はじめに
ペテロはクリスチャンたちに手紙を書いていますが、彼らを信仰の初日にとどめておくことはしません。彼はこう言います。「あなたがたの信仰には徳を、徳には知識を加えなさい……」。そして、積み重なることで単なる信者を成熟した弟子へと変えていく七つの資質を並べます。この2ペテロ1章3節から11節に基づくメッセージの中で、JMボットロン師は、あなたが「霊的な赤ちゃん」のままでいることをやめ、神があなたの前に置かれた徳の階段を一段一段のぼっていくよう招いています。あなたは恵みによって神の子とされ、「神の性質にあずかる者」とされました。あとは、この性質があなたの中で成長していくのを許すだけです。
メッセージの構成
1. 信仰という土台:霊的な赤ちゃんのままでいることを拒む
- すべてはイエス様への信仰から始まります。信仰なしには、あなたはまだ神から離れ、失われた状態にあります。キリストを信じ、自分をキリストに委ねること、それが新生です。
- しかし、霊的な赤ちゃんは一生赤ちゃんのままでいるようには造られていません。子どもが十年間まったく成長しなかったら、それは普通ではないでしょう。霊的な面でも同じことです。
- 神は教会のために高い計画を持っておられます。神は教会が清く、汚れのないものであり、ご自分の再臨に備えていることを望んでおられます。ですから、自分を聖別し、キリストが歩まれたように歩むのはあなた自身の務めです(ヨハネの手紙第一 4:17)。
- ペテロはまた、「情欲によってこの世にある滅び去るべきものを免れ」なさいとも言います。これは人々から逃げるという意味ではなく、あなたの心と思いと霊を汚しに来るこの世の霊から逃げるという意味です。
- そして、少し居心地の悪いこの言葉が続きます。「あらゆる努力をして」。神はあなたを救うためにすべてを与えてくださいましたが、努力そのものはあなたに代わってしてくださるわけではありません。
2. 徳を加える:敵意ある世界に立ち向かう道徳的な勇気
- ここで言う徳とは、妥協へと押しやる世界の中で真実を言い表す力のことです。イエス様はこう言われます。「あなたがたは、この世では患難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」(ヨハネ 16:33)。
- キリストがまず与えてくださるのは平安です。それは相対的な平安ではなく、あらゆる理解を超える平安です。キリストにあるとき、精神安定剤に頼って持ちこたえる必要はもうありません。
- 患難は複数形です。一つが終われば、また別のものがやって来ます。それは人生の試練であり、あざけりであり、拒絶であり、時には信仰のゆえの迫害です。
- キリストに従うとは、この世があなたに対して持っている力を手放すことです。パウロはこう書いています。「世は私に対して十字架につけられ、私も世に対して十字架につけられているのです」(ガラテヤ 6:14)。
- すべてが崩れ去るとき、ツィケラグでのダビデを思い出してください。彼の部下たちは彼を石で打とうとし、すべてが失われたかに見えました。それでも「ダビデは彼の神、主にあって奮い立った」のです(サムエル記第一 30:6)。それがあなたにとっての力の源です。
3. 知識を加える:ただし霊的な知識であって、単なる知的な知識ではない
- ペテロが語る知識とは、宗教的な教養や聖書情報の蓄積のことではありません。それは「敬虔にかなう真理の知識」のことです(テトス 1:1)。
- 多くのクリスチャンは表面的な知識しか持たず、脆いままです。深く掘り下げてください。御言葉を深く学んでください。その根が、嵐の日にあなたを支えてくれます。
- この知識は啓示によって、聖霊によって与えられます(エペソ 3:3)。それは大学で学び取るものではなく、祈りと黙想の中で受け取るものです。
- パウロはガマリエルのもとで学び、豊かな宗教的教養を持っていました。しかし回心後、彼はこう書いています。「私はキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのために、これらすべてのものを損と思っています」(ピリピ 3:7-8)。
- 知的な知識は人を高ぶらせ、傲慢にします。これに対して霊的な知識は、子どものように、心を開いて神の前に小さくなって来る者たちに与えられます。
4. 自制を加える:言葉、思い、怒りに対して
- 自制は御霊の実の一部です(ガラテヤ 5:22-23)。それは成熟のしるしです。もはや自分の欲望に振り回されるのではなく、キリストの導きのもとで自分の人生を舵取りするのです。
- あなたの言葉。 「主よ 私の口に見張りを置き 私のくちびるの戸を守ってください」(詩篇 141:3)。口が批判しかできなくなると、賛美も色あせてしまいます。人を建て上げる言葉を神に求めてください。
