聖書 — 口語訳 (1955)

詩篇 3

概要

詩篇3篇は、息子アブサロムの反逆から逃れるときに、ダビデが詠んだ詩です。ダビデは多くの敵に囲まれ、神にはもう彼を救う力がないと言われているのを聞きます。それでも彼は、主こそ自分の盾、栄光、そして頭を高くあげてくださる方だと告白します。彼が声をあげて主を呼ぶと、主は聖なる山から答えてくださいます。だから彼は、身を横たえて眠り、また目をさますことができ、幾万の民にも恐れません。詩は、救いは主にあるという信仰の言葉で結ばれます。

詩篇3篇は、詩篇の中で最初に表題がつけられた詩です。表題は、これをダビデの詩とし、息子アブサロムから逃れたときのものと記しています。この反乱の記録はサムエル記下15章から18章にあります。アブサロムは民の心の一部をつかみ、自分を王として宣言させました。ダビデは、実の息子と助言者アヒトペルに裏切られ、頭をおおって泣きながらエルサレムを離れます。この詩は嘆きが信頼へと変わる詩で、ダビデは恐れを語ったのち、神に寄り頼みます。三度出てくるセラは、おそらく音楽に関する指示を表すヘブライ語です。眠りと目覚めが歌われるため、朝に、あるいは夜に詩篇4篇とともに祈る信仰者が多くいます。家族の対立の中や、四方から囲まれていると感じるときにも読み返されます。

この章の4つの区分

  1. 1-2節多くの敵と、落胆させる言葉
  2. 3-4節主はわが盾、わが頭を高くあげる方
  3. 5-6節恐れずに身を横たえ、眠り、目をさます
  4. 7-8節立ち上がって救ってください:救いは主にある

1主よ、わたしに敵する者のいかに多いことでしょう。わたしに逆らって立つ者が多く、

2「彼には神の助けがない」と、わたしについて言う者が多いのです。

3しかし主よ、あなたはわたしを囲む盾、わが栄え、わたしの頭を、もたげてくださるかたです。

4わたしが声をあげて主を呼ばわると、主は聖なる山からわたしに答えられる。

5わたしはふして眠り、また目をさます。主がわたしをささえられるからだ。

6わたしを囲んで立ち構える ちよろずの民をもわたしは恐れない。

7主よ、お立ちください。わが神よ、わたしをお救いください。あなたはわたしのすべての敵のほおを打ち、悪しき者の歯を折られるのです。

8救は主のものです。どうかあなたの祝福が あなたの民の上にありますように。

詩篇3篇を節ごとに読む

1-2節敵と落胆させる言葉に囲まれて

ダビデは勝利の歌から始めません。ありのままを言います。「主よ、わたしに敵する者のいかに多いことでしょう」。原文では多いという言葉が三度出てきます。敵は多く、立ち向かう者も多く、語る者も多いのです。最もつらいのは数ではなく、彼らが繰り返す言葉、「彼には神の助けがない」でした。逃れる途中、シメイという男が、主がダビデを罰しているのだと言って彼を呪いました(サムエル記下16章)。この声は今もあります。もう遅い、失敗しすぎた、神にももうできることはない、とささやく声です。他人から、また夜中の自分の頭の中から聞こえてきます。詩はそれを神の前で名指しすることを許しています。聖書の信仰は恐れを否定せず、答えてくださる方に恐れを語ります。

3-4節盾となり、うなだれた頭をもたげてくださる神

すべては「しかし主よ、あなたは」の一言で変わります。ダビデは群衆から目をそらして神を見つめ、三つの名で呼びます。「わたしを囲む盾」は、打ってくる手と自分の間に立ってくださる方です。「わが栄え」は、王座も都も名誉も失ったダビデの、なお変わらない誉れです。「わたしの頭を、もたげてくださるかた」。ダビデはオリブ山の坂を、頭をおおい、泣きながら登りました(サムエル記下15章30節)。神は、恥や疲れでうなだれた頭を上げてくださいます。続いて経験が語られます。「わたしが声をあげて主を呼ばわると、主は聖なる山からわたしに答えられる」。ダビデは神の箱を町に戻して将来を神にゆだね、自分は町を去りました。それでも神は聞いてくださいます。状況を変えられないときも叫ぶことはでき、その叫びは聞かれます。

5-6節危険の中で眠り、目をさます

「わたしはふして眠り、また目をさます。主がわたしをささえられるからだ」。逃亡中のダビデにとって、夜は危険でした。サムエル記下17章で、アヒトペルは、ダビデが疲れて弱っている今夜のうちに追うよう進言しますが、神がその計略を破られました。そのような中で眠るのは信仰の行いであり、生きて目をさますこと自体が恵みです。そのため、この詩は朝の祈りともいわれます。ダビデは危険が小さいとは言わず、四方から囲む幾万の民を語ります。それでも恐れないのは、安全が兵の数にかかっていないからです。眠るのが怖いとき、目覚めてすぐ不安に襲われるとき、これらの節は試練のない夜を約束しません。眠っている間もささえてくださる方が、目を開けたときもそこにおられると思い出させてくれます。

