聖書 — 口語訳 (1955)
イザヤ書 58
概要
イザヤ書58章は、熱心に断食をしながら、働き人をしえたげ、争いを続けている民に語りかけます。神は断食の考え方を正されます。頭を垂れることではなく、不正の鎖を解き、パンを分け与え、住む所のない人を迎え入れることです。そのように生きる人に、神は光と導きと回復を約束されます。章の終わりでは、安息日を務めではなく喜びの日とするよう招かれます。
この章の4つの区分
1「大いに呼ばわって声を惜しむな。あなたの声をラッパのようにあげ、わが民にそのとがを告げ、ヤコブの家にその罪を告げ示せ。
2彼らは日々わたしを尋ね求め、義を行い、神のおきてを捨てない国民のように、わが道を知ることを喜ぶ。彼らは正しいさばきをわたしに求め、神に近づくことを喜ぶ。
3彼らは言う、『われわれが断食したのに、なぜ、ごらんにならないのか。われわれがおのれを苦しめたのに、なぜ、ごぞんじないのか』と。見よ、あなたがたの断食の日には、おのが楽しみを求め、その働き人をことごとくしえたげる。
4見よ、あなたがたの断食するのは、ただ争いと、いさかいのため、また悪のこぶしをもって人を打つためだ。きょう、あなたがたのなす断食は、その声を上に聞えさせるものではない。
5このようなものは、わたしの選ぶ断食であろうか。人がおのれを苦しめる日であろうか。そのこうべを葦のように伏せ、荒布と灰とをその下に敷くことであろうか。あなたは、これを断食ととなえ、主に受けいれられる日と、となえるであろうか。
6わたしが選ぶところの断食は、悪のなわをほどき、くびきのひもを解き、しえたげられる者を放ち去らせ、すべてのくびきを折るなどの事ではないか。
7また飢えた者に、あなたのパンを分け与え、さすらえる貧しい者を、あなたの家に入れ、裸の者を見て、これを着せ、自分の骨肉に身を隠さないなどの事ではないか。
8そうすれば、あなたの光が暁のようにあらわれ出て、あなたは、すみやかにいやされ、あなたの義はあなたの前に行き、主の栄光はあなたのしんがりとなる。
9また、あなたが呼ぶとき、主は答えられ、あなたが叫ぶとき、『わたしはここにおる』と言われる。もし、あなたの中からくびきを除き、指をさすこと、悪い事を語ることを除き、
10飢えた者にあなたのパンを施し、苦しむ者の願いを満ち足らせるならば、あなたの光は暗きに輝き、あなたのやみは真昼のようになる。
11主は常にあなたを導き、良き物をもってあなたの願いを満ち足らせ、あなたの骨を強くされる。あなたは潤った園のように、水の絶えない泉のようになる。
12あなたの子らは久しく荒れすたれたる所を興し、あなたは代々やぶれた基を立て、人はあなたを『破れを繕う者』と呼び、『市街を繕って住むべき所となす者』と 呼ぶようになる。
13もし安息日にあなたの足をとどめ、わが聖日にあなたの楽しみをなさず、安息日を喜びの日と呼び、主の聖日を尊ぶべき日ととなえ、これを尊んで、おのが道を行わず、おのが楽しみを求めず、むなしい言葉を語らないならば、
14その時あなたは主によって喜びを得、わたしは、あなたに地の高い所を乗り通らせ、あなたの先祖ヤコブの嗣業をもって、あなたを養う」。これは主の口から語られたものである。
鍵となる聖句
彼らは言う、『われわれが断食したのに、なぜ、ごらんにならないのか。われわれがおのれを苦しめたのに、なぜ、ごぞんじないのか』と。見よ、あなたがたの断食の日には、おのが楽しみを求め、その働き人をことごとくしえたげる。 見よ、あなたがたの断食するのは、ただ争いと、いさかいのため、また悪のこぶしをもって人を打つためだ。きょう、あなたがたのなす断食は、その声を上に聞えさせるものではない。
民は、神が自分たちの断食を見てくださらないと嘆きます。神は、断食の日にも自分の楽しみを求め、働き人をしえたげ、争っていると答えられます。行いの変わらない断食は、むなしいままです。
わたしが選ぶところの断食は、悪のなわをほどき、くびきのひもを解き、しえたげられる者を放ち去らせ、すべてのくびきを折るなどの事ではないか。
神は、御自分が喜ばれる断食を示されます。悪のなわをほどき、しえたげられる者を放ち、すべてのくびきを折ることです。この箇所は、信心と社会的な正義を結びつけています。
また飢えた者に、あなたのパンを分け与え、さすらえる貧しい者を、あなたの家に入れ、裸の者を見て、これを着せ、自分の骨肉に身を隠さないなどの事ではないか。
飢えた者にパンを分け与え、さすらう貧しい人を家に入れ、裸の者に着せる。断食は、隣人への具体的な行いへと続いていき、その人から目をそらすことはありません。
あなたの子らは久しく荒れすたれたる所を興し、あなたは代々やぶれた基を立て、人はあなたを『破れを繕う者』と呼び、『市街を繕って住むべき所となす者』と 呼ぶようになる。
この断食を生きる人は、「破れを繕う者」と呼ばれます。この約束は、古い荒れ跡の回復、つまり共同体全体にかかわるものであり、個人の結果が保証されるという意味ではありません。
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説教が語っていること
イザヤ書58章についてよくある質問
イザヤ書58章で神が選ばれる断食とは何ですか
イザヤ書58章6、7節によれば、それは解放し、分かち合う断食です。不正の鎖をほどき、しえたげられる者を放ち、すべてのくびきを折り、飢えた者にパンを分け与え、住む所のない人を迎え入れることです。断食は食べ物を断つことにとどまらず、隣人に対するあらゆる態度にかかわります。
イザヤ書58章はどういう意味ですか
この章は、見かけは敬虔でも、正義を行わずに断食をしている民を責めています。神が望まれるのは、弱い人への優しさをともなう断食です。そのとき、神は光と臨在と回復を約束されます。祈り、断食、社会での生活を結びつけ、安息日を喜びとして過ごすことで結ばれています。
イザヤ書58章8節は癒やしを約束していますか
この節は、まことの断食を生きる人に、光が暁のようにあらわれ、癒やしがすみやかに芽生えると語ります。まず回復へと向かう民に向けられた言葉であり、共同体の回復、心の癒やし、また肉体の癒やしなど、さまざまに読まれています。何が何でも結果を保証するものではありません。
イザヤ書 58を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。