アブネルが来て去ったと知り、王がだまされたと責めます。そして使者を送り、ダビデに知らせずにシラの井戸のそばからアブネルを連れ戻させました。ヨアブはヘブロンの門の中で、ひそかに話すふりをして彼を脇に呼び、腹を刺して、アサヘルの血のかたきを討ちました。ダビデは主の前で自分に罪がないと宣言し、棺のあとに従って墓で泣き、ゼルヤの子らは自分には手ごわすぎると語ります。

  3. エルサレム攻めの先頭に立つ

    歴代志上11章4〜8節

    ダビデが全イスラエルの王と認められると、エブスであるエルサレムに向かいます。エブスびとは入れまいと答えましたが、ダビデはシオンの要害を取り、そこはダビデの町となります。王はあらかじめ、最初にエブスびとを撃つ者を頭、つかさとすると定めていました。ゼルヤの子ヨアブが真っ先に上り、頭となります。そのあとダビデはミロからまわりに町を築き、ヨアブは町のほかの部分を修復しました。暗い出来事の前から、ヨアブが勇敢に仕えて認められていたことがわかります。

  4. ラバの包囲とウリヤへの命令

    サムエル記下11章1〜27節

    翌年、王たちが出陣する季節に、ダビデはヨアブと全軍をアンモンびとの町ラバの包囲に送り、自分はエルサレムにとどまります。バテシバとの罪のあと、王はヘテびとウリヤを呼び戻しますが、ウリヤは契約の箱と軍が天幕にいるのに家には帰れないと断ります。そこで王はウリヤに持たせた手紙で、彼を激戦の最前線に置いたうえで退くよう、ヨアブに命じます。ヨアブは強い兵のいる場所にウリヤを置き、ウリヤは数人の者とともに倒れました。のちにヨアブは水の町を取り、栄誉が自分のものにされないよう、ダビデに来て町を取るよう促します(サムエル記下12章26〜28節)。

  5. ヨアブがアブサロムを呼び戻す

    サムエル記下14章1〜33節

    ヨアブは、王の心がゲシュルに追放されたアブサロムに向いているのを見て取ります。テコアから知恵のある女を呼び、息子が殺されそうだという話を彼女の口に授けました。この例え話でダビデは自分の事に気づかされ、ヨアブの手がこの件にあると悟って、アブサロムを連れ戻すよう命じます。ヨアブはゲシュルへ行きますが、王は息子に会おうとせず、アブサロムは二年間エルサレムで王の前に出られません。アブサロムはヨアブの大麦畑に火をつけて彼を来させ、ヨアブがとりなして、王はついに息子に口づけします。

  6. アブサロムの死と王の怒り

    サムエル記下18章1節〜19章8節

    アブサロムの反乱の時、ダビデは軍をヨアブ、アビシャイ、イッタイの三隊に分け、民全員の前で、若者アブサロムをゆるやかに扱うよう命じます。エフライムの森で、アブサロムの頭は樫の木にからまって宙に残ります。ある兵は王の命令のゆえに手を出しませんでしたが、ヨアブは三本の投げ槍をアブサロムの心臓に突き立て、武器を持つ十人の若者がとどめを刺します。ヨアブは角笛を吹いて追撃をやめさせました。王が子のために泣き、勝利が悲しみに変わると、ヨアブは王の家に入り、出て家来たちの心に語らなければ、みな去ってしまうと迫りました。

  7. ギベオンの近くでアマサを討つ

    サムエル記下20章4〜23節

    アブサロムの敗北後、ダビデはアブサロムの軍を率いたアマサに、ヨアブに代わって軍の長にすると伝えさせます(サムエル記下19章13節)。シバの反乱の時、アマサはユダの人々を招集する役を任されますが、定められた期日に遅れます。王はアビシャイにシバを追わせ、ヨアブの部下も従います。ギベオンの大きな石のそばでヨアブはアマサに会い、無事かと尋ね、右手でひげをつかんで口づけするふりをし、手にした剣で腹を刺しました。そのあとシバをアベル・ベテ・マアカまで追い、知恵のある女の働きで包囲は終わり、ヨアブはふたたび全軍の長となります。

  8. ダビデが望んだ人口調査

    サムエル記下24章1〜9節

    晩年、ダビデはヨアブに、ダンからベエルシバまでイスラエルとユダの民を数えるよう命じます。ヨアブは、主が民を百倍にふやされるように、しかし王はなぜこれを望むのかと異議を唱えました。それでも王が押し通したので、ヨアブと軍の長たちは九か月と二十日かけて国中を回ります。ヨアブは民の数を王に報告し、イスラエルに剣を取る者八十万、ユダに五十万がいました。その直後、ダビデの心は責められ、大きな罪を犯したと告白します。ここには王が聞かなかったヨアブの慎重な忠告と、民を試練へ導く従順の両方が記されています。

