キリストの測り知れない富 ― あなたの本当の遺産

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はじめに

私たちはここ数週間、エペソ人への手紙を学んできましたが、次のテーマに移る前に、最後にもう一つ大切な教えが残っています。今日、語り手があなたの目の前に置きたい大きなテーマは、たった一言に集約されます。「神様が何をなさったかを見なさい」ということです。時に神様は、あなたの人生の中で驚くほど力強く働かれ、あなたは言葉を失うほど驚かされます。そういう瞬間はしっかりと心に刻み、記録し、何らかの形で残しておくことが大切です。また別の時、主は静かに、ほとんど気づかれないように働かれます。あなたはご自分に何が起こっているのか、その時は分からないものです。けれども神様は真実な方ですから、後で振り返ったときに「ああ、あの時、神様は何かをなさっていたんだ。私は気づいてもいなかったけれど」と分かるような写真や会話、小さな痕跡を残してくださいます。

今日あなたが読み進めるのは、エペソ人への手紙3章8〜13節です。パウロはここで、自分の召しに忠実であったがゆえに、投獄という不当な扱いを受けて苦しんでいます。けれども彼は落胆するような人ではありません。教会が勇気を失わないようにと、彼はこの手紙を書いています。2000年前のエペソの教会だけでなく、あなたに向けても語っているのです。彼のメッセージには三つの層があり、そこから、彼が「計り知れない富」と呼ぶこのキリストこそが、あなたの本当の遺産であることが明らかになっていきます。

メッセージの構成

1. パウロは召しゆえに不当な苦しみを受けている

  • 語り手は、ムニル、ジャン=リュック、ジャン=ピエールが何週間もかけて説明してきたことを思い起こさせます。パウロは囚人です。これは比喩ではありません。エペソ人への手紙3章13節で「あなたがたのために私が受けている苦難のゆえに、勇気を失わないでほしい」と言うとき、彼は文字通り投獄され、実際に苦しんでいたのです。
  • 1世紀当時、私たちの拘置制度のように長期間囚人を留め置くことはありませんでした。ローマ人はもっと過酷な、別の方法で罰を与えていました。牢獄は主に、裁判前に被告人を留め置くために使われました。多くは地下にありました。語り手が引用するある歴史家によれば、こうした牢獄は心理的な圧力をかけ、自白を引き出すために設計されていました。地下深く、暗く、不潔な空間だったのです。
  • それがパウロの日常でした。それでも彼は、あらゆる瞬間を用いて自分の信仰を伝えました。彼は、自分がそこにいるのは神様のみこころによることを知っていました。語り手は言います。「神様のみこころによって、彼はこのような環境に置かれている」というのは不思議なことです。もし私たちにそんなことが起きたら、きっとこう言うでしょう。「主よ、あなたはどこにおられるのですか」と。
  • けれども私たちには、その理由を示す手がかりがあります。この間、パウロには、おそらく私たちの新約聖書の三分の一を書き上げるために必要なすべてがありました。敵が何を狙っていたか見てください。彼を捕らえ、遠ざけ、黙らせることです。ところが今日、あなたはまさに彼が獄中から書いた同じ言葉を読んでいます。神様は、この短い間、彼が苦しむことを望まれました。そして今、私たちは彼が成し遂げたことの祝福を受け取っているのです。
  • パウロ自身、苦しむという特権に驚いているようです。8節。「すべての聖徒のうちで最も小さな者である私に、この恵みが与えられました。それは、キリストの測り知れない富を異邦人に宣べ伝え」るためです。彼はかつて迫害者であり、冒とくする者でした。神様がこの時のために自分を選んでくださったことに、深い感謝で満たされているのです。
  • パウロがローマの兵士に鎖でつながれ、大勢の人でいっぱいの部屋で、私たちの新約聖書を書いている様子を想像してみてください。その時の聖霊の力を想像してみてください。もちろん、そこで人々は救われました。後にパウロは「カエサルの家の者たち」が福音を聞いたと語っています(ピリピ4:22)。
  • 彼が語っているのは、誰もが憧れるような地中海を望む豪華な別荘のことではありません。彼が語っているのは、ある一人の方のことです。「キリストの測り知れない富」。それこそが彼の遺産です。それこそが、今ここで私たちが受け取っているものなのです。

