聖書 — 口語訳 (1955)
エペソ人への手紙 3
概要
エペソ人への手紙3章で、パウロは獄中から、神がキリストにあって明かされた大きな奥義を語ります。異邦人も、ともに神の国をつぐ者、ともに一つのからだ、ともに約束にあずかる者とされたのです。パウロは自分を、何の功績もない僕として、キリストの富を宣べ伝える務めを託された者と述べます。やがて文章は祈りに変わります。信じる人々が御霊によって強められ、愛に根ざし、その愛の広さを理解できるように、と願います。そして章は、求めるところをはるかに越えてかなえることのできる神への賛美で結ばれます。
この章の4つの区分
1こういうわけで、あなたがた異邦人のためにキリスト・イエスの囚人となっているこのパウロ――
2わたしがあなたがたのために神から賜わった恵みの務について、あなたがたはたしかに聞いたであろう。
3すなわち、すでに簡単に書きおくったように、わたしは啓示によって奥義を知らされたのである。
4あなたがたはそれを読めば、キリストの奥義をわたしがどう理解しているかがわかる。
5この奥義は、いまは、御霊によって彼の聖なる使徒たちと預言者たちとに啓示されているが、前の時代には、人の子らに対して、そのように知らされてはいなかったのである。
6それは、異邦人が、福音によりキリスト・イエスにあって、わたしたちと共に神の国をつぐ者となり、共に一つのからだとなり、共に約束にあずかる者となることである。
7わたしは、神の力がわたしに働いて、自分に与えられた神の恵みの賜物により、福音の僕とされたのである。
8すなわち、聖徒たちのうちで最も小さい者であるわたしにこの恵みが与えられたが、それは、キリストの無尽蔵の富を異邦人に宣べ伝え、
9更にまた、万物の造り主である神の中に世々隠されていた奥義にあずかる務がどんなものであるかを、明らかに示すためである。
10それは今、天上にあるもろもろの支配や権威が、教会をとおして、神の多種多様な知恵を知るに至るためであって、
11わたしたちの主キリスト・イエスにあって実現された神の永遠の目的にそうものである。
12この主キリストにあって、わたしたちは、彼に対する信仰によって、確信をもって大胆に神に近づくことができるのである。
13だから、あなたがたのためにわたしが受けている患難を見て、落胆しないでいてもらいたい。わたしの患難は、あなたがたの光栄なのである。
14こういうわけで、わたしはひざをかがめて、
15天上にあり地上にあって「父」と呼ばれているあらゆるものの源なる父に祈る。
16どうか父が、その栄光の富にしたがい、御霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強くして下さるように、
17また、信仰によって、キリストがあなたがたの心のうちに住み、あなたがたが愛に根ざし愛を基として生活することにより、
18すべての聖徒と共に、その広さ、長さ、高さ、深さを理解することができ、
19また人知をはるかに越えたキリストの愛を知って、神に満ちているもののすべてをもって、あなたがたが満たされるように、と祈る。
20どうか、わたしたちのうちに働く力によって、わたしたちが求めまた思うところのいっさいを、はるかに越えてかなえて下さることができるかたに、
21教会により、また、キリスト・イエスによって、栄光が世々限りなくあるように、アァメン。
鍵となる聖句
それは、異邦人が、福音によりキリスト・イエスにあって、わたしたちと共に神の国をつぐ者となり、共に一つのからだとなり、共に約束にあずかる者となることである。
奥義が一文で語られています。約束から遠ざけられていた人々が、福音によって、ほかの人々と同じ立場でその中に入るのです。パウロは「ともに」という考えから成る三つの言葉を用います。ともにつぐ者、ともに一つのからだ、ともに約束にあずかる者です。
すなわち、聖徒たちのうちで最も小さい者であるわたしにこの恵みが与えられたが、それは、キリストの無尽蔵の富を異邦人に宣べ伝え、
パウロは「聖徒たちのうちで最も小さい者」と自分を呼びながら、キリストの無尽蔵の富を宣べ伝える務めを託されています。恵みは最も資格のある人を選ぶのではありません。召した人を整えてくださるのです。
この主キリストにあって、わたしたちは、彼に対する信仰によって、確信をもって大胆に神に近づくことができるのである。
キリストにあって、神に近づく道は、一部の人だけのものでも、功績に左右されるものでもなくなりました。パウロが獄中でそうしているように、苦難の中にあっても、信じる人は確信をもって神に近づくことができます。
また、信仰によって、キリストがあなたがたの心のうちに住み、あなたがたが愛に根ざし愛を基として生活することにより、 すべての聖徒と共に、その広さ、長さ、高さ、深さを理解することができ、 また人知をはるかに越えたキリストの愛を知って、神に満ちているもののすべてをもって、あなたがたが満たされるように、と祈る。
パウロは、キリストが信仰によって心に住み、愛に根ざした人々が、その愛の広さ、長さ、高さ、深さを理解できるようにと祈ります。同時に、その愛は人知をはるかに越えていると認めます。愛は、理解し尽くすことではなく、生きることによって知るものです。
どうか、わたしたちのうちに働く力によって、わたしたちが求めまた思うところのいっさいを、はるかに越えてかなえて下さることができるかたに、
パウロの祈りは賛美で終わります。神は、すでに私たちのうちに働いている力によって、私たちが求め、思うところをはるかに越えて働かれます。この節は、神を自分の期待に閉じ込めず、大胆に祈るよう招いています。
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説教が語っていること
エペソ人への手紙3章についてよくある質問
エペソ人への手紙3章でパウロが語る奥義とは何ですか
奥義とは、長く隠されていて、キリストにあって明かされた神の計画のことです。異邦人が、ユダヤ人と同じ立場で受け入れられます。福音によって、ともに神の国をつぐ者、ともに一つのからだ、ともに約束にあずかる者とされます(6節)。パウロが語っているのは、一部の人だけに許された秘密ではなく、すべての人に向けられた良い知らせです。
エペソ人への手紙3章18節の広さ、長さ、高さ、深さとは何を指しますか
パウロは、それぞれの次元が何を指すのかを説明していません。注解者たちもさまざまな読み方を提案してきました。全体の意味は明らかです。キリストの愛は限りなく大きいということです。次の節は、その愛が人知をはるかに越えていると加えています。分析するよりも、体験することで知る愛だということです。
エペソ人への手紙3章でパウロはなぜ獄中にいるのですか
パウロは異邦人への使命のために、自分を「キリスト・イエスの囚人」と述べます。使徒行伝には、異邦人への救いの宣教がエルサレムで群衆の怒りを招き、やがて拘束されたことが記されています。パウロにとって、この囚われは失敗ではなく、受けた召しに忠実であった結果なのです。
エペソ人への手紙 3を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。