- あなたの思い。 「すべての思いを捕らえてキリストに服従させます」(コリント人への手紙第二 10:5)。手をかけなければ、あなたの思いは野生の馬のように走り出してしまいます。ピリピ 4:8に従って、それらを制御してください。真実なこと、尊いこと、正しいこと、清いこと、愛すべきこと。
- あなたの怒り。 「怒っても、罪を犯してはなりません……悪魔に機会を与えてはいけません」(エペソ 4:26-27)。うまく処理されない怒りは、敵に直接の入り口を与えます。それが、カインをアベル殺害へと駆り立てたものなのです。
5. 忍耐を加える:苦しみの中でも手放さずに耐え忍ぶ
- ヤコブがこの話題を開いてくれます。「兄弟たちよ 主が来られるまで耐え忍びなさい」(ヤコブ 5:7)。忍耐はクリスチャン生活の全体を通してあなたに伴うべきものです。
- 農夫の姿を思い浮かべてください。彼は種をまいても、すぐに実りを見ることはありません。彼は雨を待ち、季節を待ち、芽が出る時を待ちます。あなたも、絶望の中ではなく、収穫への希望のうちに種をまいているのです。
- あなたがバカの谷、涙の谷を通るとき、見捨てられたように感じるでしょう。しかし神は「そこを泉のある所とされる」のです(詩篇 84:6-7)。そして歩みの中で、あなたの力は増していきます。
- 神の約束を内側に据えることで、あなたの心を強くしてください。自分の力をもう感じられなくなったとき、その約束があなたを立たせてくれます。
- ヨブを思い出してください。彼はすべてを失い、妻も友人たちも彼を責めましたが、彼の内にある何か(神への結びつき)は、その試練よりも強いものでした。神は彼を守り、その忍耐のゆえに彼を後に誉れある者としてくださいました。
6. 敬虔を加える:ジムでの鍛錬のように、日々の訓練として
- パウロはテモテにこう書いています。「自分を敬虔に鍛え上げなさい」(テモテへの手紙第一 4:7-8)。ここで訳されているギリシャ語は、フランス語の「ジム(gymnase)」の語源にもなっています。これは毎日鍛えるべきものです。
- 敬虔とは、神への熱心な結びつきです。それは一時的な感情ではなく、御前にとどまるという訓練です。祈り、黙想、聴くこと。
- アスリートがダンベルを持ち上げるように、あなたも神と共に時間を過ごすことで「霊的な筋肉」を鍛えます。そうしてあなたは強くなり、決断において知恵を持てるようになります。
- パウロはこう念を押しています。「からだの鍛錬にはいくらかの益がありますが、敬虔は今のいのちと後に来るいのちとが約束されていて、すべてのことに有益です」(テモテへの手紙第一 4:8)。
- 証しをする敬虔なクリスチャンは、誰かの永遠の行く末を変えることさえできます。常に永遠という視点から物事を見てください。
7. 兄弟愛を加える:そして敵にまで及ぶ愛
- 兄弟愛は、神の家族の内側へと向けられます。ペテロはこう書いています。「互いに心から熱く愛し合いなさい」(ペテロの手紙第一 1:22)。
- あなたは大きな家族の一員です。世界のどこへ行っても、兄弟姉妹に出会えます。それは、パリサイ人たちの形式的な宗教ではなく、真実で、まっすぐで、温かい愛です。
- 私たちは誰もが傷つけられ、誰かを傷つけてきました。あなたを傷つけた言葉に何年も引きずられないでください。心から愛せるように、神に癒やしを求めてください。
- 愛、この七段目の階段は、さらに先へと進みます。それは外側へ、あなたの敵にまで向けられます。「敵を愛し……あなたがたを迫害する者のために祈りなさい」(マタイ 5:44)。
- 敵を愛することは、人間の力ではできません。神の助けが、心の中の奇跡が必要です。ラーフェンスブリュック強制収容所から解放されたコーリー・テン・ブームは、かつての看守を愛することができませんでした。それでも彼女はただ手を差し伸べ、神が彼女の心に愛を注いでくださいました。そのようにして、私たちはキリストのように愛するのです。
覚えておきたいポイント
- 新しく生まれることは始まりであって、終わりではありません。あなたは成熟へと成長するように召されているのであり、一生霊的な赤ちゃんのままでいるためではありません。
- 神はあなたに代わって努力してくださるわけではありません。神はあなたを救い、支え、満たしてくださいます。しかし日々の従順は、あなたの分です。
- この七つの特質は積み重なっていきます。徳、知識、自制、忍耐、敬虔、兄弟愛、愛。選んで取るものではなく、すべてです。
- これらを豊かに育んでください。もしどれか一つを怠れば、御言葉は、あなたが「盲目」になり、かつての罪の清めを忘れてしまうと言っています。