2. 新しい一つの人類:パウロの「罪」

  • 結局のところ、パウロの罪とは何だったのでしょうか。それは単純です。彼は神様の永遠のご計画、すなわち教会を明らかにしたのです。エペソ人への手紙3章6節に戻ります。「異邦人が、福音によってキリスト・イエスにあって、私たちと共同の相続人となり、共に一つのからだとなり、共に約束にあずかる者となる」。
  • 神様は、それまで分断されていた人々から一つの新しい人類を造られました。ユダヤ人の出自を持つ者、異邦人の出自を持つ者。今、キリストにあって彼らは一つです。この教会は、神様の御手によって形づくられたものですが、多くの欠点があります。むしろ、かなり多いと言っていいでしょう。けれども神様がそれを造られたからこそ、それは宇宙に対する神様のご計画の中心にあるのです。教会を通して、神様は魂の救いのためのご計画を宣べ伝えておられます。教会自身の至らなさにもかかわらず、です。
  • 語り手は、最後に向けてある一節をそっと示します。ヨハネの黙示録7章9〜10節は、天における一つの光景をこう描いています。「その後、私が見ると、見よ、あらゆる国民、部族、民族、言語の中から、だれも数えきれないほどの大群衆が、白い衣を着て、手になつめやしの枝を持ち、御座と小羊の前に立っていた。彼らは大声で叫んで言った。『救いは、御座に着いておられる私たちの神と小羊にある』」。私たちが向かっているのはそこです。ワールドカップよりも力強いものです。なぜなら、そこにはすでに勝利した勝者がいるからです。イエス様です。そして私たちは皆、あらゆる国、あらゆる言語、あらゆる人間的な分断を超えて、その方の前に立っています。分断は取り除かれます。私たちは皆、同じ救い主によって救われているからです。
  • ではその中に、いったいどんな罪があるというのでしょうか。パウロを引き渡した宗教指導者たちにとっては、確かに罪がありました。彼らは、救われる唯一の道はユダヤ人になること、割礼を受けること、モーセの律法に従うことだと教えていたのです。一方パウロは、イエス様ご自身が説かれたことを説明しています。ただキリストのもとに来て、彼に信仰を置けばよいのだと。これは革命的なことでした。彼らはそれに耐えられなかったのです。
  • なぜローマがこのことを気にかけたのでしょうか。パウロがローマ市民だったからです。もしローマ市民が、カエサル以外にも主がいる、世界の中心はローマではなく、この世で働くために新しい人類を造られる神様なのだと言いながら歩き回るなら、それは重大な反逆罪です。だからこそ彼は今、この場所にいるのです。

