聖書 — 口語訳 (1955)

詩篇 96

概要

詩篇96篇は、全地に向けた賛美の呼びかけです。三つの「うたえ」で始まります。新しい歌、ほめられるべきみ名、日ごとに宣べ伝えられる救いです。その理由も示されます。主は大いなる神であり、もろもろの民の神々はむなしく、主だけが天を造られました。諸国の民には、主に栄光を帰するよう求めます。10節から13節は、主が王となられ、義とまことをもって世界をさばくために来られると宣言します。クリスチャンはここにキリストの到来の告知を見ています。

この章の4つの区分

  1. 1-3節諸国民に告げられる新しい歌
  2. 4-6節ほめる理由:主は大いなる方、偶像はむなしい
  3. 7-9節栄光を帰し、大庭に入り、ひれ伏す
  4. 10-13節主は王となり、地をさばくために来られる

1新しい歌を主にむかってうたえ。全地よ、主にむかってうたえ。

2主にむかって歌い、そのみ名をほめよ。日ごとにその救を宣べ伝えよ。

3もろもろの国の中にその栄光をあらわし、もろもろの民の中にそのくすしきみわざをあらわせ。

4主は大いなる神であって、いともほめたたうべきもの、もろもろの神にまさって恐るべき者である。

5もろもろの民のすべての神はむなしい。しかし主はもろもろの天を造られた。

6誉と、威厳とはそのみ前にあり、力と、うるわしさとはその聖所にある。

7もろもろの民のやからよ、主に帰せよ、栄光と力とを主に帰せよ。

8そのみ名にふさわしい栄光を主に帰せよ。供え物を携えてその大庭にきたれ。

9聖なる装いをして主を拝め、全地よ、そのみ前におののけ。

10もろもろの国民の中に言え、「主は王となられた。世界は堅く立って、動かされることはない。主は公平をもってもろもろの民をさばかれる」と。

11天は喜び、地は楽しみ、海とその中に満ちるものとは鳴りどよめき、

12田畑とその中のすべての物は大いに喜べ。そのとき、林のもろもろの木も 主のみ前に喜び歌うであろう。

13主は来られる、地をさばくために来られる。主は義をもって世界をさばき、まことをもってもろもろの民をさばかれる。

鍵となる聖句

1節
新しい歌を主にむかってうたえ。全地よ、主にむかってうたえ。

「新しい歌」は、神を新たに経験することから生まれる、生きた賛美を表します。この呼びかけはイスラエルだけでなく、全地に向けられています。

3節
もろもろの国の中にその栄光をあらわし、もろもろの民の中にそのくすしきみわざをあらわせ。

神の栄光は、諸国民の中で語られるためにあります。賛美と宣教は一つです。人は、知らせたいことを歌うのです。

5節
もろもろの民のすべての神はむなしい。しかし主はもろもろの天を造られた。

もろもろの民の神々はむなしいものですが、主は天を造られました。この節は、人の手による作り物と、造り主である方とを対比しています。

13節
主は来られる、地をさばくために来られる。主は義をもって世界をさばき、まことをもってもろもろの民をさばかれる。

詩篇は、神が義とまことをもってさばくために来られることで結ばれます。クリスチャンにとってこれは望みです。世界は正しく整えられます。

説教が語っていること

詩篇96篇についてよくある質問

詩篇96篇はどういう意味ですか

詩篇96篇は、全地に、唯一の真の神である主の栄光を、偶像に対してうたうよう呼びかけます。主の驚くべきみわざを諸国民に語るよう招き、主が王であり、義をもって世界をさばくために来られると告げます。宣教的な賛美の詩篇です。

詩篇96篇は誰が書きましたか

この詩篇には、口語訳でも表題がありません。歴代誌上16章23節から33節に、契約の箱がエルサレムに入る時にダビデが歌わせた歌として、ほぼ同じ言葉が見られます。そのためダビデの作とする人が多い一方、この歌を取り入れた無名の作者とする人もいます。

詩篇96篇でどのように祈ればよいですか

声に出して歌うか読み、その流れに沿って祈ります。1節から3節では、その日に受けた具体的な救いに感謝します。4節から9節では、神の偉大さを言い表してひれ伏します。最後に10節から13節で、世界を神の支配と正義にゆだねて結びましょう。

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