7-8節裁きを神にゆだね、民を祝福する

「主よ、お立ちください。わが神よ、わたしをお救いください」。ダビデは、契約の箱が進み出るときモーセが唱えた、イスラエルの古い叫びを用いています(民数記10章35節)。続くたとえは厳しいものです。頬を打つのは辱めの行為で、野獣の歯を折れば、かみつけなくなります。ダビデは敵を無力にしてくださるよう神に願いますが、自分で復讐はしません。物語でも、彼はアブサロムを寛大に扱うよう命じ、その死を嘆きました。詩は2節に答えて結ばれます。神に救いはないと言われましたが、ダビデは「救は主のものです」と告白します。ヘブライ語で救いを表すこの語は、イエスの名と同じ語源に属します。そして逃亡の王は、呪う代わりに祈ります。「あなたの祝福があなたの民の上にありますように」。

詩篇3篇の祈り方

この詩篇を祈るとき

  • 夜、明日起こることが怖くて、眠りにつくのが不安なとき。
  • 朝、目がさめて最初に浮かぶ考えが不安であるとき。
  • 家族の争いに心が砕かれるとき。特に、傷が子どもや近しい人から来たとき。
  • 職場でも、家庭でも、SNSでも、みんなが自分に敵対しているように感じるとき。
  • 神にはもう何もできないと、人から言われたり、自分に言い聞かせたりしてしまうとき。
  • 病院や旅先、仮住まいなど、家から離れて眠らなければならないとき。

詩篇3篇に基づく祈り

主よ、今夜、私の心配事は多く、すべてが私に立ち向かってくるように感じます。もうあなたにもできることはない、と言う声を、あなたも聞いておられます。ときにはそれが自分の声です。正直に言います。私は怖く、屈辱が重くのしかかっています。しかし主よ、あなたは私を囲む盾です。尊厳を失ったときの私の栄えであり、恥でうなだれた頭を上げてくださる方です。声をあげてあなたを呼びます。聞いてくださると信じます。この先どう終わるのかを知ることは求めません。ただ、私を守ってください。今夜はあなたにもたれて眠り、明日は、あなたがまだそこにおられると知って目をさましたいのです。わが神よ、お立ちください。私に迫る悪を止めてください。私は復讐せず、裁きをあなたにゆだねます。救いはあなたから来ます。その名が、主は救うという意味をもつ主イエスよ、愛する人々の上に、私を傷つける人々の上にさえ、あなたの祝福がありますように。アーメン。

鍵となる聖句

1-2節
主よ、わたしに敵する者のいかに多いことでしょう。わたしに逆らって立つ者が多く、 「彼には神の助けがない」と、わたしについて言う者が多いのです。

ダビデは屈辱的な状況にいます。息子から逃れながら、神にはもう救いがないと言われるのを聞きます。この詩は、信頼を語る前に、恐れについての真実を語っています。

3節
しかし主よ、あなたはわたしを囲む盾、わが栄え、わたしの頭を、もたげてくださるかたです。

神に与えられた三つの呼び名があります。守る盾、ダビデの栄光、そして頭を高くあげてくださる方、つまり、打ちひしがれたときに尊厳を取り戻してくださる方です。

5-6節
わたしはふして眠り、また目をさます。主がわたしをささえられるからだ。 わたしを囲んで立ち構える ちよろずの民をもわたしは恐れない。

ダビデが眠り、また目をさますのは、主が彼を支えてくださるからです。彼の平安は穏やかな状況から来るのではなく、神の真実から来ています。

8節
救は主のものです。どうかあなたの祝福が あなたの民の上にありますように。

最後の言葉は告白です。救いは主のものです。ダビデは逃れている最中にあっても、民の上に祝福を祈って結びます。

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説教が語っていること

詩篇3篇についてよくある質問

詩篇3篇はどういう意味ですか

息子アブサロムから逃れるときのダビデの祈りです。敵に囲まれながら、神こそ自分の盾、栄光、そして頭を高くあげてくださる方だと告白します。神が支えてくださるので、平安のうちに眠ることができます。屈辱的な状況の中でも、神の真実に寄りかかることができると教えています。

詩篇3篇はだれが、どのような状況で書いたのですか

詩の表題は、これをダビデの作とし、息子アブサロムから逃れたときのものとしています。アブサロムは王位を奪うために反逆を企て、ダビデはエルサレムを離れざるを得ませんでした。その記録はサムエル記第二にあります。詩篇4篇も同じ時期のものと考えられます。

落ち込んでいるとき、詩篇3篇をどのように祈ればよいですか

朝か夜に声に出して読みます。1節と2節のダビデのように、重荷になっていることを神に話します。次に3節の三つの呼び名、盾、栄光、わが頭を高くあげる方を、自分の状況に当てはめてくり返します。最後に8節で、大切な人々を神にゆだねて祈り終えましょう。

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