3. 教会:御使いたちへの教材、神様の多様な知恵

  • ここに二つ目の層があります。それはあなたの想像をはるかに超えるものです。エペソ人への手紙3章9〜10節。「万物を創造された神のうちに、代々にわたって隠されていた奥義がどのように成し遂げられるかを明らかにするためです。それは、今、教会を通して、天上にいる支配や権威に、神の多様な知恵が知らされるためです」。
  • パウロが宣べ伝えていること、そのためにローマで首をはねられることになったこと、それは、教会が(帝国ではなく)中心にある、しかもこの世界だけでなく天上においても中心にあるということです。神様は教会を用いて御使いたちに教えておられます。それが正確に何を意味するのか、語り手は正直にこう認めます。「私には全く分かりません。誰も本当のところは分かっていません。けれども、パウロがまさにそう語っているのです」。
  • これは、あなたが知っておくべき大切なことです。私たちはしばしば、まず教会の欠点に目が行きます。あまりにも明らかだからです。十字軍のような恐ろしい出来事を引き起こしたのも、他でもない教会でした。それでも神様は、多くの男女の心を変え、病院を生み出し、社会に命の種をまいてこられました。なぜなら教会は、その至らなさにもかかわらず、パウロの現れではなく、神様の多様な知恵の現れだからです。だからこそこれほど複雑で、難しいのです。これは、あなたの理解をはるかに超える教材です。第一にあなたのためのものではなく、御使いたちのためのものです。けれどもあなたも、その一部です。あなたがキリストのものであるからこそ、この地上でのあなたの人生が、永遠にわたってどれほどの影響を持つか、見つめてみてください。
  • これは分かりにくい一節に過ぎないと言う人もいるかもしれません。しかし使徒ペテロも同じことを語っています。ペテロの手紙第一1章10〜12節。「この救いについては、あなたがたに対する恵みについて預言した預言者たちが、探求に探求を重ねました……彼らが仕えていたのは、自分たち自身のためではなく、あなたがたのためであったことが、彼らに啓示されました。それは今、聖霊によって天から遣わされ、あなたがたに福音を宣べ伝えた人々を通して、あなたがたに告げ知らされたことです。御使いたちも、これらのことをひと目見たいと願っているのです」。
  • 時に、休暇の季節に、あなたは空いている席を見て「小さいな」と思うかもしれません。その声に耳を貸してはいけません。もしあなたがキリストにあるなら、あなたは想像もできないほど大きな何かの一部なのです。ここで今見ているものは、ほんの始まりに過ぎません。それは、どんな建物にも収まりきらないほど大きく成長していくのです。

4. 信頼をもって神様に近づく自由

  • 三つ目、そして最後の層です。パウロは、この自由の代価として、自分の自由を差し出しました。エペソ人への手紙3章11〜12節。「これは、私たちの主キリスト・イエスにあって実現された、神の永遠のご計画によるものです。私たちは、キリストにある信仰によって、確信を持って大胆に神に近づく自由を得ています」。
  • かつての敵同士から新しい人類を造り出し、それを用いて地上と天上でご自分の多様な知恵を示される、この神様の圧倒的な力を思い浮かべてください。この神様は、遠い存在ではありません。連絡を取るのが難しい方でもありません。聖霊によって、あなたの心のすぐそばにおられます。神様は、あなたが近づくことを望んでおられます。あなたに疲れることはありません。
  • 語り手は携帯電話のたとえを挙げます。私たちは皆、画面に表示される着信を見て、あえて出ないでおくことがあります。神様はあなたに対してそのようではありません。あなたの名前を見て、応えてくださいます。神様はあなたが近づくことを望んでおられます。
  • その証拠は何でしょうか。父なる神様はご自分の御子を送り、御子はあなたの人間性をまとい、あなたが生きられなかった人生を代わりに生きてくださいました。イエス様は完全な人生を送られました。思いにおいても、言葉においても、行いにおいても、また為すべきことを怠るという意味においても、一度も罪を犯されませんでした。それなのになぜ十字架につけられたのでしょうか。あなたの過ち、あなたの罪のゆえに、あなたは神様の裁きに値する者となっていたからです。イエス様は、あなたのためにその裁きをご自身の身に引き受けられました。それは常に神様のご計画でした。そして彼は死んだままではありませんでした。あなたに命を与え、あなたがご自身のうちに生きられるようにするために、よみがえられたのです。
  • だからこそ、あなたが呼びかけるとき、神様はこの上なく喜ばれるのです。あなたを贖うためにこれほどのことをなさった方が、あなたと語り合いたいと望まれないはずがあるでしょうか。もちろん、あなたの声を聞きたいと願っておられます。大統領との面会を取り付けてみてください。サッカー日本代表の監督との面会を取り付けてみてください。あなたの銀行員との面会を取り付けてみてください。私たちの神様はそのような方ではありません。あなたが呼びかけるたびに、神様は聞いてくださいます。
  • このメッセージは、すべての人の好みに合うわけではありません。神の民がこれほど自由で、これほど確信に満ちているということが。だからこそパウロは投獄されているのです。そして今日でもなお、反対する人々は会話の中でこう言うかもしれません。「あなたが信じるのはいいけれど、人に偽りの希望を与えないでほしい」。彼らの視点から見れば、それは理にかなっています。存在しないものに人生を賭けてほしくないのです。あなたはキリストを知っている者として、彼が確かに存在することを深く知っています。それは偽りの希望でしょうか。いいえ、あなたは日々それを生きているからです。それを言葉でその人に伝えるのは、難しいこともあるでしょう。ならば、あなたの人生をもって、その希望を示してください。その人は、あなたが本当は何を信じているのかを見るでしょう。その結果を見るでしょう。そして神様が助けてくださいます。

