聖書 — 口語訳 (1955)
伝道の書 4
概要
伝道の書4章で、伝道者は「日の下」の人生を観察し続けます。最初に目にするのは、だれにも慰められないしえたげられる者の涙です。次に、ねたみに突き動かされた労苦を見ます。そして、ひとりで、だれのために働くのかも知らずに働き続ける人を描きます。章の続きには光があります。ふたりはひとりにまさり、一方が他方を助け起こすからです。章の終わりは、年老いた王と若い後継者の話で、人気や権力でさえ過ぎ去ることを示しています。
この章の5つの区分
1わたしはまた、日の下に行われるすべてのしえたげを見た。見よ、しえたげられる者の涙を。彼らを慰める者はない。しえたげる者の手には権力がある。しかし彼らを慰める者はいない。
2それで、わたしはなお生きている生存者よりも、すでに死んだ死者を、さいわいな者と思った。
3しかし、この両者よりもさいわいなのは、まだ生れない者で、日の下に行われる悪しきわざを見ない者である。
4また、わたしはすべての労苦と、すべての巧みなわざを見たが、これは人が互にねたみあってなすものである。これもまた空であって、風を捕えるようである。
5愚かなる者は手をつかねて、自分の肉を食う。
6片手に物を満たして平穏であるのは、両手に物を満たして労苦し、風を捕えるのにまさる。
7わたしはまた、日の下に空なる事のあるのを見た。
8ここに人がある。ひとりであって、仲間もなく、子もなく、兄弟もない。それでも彼の労苦は窮まりなく、その目は富に飽くことがない。また彼は言わない、「わたしはだれのために労するのか、どうして自分を楽しませないのか」と。これもまた空であって、苦しいわざである。
9ふたりはひとりにまさる。彼らはその労苦によって良い報いを得るからである。
10すなわち彼らが倒れる時には、そのひとりがその友を助け起す。しかしひとりであって、その倒れる時、これを助け起す者のない者はわざわいである。
11またふたりが一緒に寝れば暖かである。ひとりだけで、どうして暖かになり得ようか。
12人がもし、そのひとりを攻め撃ったなら、ふたりで、それに当るであろう。三つよりの綱はたやすくは切れない。
13貧しくて賢いわらべは、老いて愚かで、もはや、いさめをいれることを知らない王にまさる。
14たとい、その王が獄屋から出て、王位についた者であっても、また自分の国に貧しく生れて王位についた者であっても、そうである。
15わたしは日の下に歩むすべての民が、かのわらべのように王に代って立つのを見た。
16すべての民は果てしがない。彼はそのすべての民を導いた。しかし後に来る者は彼を喜ばない。たしかに、これもまた空であって、風を捕えるようである。
鍵となる聖句
また、わたしはすべての労苦と、すべての巧みなわざを見たが、これは人が互にねたみあってなすものである。これもまた空であって、風を捕えるようである。
知恵ある者は、多くの人が隣人へのねたみに押されて働いていると見ます。それを空しいと呼びます。成功が、奉仕や喜びではなく、他人との競争になってしまうからです。
片手に物を満たして平穏であるのは、両手に物を満たして労苦し、風を捕えるのにまさる。
両手に物を満たして労苦するより、片手に物を満たして平穏であるほうがまさっています。この聖句は怠惰をほめているのではありません。怠惰は5節で戒められています。休むことを知っている満足をほめているのです。
ふたりはひとりにまさる。彼らはその労苦によって良い報いを得るからである。 すなわち彼らが倒れる時には、そのひとりがその友を助け起す。しかしひとりであって、その倒れる時、これを助け起す者のない者はわざわいである。
この箇所は、共に生きる理由を示します。仕事でも、倒れるときにも助け合えることです。ひとりの人には助け起こしてくれる者がいません。
人がもし、そのひとりを攻め撃ったなら、ふたりで、それに当るであろう。三つよりの綱はたやすくは切れない。
この節は、数の力から始まり、三つよりの綱のたとえで結ばれます。多くの信者は、そこに関係の中心に神がおられる大切さを見ますが、本文は明確にそう書いてはいません。
説教が語っていること
伝道の書4章についてよくある質問
伝道の書の「ふたりはひとりにまさる」とはどういう意味ですか
9節で伝道者は、ふたりのほうが労苦から良い報いを得ると説明します。続く節が例を挙げます。倒れたときに助け起こし、寝るときに暖め合います。この箇所は、友情にも、結婚にも、チームにも、教会にも当てはまります。
伝道の書4章のメッセージは何ですか
この章は、日の下の人生が不正とねたみと孤独に特徴づけられると語ります。しえたげに対する簡単な答えは示しませんが、部分的な解決を提案しています。ひとりで生きないことです。また、ねたみや尽きない欲に押された労苦は、風を捕えるようなものだと思い起こさせます。
「三つよりの綱はたやすくは切れない」とはどういう意味ですか
12節のたとえは、より合わせる糸が多いほど綱が丈夫になることを示し、連帯の力を語っています。結婚やクリスチャンの友情の中で、神を三本目の糸と見る人は多くいますが、これは象徴的な読み方で、本文自体がそう明言しているわけではありません。
伝道の書 4を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。