- 約束は計り知れないほど大きなものです。忍耐する者たちには「私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの永遠の御国へ入る門が、豊かに開かれる」のです。
個人的な適用
- ペテロが挙げた七つの資質のうち、今のあなたにとって一番弱いものはどれですか。今週から取り組み始められることは何でしょうか。
- 神があなたに求めておられる具体的な「努力」は何ですか。御言葉を読むことでしょうか、口を制することでしょうか、祈りの訓練でしょうか。
- 教会の中で心から愛することを妨げている、兄弟姉妹からの古い傷はありませんか。それを神の前に置く準備はできていますか。
- 今日、あなたにとっての「敵」は誰ですか。愛することができずにいる相手です。ただ手を差し伸べ、神にあなたの心を満たしていただくことはできますか。
- あなたは信者の段階から弟子の段階へと進みましたか。もしこの階段のどこに自分がいるか考えるとしたら、今どこにいるでしょうか。
引用された聖句
- ペテロの手紙第二 1:3-11 · 信仰に加えられる七つの徳の階段
- ヨハネの手紙第一 4:17 · キリストがそうであられるように、私たちもこの世にある
- ヨハネ 16:33 · 勇気を出しなさい、わたしはすでに世に勝っている
- ガラテヤ 6:14 · 世は私に対して十字架につけられている
- サムエル記第一 30:6 · ダビデは主にあって奮い立った
- テトス 1:1 · 敬虔にかなう真理の知識
- エペソ 3:3 · 私に啓示された奥義
- ピリピ 3:7-8 · キリストのゆえにすべてを損と思う
- ガラテヤ 5:22-23 · 御霊の実
- 詩篇 141:3 · 私の口に見張りを置いてください
- コリント人への手紙第二 10:5 · すべての思いをキリストに従わせる
- ピリピ 4:8 · 真実なこと、尊いこと、正しいこと、清いこと、愛すべきこと
- エペソ 4:26-27 · 怒りによって悪魔に機会を与えない
- ヤコブ 5:7-11 · 農夫の忍耐、ヨブの忍耐
- 詩篇 84:6-7 · 泉のある所に変えられるバカの谷
- テモテへの手紙第一 4:7-8 · 自分を敬虔に鍛え上げなさい
- ペテロの手紙第一 1:22 · 心からの真実な兄弟愛
- マタイ 5:43-48 · あなたの敵を愛しなさい
よくある質問
なぜペテロはこれらの資質を受動的に「受け取る」のではなく「加える」と言うのですか。
それは、救いが恵みによって受け取られるものである一方で、成長にはあなたの協力が伴うからです。ペテロは5節で「あらゆる努力をして」という言葉を強調しています。神はすでに「いのちと敬虔とに関するすべてのもの」を与えてくださいましたが、あなたにはこれらの資質を育てることでそれに応えるよう求めておられます。これは自分の意志だけで一人で身につける徳ではなく、あなたが訓練を差し出し、神が恵みを差し出す共同作業なのです。信仰があなたを救い、徳が信仰を成長させます。この働きなしには、人は一生赤ちゃんのままでいて、備えられた祝福を逃してしまいます。
このメッセージによれば、信者と弟子の違いは何ですか。
信者であることは、すでに大きな意味を持っています。それは、自分の罪のために死んでよみがえられたイエス様に信仰を置いた人のことです。それなしには、人はまだ失われた状態にあります。しかし信者が信仰の初日にとどまり続けるなら、その人は脆いままです。弟子は実践する人です。訓練を重ね、御言葉を深く学び、自分の口と思いと怒りを制し、試練の中で忍耐し、日々自分の主に結びついていきます。弟子は根を張っています。終わりの日に信仰を捨ててしまう者たちの一人にはなりません。ペテロは私たちすべてに、信者から弟子へのこの移行を呼びかけているのです。
深く傷つけられた相手をどうすれば愛せますか。
その愛は、人間の力の範囲内にあるものではありません。自分に害を与えた人に対して愛情を「感じよう」と決心すればよいというものではないのです。あなたに求められているのは、愛したいという気持ちになるのを待たずに手を差し伸べることです。ラーフェンスブリュックのかつての看守の前に立ったコーリー・テン・ブームがそうしたように。彼女にはそれができませんでした。ただ従い、手を差し伸べただけです。すると、その瞬間、神が彼女の心に愛を注いでくださいました。具体的にこう祈ってください。「主よ、あなたが愛されるように愛せるよう、あなたの愛で私を満たしてください」。そして、具体的な最初の一歩を踏み出してください。あとは神がなしてくださいます。そして多くの場合、その動きの中で、癒やされるのはあなた自身の古い傷なのです。
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