人生を改める:信仰を成長させる真理の力

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「あなたがたの生き方と行いを改めなさい」(エレミヤ書7章5節、口語訳「あなたがたの道と行いとを改めるならば」より)。あなたは神と共に前進したいと願っていても、どこから始めたらよいか分からないのではないでしょうか。今日のメッセージは、とても具体的な道を示してくれます。それは、御言葉の真理をあなたの人生に迎え入れ、その真理に日々、あなたを成長させてもらうことです。

神の御前に戻るための招き

礼拝はシンプルな呼びかけから始まります。一緒に神の御前に入っていきましょう。説教者は、イエス様が道であり、真理であり、命であることを思い起こさせてくれます(ヨハネ 14:6)。そして心の解放を宣言します。恐れ、悲しみ、うつは、イエスの名によって打ち砕かれます。

これは単なるスローガンではありません。一つの姿勢です。あなたは自分一人でいる限り、成長することはできません。あなたは出会いの中で成長するのです。賛美、祈り、御言葉に耳を傾けること、そのすべてが、あなたを主の御前に導き、主が語ろうとしていることを受け取れるよう心を整えるためにあります。

メッセージの構成

1. 真理はあなたを自由にするもの

今日のメッセージの中心となる箇所はヨハネ 8:32です。「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたに自由を得させるであろう。」説教者はこう強調します。あなたを自由にするのは、真理を知ることなのです。あなた自身について、神について、あなたの立場について、家族について、仕事について、嘘の中で生きている限り、あなたは行き詰まったままです。

説教者はサッカーチームの例えを用います。もしゴールキーパーをフォワードとして起用したら、彼はゴールを決められません。しかし小さい頃から「あなたの居場所はゴールの中だ」と言われ続けてきたなら、彼は自分の場所を見つけ、プレーの空は開けていきます。真理はあなたを、家庭でも、仕事でも、奉仕でも、本来あるべき正しい場所に立たせてくれるのです。

2. 御言葉はあなたを聖別する真理

イエス様はヨハネ 17:17でこう祈られました。「真理によって、彼らを聖別してください。あなたのみことばは真理です。」あなたが聖書を読むとき、あなたは真理を受け取り、その真理があなたを聖め、自由にします。説教者によれば、聖霊は真理の御霊です(ヨハネ 14:17)。あなたが聖霊と交わっているなら、あなたは真理を受け取ります。信仰があなたの内に入り、あなたは自分の力だけでは生み出せなかったものを生み出すようになるのです。

3. 主はあなたの境遇を変えたいと願っておられる

説教者はエレミヤ書 31章23〜26節を開きます。主がこの地を回復されるとき、こう言われます。「主があなたを祝福されるように、義の住まい、聖なる山よ」と。主は疲れた魂を潤し、力を失った者を満ち足らせ、境遇を変えてくださいます。預言者は自分の夢から目を覚まし、その眠りは彼にとって快いものでした。

メッセージの中で繰り返されるこの言葉、「すべてが変わる時のために備えていなさい」。あなたにはどうやってかは分からない、いつかも分からない。それでも、あなたは信仰によって歩み、主に「今日の私の現実は何ですか」と尋ね、備えて立つのです。

4. 「あなたがたの生き方を改めなさい」:エレミヤ書7章の招き

今日のメッセージの核心はエレミヤ書 7章1〜7節にあります。主はエレミヤを神殿の門に遣わし、とても率直なメッセージを語らせます。「あなたがたの生き方と行いを改め、正しいことを行いなさい」。「主の宮、主の宮」と繰り返すだけの、人を欺く言葉に頼ってはいけません。もしあなたがたが互いに公正に行い、寄留者、みなしご、やもめを虐げず、罪のない者の血を流さず、他の神々を拝まないなら、わたしはあなたがたをこの場所に、とこしえに住まわせよう。

問いはシンプルです。今日、あなたが改めるべきところはどこでしょうか。あなたの言葉でしょうか。他人への接し方でしょうか。赦しでしょうか。祈りでしょうか。忠実さでしょうか。説教者によれば、聖霊はあなたに愛のアドバイスをくださいます。何を整えるべきかを示し、そしてそれを行う力も与えてくださるのです。

