聖書 — 口語訳 (1955)
詩篇 141
概要
詩篇141篇は、主への切なる呼びかけで始まるダビデの祈りです。彼は、自分の祈りが薫香のように、上げた手が夕べの供え物のように神のみ前に届くことを願います。次に、口と心と交わりを守ってくださいと神に求め、正しい人の戒めを恵みとして受け入れます。6節と7節は難しく、訳についても議論があります。詩篇は本質に戻ります。彼の目は主に向かい、主こそ彼の避け所であり、わなから守ってくださる方なのです。
この章の4つの区分
1主よ、わたしはあなたに呼ばわります。すみやかにわたしをお助けください。わたしがあなたに呼ばわるとき、わが声に耳を傾けてください。
2わたしの祈を、み前にささげる薫香のようにみなし、わたしのあげる手を、夕べの供え物のようにみなしてください。
3主よ、わが口に門守を置いて、わがくちびるの戸を守ってください。
4悪しき事にわが心を傾けさせず、不義を行う人々と共に 悪しきわざにあずからせないでください。また彼らのうまき物を食べさせないでください。
5正しい者にいつくしみをもってわたしを打たせ、わたしを責めさせてください。しかし悪しき者の油をわがこうべに そそがせないでください。わが祈は絶えず彼らの悪しきわざに 敵しているからです。
6彼らはおのれを罪に定める者にわたされるとき、主のみ言葉のまことなることを学ぶでしょう。
7人が岩を裂いて地の上に打ち砕くように、彼らの骨は陰府の口にまき散らされるでしょう。
8しかし主なる神よ、わが目はあなたに向かっています。わたしはあなたに寄り頼みます。わたしを助けるものもないままに 捨ておかないでください。
9わたしを守って、彼らがわたしのために設けたわなと、悪を行う者のわなとをのがれさせてください。
10わたしがのがれると同時に、悪しき者をおのれの網に陥らせてください。
鍵となる聖句
わたしの祈を、み前にささげる薫香のようにみなし、わたしのあげる手を、夕べの供え物のようにみなしてください。
薫香と夕べの供え物は、神殿での礼拝を思わせます。ダビデは、目に見えるいけにえがなくても、自分の祈りが神の前で同じ価値を持つようにと願っています。
主よ、わが口に門守を置いて、わがくちびるの戸を守ってください。
この詩篇で最もよく引用される節の一つです。ダビデは自分だけでは言葉を制しきれないと知り、くちびるの戸に守る者を置いてくださいと神に願います。
正しい者にいつくしみをもってわたしを打たせ、わたしを責めさせてください。しかし悪しき者の油をわがこうべに そそがせないでください。わが祈は絶えず彼らの悪しきわざに 敵しているからです。
ここでは、正しい人が責めることが祝福、つまり「頭に注ぐ油」と受け止められています。愛をもってなされる戒めを受け入れることは、知恵のしるしです。
しかし主なる神よ、わが目はあなたに向かっています。わたしはあなたに寄り頼みます。わたしを助けるものもないままに 捨ておかないでください。
詩篇は本質に戻ります。目を神に向けることです。避け所は自分自身ではなく、主なる神のうちにあります。
説教が語っていること
詩篇141篇についてよくある質問
「わが口に門守を置いて」(詩篇141篇3節)という祈りはどういう意味ですか
神が自分の言葉を制してくださるようにという祈りです。ダビデは、あまりに早く話したり、批判したり、流されたりしてしまうことを認め、くちびるの戸に守る者を置いてくださいと願います。この節は、自制を自分の意志だけに頼らず、神に頼るようにと招いています。
詩篇141篇でどのように祈ればよいですか
2節の夕べの供え物のように、夕方に祈りましょう。口を守ってくださいと神に願い(3節)、心と交わりも守ってくださいと求めます(4節)。賢い人からの戒めを受け入れる心を持ちます。最後は8節で、たましいを神にゆだね、神のうちに避け所を求めて結びましょう。
詩篇141篇は誰が書きましたか
表題はダビデの作としています。本文はダビデの生涯のどの場面かを示していませんが、悪意のある人々に囲まれていると感じる時期を映しています。薫香と夕べの供え物のイメージから、夕べの祈りとよく結びつけられます。
詩篇 141を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。