  9. ヨアブはアドニヤにつく

    列王紀上1章5〜49節

    ダビデがひどく年老いた時、ハギテの子アドニヤは自分が王になると言い出します。彼は将軍ヨアブと祭司アビヤタルと話し合い、二人はアドニヤの側につきました。祭司ザドク、ベナヤ、預言者ナタン、ダビデの勇士たちはつきませんでした。アドニヤはエンロゲルのそばでいけにえをささげ、兄弟たちを招きますが、ソロモンは招きません。その間にダビデはソロモンにギホンで油を注がせます。宴席でヨアブは角笛の音を聞き、町のざわめきの理由を尋ねます。ヨナタンがソロモンの即位を告げると、招かれた者たちは恐れて散りました。のちに、ヨアブはアブサロムにはつかなかったのにアドニヤにはついたと記されます(列王紀上2章28節)。

  10. ダビデの最後の命令とヨアブの最期

    列王紀上2章5〜6節、28〜35節

    死を前にしてダビデはソロモンに、ヨアブがアブネルとアマサにしたことを思い出させます。平和な時に戦いの血を流したのです。王は知恵に従って事を行うようソロモンに委ねます。アドニヤが殺され、アビヤタルが追放されると、ヨアブは主の天幕に逃れて祭壇の角をつかみます。ベナヤが王の命令を伝えて出るよう言うと、ヨアブはここで死ぬと答えます。ソロモンは、言ったとおりにせよと命じ、ヨアブが理由なく流した血を自分の家から除こうとしました。ベナヤはヨアブを打ち、ヨアブは荒野の自分の家に葬られ、ベナヤが軍の長の座を継ぎます。

ヨアブの家族

兄弟
アビシャイ 歴代志上2章16節
兄弟
アサヘル サムエル記下2章18節
おじ
ダビデ(母の兄弟) 歴代志上2章15〜16節
おば
アビガイル(母の姉妹) 歴代志上2章16〜17節
いとこ
アマサ(アビガイルの子) 歴代志上2章17節

ヨアブから学ぶこと

  • 主君に仕える有能さは正しさの代わりになりません。ヨアブは恐るべき軍の長でしたが、何度も復讐と策略によって行動しました。
  • 不正な命令に従っても無実にはなりません。ヨアブはウリヤを最も激しい戦いの場に置き、ダビデのしたことは主の御目に悪であったと聖書は記します。
  • 上に立つ人に真実を告げる勇気は尊いものです。ヨアブはダビデが民を数えようとしたときにそれを示しましたが、その勇気は正しい行いとともにあるべきです。
  • 長い忠実さも最後の誤った選択で損なわれることがあります。生涯ダビデに仕えたヨアブは、神がソロモンを選ばれたのに、アドニヤを支持しました。

鍵となる聖句

第二サムエル3章27節

ヨアブはヘブロンの門でアブネルを脇に連れ出し、兄弟アサエルの復讐のために腹を刺します。彼の生涯を特徴づけた策略と復讐が表れています。

第二サムエル18章5節

王はヨアブ、アビシャイ、イタイにアブシャロムを手荒に扱わないよう命じ、民もそれを聞きました。それでもヨアブは命令に背き、その頑なさと王への独立心を示しました。

列王記第一2章31-32節

ソロモンはヨアブが死ぬべき理由を述べます。ダビデの知らないうちに、自分より正しく善良な二人、アブネルとアマサを討ったからです。主はその血をヨアブの頭に返されます。

ヨアブについての説教

よくある質問

聖書のヨアブとは誰ですか。

ヨアブはツェルヤの子で、ダビデ王の軍の長でした。ダビデの治世を通して、ヘブロンからラバまで共に戦い、アブシャロムを討ちました。しかしアブネルとアマサも殺し、最後にはアドニヤを支持して、ソロモンに処刑されました。

ヨアブはなぜアブネルを殺したのですか。

聖書によれば、ヨアブはギブオンでアブネルに殺された兄弟アサエルの復讐をしようとしました(第二サムエル3章27、30節)。アブネルは平和のうちにダビデのもとを去ったばかりでした。ダビデは自分にその血の責任はないと宣言し、ソロモンもヨアブの死の際にそれを思い起こしました(列王記第一2章32節)。

ヨアブの物語は聖書のどこにありますか。

ヨアブは主に第二サムエルに登場します。2章(ギブオン)、3章(アブネルの死)、11章(ラバの包囲とウリヤの死)、18章(アブシャロムの死)です。最期は列王記第一2章28-35節に記され、歴代誌第一の19章と21章にも登場します。