5. 勇気を失うな:ビル・アケイムと神の国

  • パウロがこのすべてを書いたのは、エペソの人々が落胆しないためでした。13節。「ですから、あなたがたのために私が受けている苦難のゆえに、どうか勇気を失わないでください。それはあなたがたの誉れなのです」。この苦しみは現実のものです。けれどもそれには理由があります。世界で苦しんでいるクリスチャンたちの胸が痛むような話を聞くとき、あなたは自分自身の戦いの中で落胆してしまうことがあるかもしれません。パウロがこう書いたのは、まさにそれに対抗するためです。だからこそ彼は、新しい人類のこと、すべてを超えた多様な知恵のことを語ったのです。なぜなら、あなたはこの物語の中で敗者の側にいるのではないからです。イエス様はすでに勝利されました。あなたは勝者の側にいるのです。このことを決して忘れないでください。
  • 語り手は、最近見つけた小さな発見を分かち合います。ビル・アケイムという地下鉄の駅をご存じでしょうか。彼は2002年からパリ近郊に住んでいて、その歴史を知らないまま何度もこの駅を通り過ぎてきました。それはエッフェル塔にちなんだ名前ではありません。それは、第二次世界大戦中のリビアのある場所を指しています。「砂漠の狐」と呼ばれたロンメルが、イギリス軍を包囲してアフリカから追い出そうとしていました。残っていたのは、リビアの真ん中にある小さなオアシスと、そこでロンメルに対して16日間持ちこたえた小さなフランス軍部隊でした。イギリス軍はどうにか脱出に成功し、最終的にはフランス軍もまた脱出しました。もう守るべきものが残っていなかったからです。けれども、任務は果たされたのです。
  • 「私たちは、あのビル・アケイムのようなものです」と語り手は言います。自分の目で見る限り、勝ち目などまったくありません。けれども、それは本当の物語ではありません。あなたのうちにおられる神様が、すべてを、文字通りすべてを変えてくださるからです。そして、それはただ逃げ延びて命を救うということではありません。イエス様は何とおっしゃいましたか。「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです」(マタイ5:3)。神の国は、あなたのものです。アーメン。
  • 教会において成し遂げられるこの計画の栄光は、偽りの希望ではありません。それは未来そのものです。それこそが、今日パウロがあなたに伝えたい心の中心です。あなたには、天を貫いてイエス・キリストにある希望があります。あなたは神様の御業の一部です。それは力強いものです。御使いたちさえも、ひと目見たいと願うほどの、多様な知恵によって織りなされています。そしてもしそれだけでは足りないとしても、神様は危機の瞬間にこそ、父親を呼ぶように優しく、ご自分に近づくようあなたを招いておられます。父なる神様。それが私たちの神様です。

