答えられない祈り、5つの壁を越えるには

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はじめに

あなたは祈っているのに、何も起こらない。ひざまずき、手を挙げ、繰り返し願い続けても、天は静まったままです。なぜでしょうか。神様はあなたを忘れてしまったのでしょうか。神様は他の人のほうを好んでおられるのでしょうか。あなたの祈りが十分に熱心ではないからでしょうか。

「なぜ神は君の祈りに答えないのか」と題されたメッセージの中で、ステファン・ブルゴスは、カルメル山でのエリヤの祈り(列王記上18章36〜39節)を出発点にして、神様が祈りにおいて大切にしておられる5つの原則を明らかにしています。エリヤの祈りはただちに、力強く答えられました。天から火が下り、全焼のいけにえも、薪も、石も、土までも焼き尽くされ、溝の水さえも吸い尽くされたのです。なぜでしょうか。この祈りが、神様が求めておられる5つの条件を満たしていたからです。

神様は、あなたが泣いているから、あるいは苦しんでいるから答えてくださるのではありません。美しい言葉を並べたから、あるいは長時間ひざまずいたから答えてくださるのでもありません。神様はご自分の原則に従って答えてくださいます。もしあなたの生き方と祈りの生活がこの原則にかなうなら、神様はエリヤに答えられたように、あなたにも答えてくださいます。神様は人を分け隔てなさらないからです。

メッセージの構成

1. 契約に基づいた祈り

エリヤは祈りの冒頭でこう言っています。「アブラハム、イサク、イスラエルの神、主よ。」彼は先祖たちとの契約を思い起こしています。預言者エリヤとしてではなく、契約の相続者として神様の前に出ているのです。

あなたも、自分の義ではなく、この契約に基づいて祈る必要があります。自分の功績を土台にしてしまえば、決して答えを受けることはできません。神様の前で正しい者など、私たちの中には一人もいないからです。預言者イザヤはこう言っています。「私たちの正しい行いはすべて、汚れた着物のようです」(イザヤ64章5節、口語訳より)。

そして、あなたはエリヤよりもさらに優れた契約を持っています。エリヤにはアブラハム、イサク、ヤコブの契約がありましたが、あなたにはイエス様の血があります。祈るとき、まずイエス様の血を差し出すことから始めてください。御子を御父の前に差し出すのです。十字架を、犠牲を、空の墓を、復活を差し出してください。見知らぬ者として神様の前に出てはいけません。あなたは神の子であり、イエス様の血にあずかる者なのです。

だからこそ、あなたはイエス様の名によって祈るのです。それは魔法の呪文だからではなく、イエス様ご自身がこう言われたからです。「あなたがたが私の名によって何かを求めるなら、私がそれをしましょう」(ヨハネ14:14)。ペテロが神殿の前で足の不自由な人を癒したとき、彼はこう言いました。「ナザレのイエス・キリストの名によって、立って歩きなさい」(使徒3:6)。これこそ、イエス様を差し出し、その力に対する信仰を表す祈りです。

2. へりくだった祈り

エリヤは祈りの中で、契約の陰に自らを退けています。過去の奇跡、増え続けた粉と油、生き返った子どものことなどを持ち出しません。彼はしもべとして、子どもとして神様の前に出ており、高慢な者としてではありません。

なぜこのへりくだりがそれほど大切なのでしょうか。神様はあなたの功績に基づいてあなたに答えてくださるのではないからです。神様は、あなたの内に生きておられるイエス様に答えてくださるのです。イエス様があなたの内に生きておられるなら、あなたの祈りは答えられます。しかし、もしあなたの心が神様の前で高ぶっているなら、高慢な思いで祈っているなら、どうして答えを期待できるでしょうか。

御言葉ははっきりと語っています。「人の高ぶりはその人を低くし、心のへりくだった者は誉れを受ける」(箴言29:23)。パリサイ人と取税人のたとえを思い出してください(ルカ18章10〜14節)。パリサイ人は立ったまま祈り、自分の断食や十分の一献金を数え上げ、他人と自分を比較していました。取税人は遠くに立ち、天を見上げようともせず、胸を打ちながらこう言いました。「神様、罪人の私をあわれんでください。」義とされて家に帰ったのは、この取税人のほうでした。

ある人はとても上手な言葉遣いで美しい祈りをするかもしれませんが、神様はそれに答えられないこともあります。別の人はうまく言葉にできなくても、心がへりくだっているからこそ神様に答えていただけることがあります。エリヤの力は、彼の知恵や社会的な地位にあったのではありません。それは、彼の心の誠実さとへりくだりの中にあったのです。

3. 神様を知っている祈り

エリヤは、自分が呼び求めている神様がどのようなお方かを知っていました。彼はやみくもに祈っていたのではありません。「アブラハム、イサク、イスラエルの神」と呼びかけたとき、彼は自分が誰に語りかけているのかを分かっていました。列王記上17章から続く彼の歩みを読んでみてください。彼は日々神様と共に歩み、数々の困難な状況の中でその力を経験してきたのです。