ヨアブはダビデの親戚でしたか。

はい、ヨアブは王の甥でした。歴代志上2章16節はダビデの姉妹としてゼルヤとアビガイルを挙げ、ゼルヤにアビシャイ、ヨアブ、アサヘルの三人の子がいたと記します。サムエル記下17章25節も、アビガイルをヨアブの母ゼルヤの姉妹としています。この関係はいくつかの場面を理解する助けになります。ダビデはゼルヤの子らを自分の手に余る者たちとして語ります(サムエル記下3章39節、19章22節)。アビガイルの子アマサはヨアブのいとこで、そのためアマサの殺害はいっそう痛ましく映ります。ダビデが甥たちにどんな思いを抱いていたかを、聖書はこれ以上語りません。

なぜヨアブはアマサを殺したのですか。

聖書は理由を一言では語りませんが、文脈が場面を照らします。ヨアブのいとこアマサは、アブサロムによってヨアブに代わって軍の長に立てられていました(サムエル記下17章25節)。アブサロムの敗北後、ダビデは彼をヨアブの代わりに軍の長にすると伝えます(サムエル記下19章13節)。のちにアマサはユダの招集に遅れ(サムエル記下20章5節)、ギベオンの近くでヨアブに会います。ヨアブは無事かと尋ね、ひげをつかんで腹を刺しました。ダビデはこれを平和な時に流された戦いの血と呼び(列王紀上2章5節)、ソロモンはアマサをヨアブより正しく善い人と言います(列王紀上2章32節)。聖書が語ることを超えて推測するのは控えるべきです。

なぜヨアブはダビデの命令に背いてアブサロムを殺したのですか。

聖書はヨアブの理由を述べておらず、推測しない方がよいでしょう。記されているのは事実です。王は民全員の前で、アブサロムをゆるやかに扱うよう命じました(サムエル記下18章5節)。木にかかるアブサロムを見た男は、その命令を理由に手を出しません(サムエル記下18章12節)。ヨアブはあなたとぐずぐずしてはおれないと言い、三本の投げ槍をアブサロムの心臓に突き立てます(サムエル記下18章14節)。のちに、泣く王が家来たちに恥をかかせていると責めます(サムエル記下19章5〜7節)。確かなのは、王の公の命令にヨアブが従わなかったことです。ただ、ダビデとソロモンの最後の責めは、アブネルとアマサの死だけを挙げています(列王紀上2章5節、32節)。

なぜダビデは生きている間にヨアブを罰しなかったのですか。

ダビデはいくつかの形で反応しますが、ヨアブを裁きにかけてはいません。アブネルの死のあと、自分の無実を宣言し、その血がヨアブとその家にかかるよう求め(サムエル記下3章28〜29節)、自分はゼルヤの子らの前でまだ弱いと認めました(3章39節)。のちにアマサをヨアブの代わりに立てると告げますが(19章13節)、アマサの死後、ヨアブはふたたび全軍の長となります(20章23節)。最後に、死の床でソロモンにヨアブのしたことを思い出させ、知恵に従って行うよう委ねました(列王紀上2章5〜6節)。聖書はその遅れの理由を説明しませんが、罪が忘れられていないことは、ダビデの口からもソロモンの口からも語られます(列王紀上2章32節)。

なぜヨアブは祭壇に逃れたのですか。

アドニヤが殺され、アビヤタルが追放されたのち、ヨアブは主の天幕に逃れて祭壇の角をつかみました(列王紀上2章28節)。アドニヤもソロモンの即位の際に同じことをし、誠実であることを条件に命を救われています(列王紀上1章50節)。ヨアブについては、モーセの律法が参考になります。悪意をもって隣人を殺す者は、祭壇からでも引き離されて死ななければなりません(出エジプト記21章14節)。ヨアブはアブネルとアマサを不意に打ったのでした。ベナヤが出るよう伝えてもヨアブは拒み、ここで死ぬと言い、ソロモンは言うとおりにせよと命じます(列王紀上2章29〜31節)。聖書はヨアブが悔い改めたとは記さず、過去の行いに追いつかれ、避け所を求める人を描いています。

ヨアブはいつも王に従いましたか。

いいえ。そこが彼の人物像を難しくしています。ウリヤを戦いの前線に置く命令は実行しましたが(サムエル記下11章16〜17節)、のちに預言者ナタンはダビデが、アンモンの子らの剣でウリヤを殺したと責めます(12章9節)。アブサロムを手加減せよという命令には背きました(18章5、14節)。人口調査の命令には異議を唱え、王が押し通すと実行しました(24章3〜4節)。息子のために泣く王には、出て家来たちの心に語れと率直に迫りました(19章5〜7節)。最後には、ソロモンが王になると誓ったダビデの意に反して、アドニヤにつきました。どの場面でもヨアブは自分の判断で動き、聖書は彼を見習うべき手本としては示しません。

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