心に留めたいポイント

  • パウロは地下牢から手紙を書いていながら、「測り知れない富」を宣べ伝えています。それは場所でも別荘でもなく、一人の方、すなわちキリストです。
  • ローマにとっても宗教指導者たちにとっても、パウロの罪は、神様の永遠のご計画を明らかにしたことでした。それは、モーセの律法を通ることなく、イエス・キリストにあって一つのからだ、一つの遺産となる新しい人類です。
  • 教会は、その至らなさにもかかわらず、神様のご計画の中心にあります。教会は神様の多様な知恵の現れであり、その教材はあまりにも大きく、御使いたちにさえ示されています。彼らはそれをひと目見たいと願っています(ペテロの手紙第一1:12)。
  • キリストにあって、あなたには確信をもって神様に近づく自由があります。神様は、連絡の取れない大統領でも、忙しい銀行員でもありません。あなたが呼びかけるたびに、神様は聞いてくださいます。
  • あなた自身の、また世界のクリスチャンたちの苦難のゆえに、勇気を失わないでください。あなたは勝者の側にいます。ビル・アケイムのように、私たちの目には勝ち目がないように見えても、神様の任務はすでにイエス・キリストにあって成し遂げられているのです。

実践への適用

  1. 今あなたが通り抜けている「牢獄」は何でしょうか(健康、仕事、人間関係、不当な扱いなど)。パウロのように、そこを落胆の場所ではなく、神様が働かれる場所として見ることができるでしょうか。
  2. 最近、神様があなたの人生に「静かに」、ほとんど気づかれないように働かれた瞬間はありましたか。今週、それを書き留めたり、写真に残したり、何らかの形で心に刻む時間を取ってみましょう。
  3. あなたは、自分の教会をまず欠点から見ていますか。それとも、御使いたちの目にも映るほど、そこで神様が成し遂げておられることから見ていますか。その視点の違いは、来週の日曜日、あなたの関わり方をどう変えるでしょうか。
  4. あなたが最後に、何の目的もなく、ただ父なる神様に近づくためだけに、心からの会話をしたのはいつでしょうか。今日、それだけを目的に五分間、時間を取ってみましょう。
  5. あなたの周りの誰に対して、言葉以上に、あなたの人生をもって、あなたの希望が「偽りの希望」ではないことを示すことができるでしょうか。

引用された聖句

あわせて読みたい

よくある質問

「キリストの測り知れない富」(エペソ人への手紙3章8節)とはどういう意味ですか。

語り手は強調します。パウロが語っているのは、場所のことでも、地中海を望む豪華な別荘のことでも、ローマで誰もが手に入れたいと夢見るような何かのことでもありません。彼が語っているのは、一人の方のことです。その富とは、キリストご自身のことです。神様の恵み、神様の臨在、あなたのために捧げられた命、そしてあなたの心の中に住まわれる御霊のことです。囚人であったパウロが、異邦人に喜んで宣べ伝えたのは、この遺産です。決して尽きることのない宝です。なぜなら、それは生きているからです。

教会を通して知らされる「神の多様な知恵」(エペソ人への手紙3章10節)とはどういう意味ですか。

パウロは、教会を通して、天上の支配や権威が今、神様の多様な知恵を知るのだと書いています。語り手は正直に認めます。「それが何を意味するのか、私には全く分かりません。誰も本当のところは分かっていません」。ペテロの手紙第一1章12節は、「御使いたちも、これらのことをひと目見たいと願っている」と確認しています。つまり教会は、単なる地域の共同体をはるかに超えた存在なのです。それは、神様がどのような方であるかを、霊的な世界全体に示す生きた教材です。ここで今見ているものは、ほんの始まりに過ぎません。

苦しみの中でどうすれば勇気を失わずにいられますか(エペソ人への手紙3章13節)。

パウロはまさにこのために書いています。その答えは、これまでの節の中にあります。自分が何者であるかを思い出してください(キリストにある新しい人類です)。自分が何に属しているかを思い出してください(御使いたちがひと目見たいと願う御業です)。あなたの神様がどのような方かを思い出してください(あなたが呼びかけるたびに答えてくださる父です)。あなたは敗者の側にいるのではありません。ビル・アケイムでイギリス軍を脱出させるために16日間持ちこたえたフランス軍のように、自分の目で見る限り勝ち目がないように思えても、勝利はすでにイエス・キリストにあって与えられています。あなたは持ちこたえることができます。

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