聖書 — 口語訳 (1955)
コリント人への第二の手紙 10
概要
コリント人への第二の手紙10章で、パウロは、会えば弱々しく、手紙では手きびしいと批判する人々に答えます。キリスト者の戦いは肉によるものではなく、その武器は、神の力によって要塞をうち破り、理屈を、そしてすべての思いをとりこにしてキリストに従わせると語ります。コリントの人々が外見だけを見ていると責め、自分の権威は人を建てるために与えられたものだと弁護し、主が推薦する人だけが確かな人だと結びます。
この章の4つの区分
1さて、「あなたがたの間にいて面と向かってはおとなしいが、離れていると、気が強くなる」このパウロが、キリストの優しさ、寛大さをもって、あなたがたに勧める。
2わたしたちを肉に従って歩いているかのように思っている人々に対しては、わたしは勇敢に行動するつもりであるが、あなたがたの所では、どうか、そのような思いきったことをしないですむようでありたい。
3わたしたちは、肉にあって歩いてはいるが、肉に従って戦っているのではない。
4わたしたちの戦いの武器は、肉のものではなく、神のためには要塞をも破壊するほどの力あるものである。わたしたちはさまざまな議論を破り、
5神の知恵に逆らって立てられたあらゆる障害物を打ちこわし、すべての思いをとりこにしてキリストに服従させ、
6そして、あなたがたが完全に服従した時、すべて不従順な者を処罰しようと、用意しているのである。
7あなたがたは、うわべの事だけを見ている。もしある人が、キリストに属する者だと自任しているなら、その人はもう一度よく反省すべきである。その人がキリストに属する者であるように、わたしたちもそうである。
8たとい、あなたがたを倒すためではなく高めるために主からわたしたちに賜わった権威について、わたしがやや誇りすぎたとしても、恥にはなるまい。
9ただ、わたしは、手紙であなたがたをおどしているのだと、思われたくはない。
10人は言う、「彼の手紙は重味があって力強いが、会って見ると外見は弱々しく、話はつまらない」。
11そういう人は心得ているがよい。わたしたちは、離れていて書きおくる手紙の言葉どおりに、一緒にいる時でも同じようにふるまうのである。
12わたしたちは、自己推薦をするような人々と自分を同列においたり比較したりはしない。彼らは仲間同志で互にはかり合ったり、互に比べ合ったりしているが、知恵のないしわざである。
13しかし、わたしたちは限度をこえて誇るようなことはしない。むしろ、神が割り当てて下さった地域の限度内で誇るにすぎない。わたしはその限度にしたがって、あなたがたの所まで行ったのである。
14わたしたちは、あなたがたの所まで行けない者であるかのように、むりに手を延ばしているのではない。事実、わたしたちが最初にキリストの福音を携えて、あなたがたの所までも行ったのである。
15わたしたちは限度をこえて、他人の働きを誇るようなことはしない。ただ、あなたがたの信仰が成長するにつれて、わたしたちの働きの範囲があなたがたの中でますます大きくなることを望んでいる。
16こうして、わたしたちはほかの人の地域ですでになされていることを誇ることはせずに、あなたがたを越えたさきざきにまで、福音を宣べ伝えたい。
17誇る者は主を誇るべきである。
18自分で自分を推薦する人ではなく、主に推薦される人こそ、確かな人なのである。
鍵となる聖句
わたしたちは、肉にあって歩いてはいるが、肉に従って戦っているのではない。 わたしたちの戦いの武器は、肉のものではなく、神のためには要塞をも破壊するほどの力あるものである。わたしたちはさまざまな議論を破り、
パウロは、だれもがそうであるように肉にあって歩んでいますが、肉の手段では戦いません。その武器は神の力をもち、要塞をうち破るためのものです。
神の知恵に逆らって立てられたあらゆる障害物を打ちこわし、すべての思いをとりこにしてキリストに服従させ、
パウロが語る要塞とは、まず理屈と思いのことです。すべての思いをとりこにしてキリストに従わせることは、心の中から始まる戦いです。
たとい、あなたがたを倒すためではなく高めるために主からわたしたちに賜わった権威について、わたしがやや誇りすぎたとしても、恥にはなるまい。
パウロが主張する権威には明確な目的があります。人を建てるためであって、倒すためではありません。霊的な権威は、何を建て上げるかで測られます。
人は言う、「彼の手紙は重味があって力強いが、会って見ると外見は弱々しく、話はつまらない」。
パウロは、手紙では力強いが会えば弱々しいと言う批判者の言葉を引用します。雄弁で弁明するのではなく、自分の行いの一貫性を示すことで応じています。
誇る者は主を誇るべきである。 自分で自分を推薦する人ではなく、主に推薦される人こそ、確かな人なのである。
自分を推薦しても何の証明にもなりません。大切なのは、主から受ける誇りだけです。それは、高ぶりからも劣等感からも守ってくれます。
説教が語っていること
コリント人への第二の手紙10章についてよくある質問
コリント人への第二の手紙10章4節の、私たちの戦いの武器とはどういう意味ですか
パウロは、クリスチャンは肉の手段ではなく、神の力によって要塞をうち破る武器で戦うと語ります。文脈では、その要塞とは、人間の敵というより、神を知ることに逆らう理屈や態度のことです。
すべての思いをとりこにしてキリストに従わせるとはどういう意味ですか
パウロは内面での働きを描いています。自分が何を考えているかを吟味し、自分の理屈に導かれるのではなく、それをキリストに従わせるのです。それは、みことばと祈りによって行われます。この節は、悪い思いがなくなることを約束するのではなく、それに従わないよう促しています。
コリント人への第二の手紙10章17節の、主を誇るとはどういう意味ですか
パウロは旧約聖書の考えを取り上げます。唯一正当な誇りは、神がなさったことに根ざすものです。自分を人と比べたり、自分で自分を推薦したりすることを退けます。主が推薦する人こそ、確かな人だからです。
コリント人への第二の手紙10章の中心メッセージは何ですか
キリスト者の戦いは霊的なもので、思いの中から始まります。権威は主から受けるもので、人を建てるためにあります。パウロは、外見で判断すること、他人の働きを誇ることを退け、すべての栄光を主に帰します。
コリント人への第二の手紙 10を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。