5. 川を渡らせる信仰

説教者は力強い例えを語ります。「私にとって信仰とは、ワニがひしめく大きな川のようなものです。渡る手立ては何もありません。その間にある信仰が、あなたをある地点から別の地点へ、自分では歩けない場所、道がない場所へと運んでくれるのです。」信仰とは単なる思いではありません。それは行動です。あなたが病人に手を置くとき、それはあなた自身の力や知恵によるのではなく、イエスがあなたに与えてくださる信仰によるものであり、主が働いてくださるのです。

6. この真理を運ぶために遣わされて

続いて説教者はマルコ 16:15〜20を読みます。「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい。……信じる者には、次のようなしるしが伴います。すなわち、彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し……病人に手を置けば癒やされます。」あなたが信仰を行動に移すとき、あなたは信仰の中で成長します。一枚のトラクト、隣にいる人のための祈り、疲れた魂への心からの「元気にしてる?」というひとこと。

7. ゲツセマネ:イエスは最後の瞬間まで癒やされる

メッセージはゲツセマネの園の場面で締めくくられます(ヨハネ 18:1〜11、またルカ 22:50〜51も参照)。イエスを捕らえに来た一団に対し、イエスが「わたしがそれだ」と言われると、彼らはうしろに引き下がって地に倒れます。ペテロは怒りに任せて剣を抜き、大祭司のしもべマルコスの耳を切り落とします。イエスはその耳を拾い上げ、元通りにされます。ご自分が捕らえられる真っ只中で起きた奇跡です。主はペテロが壊したものを、最後まで修復してくださいます。主は最後まで愛し、最後まで癒やし、そして十字架に上って、私たちの罪を消してくださるのです。

心に留めたいポイント

  • 真理はあなたを正しい場所に立たせる。自分についての嘘を信じている限り、あなたは自分本来のポジションではない場所でプレーしています。聖霊にこう尋ねてみてください。「今日、私の人生における真理は何ですか」と。
  • 御言葉はあなたを聖める。あなたの成長は、聖書との日々の触れ合いを通して起こります。それは宗教的な義務ではなく、神があなたを変えてくださる方法そのものです。
  • 改めるべきところを改める。エレミヤ書7章は、そもそも神殿についての説教ではなく、具体的な正義への招きです。赦し、弱い者への配慮、主お一人への忠実さです。
  • 信仰とは行動である。信仰は、あなたが歩けない場所を渡らせてくれます。小さな従順は、長い議論よりも価値があります。
  • イエスは最後まで癒やされる。感情に任せて「耳を切り落として」しまったときでさえ、主はそれを拾い上げ、修復し、歩みを続けてくださいます。

自分への適用

  • あなたが自分自身について、神について、あるいは家族について、今もなお信じているは何でしょうか。御言葉はその代わりに何と語っているでしょうか。
  • 今週、神があなたに人生を改めるよう求めておられるのはどこでしょうか。取り除くべき言葉でしょうか。赦すべき相手でしょうか。取り戻すべき祈りでしょうか。
  • あなたの前に「川」はありませんか。今日あなたが踏み出せる、たとえ小さくても次の信仰の一歩とは何でしょうか。
  • 今週、誰に心から「元気にしてる?」と尋ねることができますか。そして誰のために祈ることができますか。
  • どこで、イエスに「切り落とされた耳」(傷ついた関係、後悔している言葉、性急な決断)を拾い上げ、元の場所に戻していただく必要がありますか。

引用された聖句

よくある質問

エレミヤ書7章が言う「生き方を改める」とは、具体的にどういう意味ですか。

預言者は宗教的な自己啓発について語っているのではありません。彼はこう詳しく語ります。公正を行うこと、寄留者、みなしご、やもめを虐げないこと、罪のない者の血を流さないこと、他の神々に従わないこと。生き方を改めるとは、神に、私たちの人間関係や具体的な優先順位を整えていただくことなのです。

なぜ真理は人を自由にするのですか。

私たちの多くの束縛は、神について、自分自身について、他人について抱く嘘から来ているからです。イエスは真理であり(ヨハネ 14:6)、御言葉は真理であり(ヨハネ 17:17)、御霊は真理の御霊です(ヨハネ 14:17)。この真理があなたの内に入るとき、それは偽りの言葉を解体し、あなたを本来の正しい場所に立たせてくれます。

自分の信仰が、単なるポジティブ思考ではなく「本物の」信仰だと、どうすれば分かりますか。

説教者は、マルコ 16:15〜20から取ったシンプルな基準を示します。信仰は行動に移されるということです。それは病人のために祈り、イエスについて語り、川を渡ります。働いているのはあなたの力ではなく、あなたの従順な一歩を通して働かれる主なのです。

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