祈りが答えられるためには、あなたも神様を知る必要があります。神様はあなたのことを知っておられます。そうです。しかし、あなたは本当に神様を知っているでしょうか。多くの人は神様の御手、祝福、力を求めますが、その御顔を知りません。神様は確かに力強いお方ですが、同時に聖なるお方でもあります。そして聖なるお方であるからこそ、聖別された歩みをしている人の祈りに答えてくださるのです。

多くの人は不信仰のうちに祈っています。目の見えない人のために祈りながら、神様が本当に視力を取り戻してくださると信じてはいません。中風の人のために祈りながら、本当に歩けるようになると信じてはいません。死んだ人のために祈りながら、本当によみがえると信じてはいません。そうした思いを心の奥に抱えたまま祈るとき、私たちは神様を小さく限定してしまい、限られた神様に向かって祈ることになってしまうのです。

ですから、自分に問いかけてみてください。あなたは神様を知っていますか。神様との親しい関係を持っていますか。神様はあなたの友であり、心を打ち明ける相手でしょうか。それとも、車庫に置いてあるスペアタイヤのように、パンクしたときだけ取りに行く存在でしょうか。詩篇はこう語っています。「主を自分の喜びとせよ。そうすれば、主はあなたの心の願いをかなえてくださる」(詩篇37:4)。何かを求める前に、まず神様と共に時間を過ごしてください。感謝の祈り、賛美の祈りをささげてください。

4. 動機が純粋な祈り

エリヤの動機は純粋でした。「主よ、あなたが神であり、あなたがこの民の心を再び引き戻されたことを、この民が知るようにしてください」(列王記上18:37)。彼は、神様が栄光を受け、民が悔い改めて神様を礼拝することを願っていたのです。

では、あなたの動機はどうでしょうか。「主よ、私に車を、家を、あの会社でのあの地位を与えてください。私がどれほど偉大で重要な人物か、みんなに見せつけるために。主よ、癒しや奇跡の賜物を私に与えてください。大きなことを成し遂げるために。」あなたが口で祈るとき、神様はあなたの心を読んでおられます。たとえ口では正しいことを言っていても、神様はあなたの心の中にある真実をご存じなのです。

多くの祈りが答えられないのは、心の奥底では、それが貪欲、ねたみ、競争心、個人的な野心から出た祈りだからです。ヤコブははっきりとこう言っています。「あなたがたは求めても得られません。それは、自分の欲望のために使おうとして、悪い求め方をするからです」(ヤコブ4:3)。

祈りとは、あなたの欲を満たすためのものではなく、あなたの人生に対する神様の願いを満たそうとするものです。神様があなたのために望んでおられることに応じた必要を求めてください。それがみこころにかなうものであれば、神様はそれを実現してくださいます。

5. 悔い改めに向かう祈り

エリヤは悔い改めという目標をもって祈りました。「この民が知るように……そしてあなたがこの民の心を再び引き戻されたことを」(列王記上18:37)。多くの人が答えを得られないのは、彼らが外的な祝福(物質的、身体的、経済的なもの)ばかりを求めていて、まず先に、内的で霊的な祝福、すなわち実を結び、神様の栄光に帰る祝福を求めるべきであることを忘れているからです。

あなたは神様に車をお願いすることができます。しかし、その前によく考えてみてください。その車が、神様を敬い、神様に栄光を帰すような何かをどのように変えるのでしょうか。もしそれがあなた自身の利益のためだけのものであるなら、なぜ神様がそれに答えてくださるでしょうか。

エリヤの物語の中で、神様は目に見える火を送られました。しかし、本当の奇跡は物理的なものではありませんでした。本当の奇跡とは、神様から離れていた民全体がひれ伏し、「主こそ神である」と叫んだことです。火そのものが祈りの目的だったのではありません。火は、神様が人々の心をご自分のもとへ引き戻すために用いられた手段だったのです。

ですから、病人のために祈るときは、その癒しがもたらす悔い改めのためにも祈ってください。解放のために祈るときは、その背後でイエス様と出会うことになる魂のためにも祈ってください。私たちはしばしば、目に見える華やかなものに引き寄せられがちです。しかし、本当の奇跡とは、心が神様のもとへ立ち返ることなのです。

覚えておきたいポイント

  • 神様には特別扱いする相手はいません。神様は人を分け隔てなさいません。あなたの生き方と祈りがみこころの原則にかなうなら、エリヤに答えられたように、あなたにも答えてくださいます。
  • 功績よりも契約を。自分の義に基づいて祈ることは決してしないでください。イエス様の血、それだけがあなたに御父への道を開く唯一の契約です。それに基づいて祈ってください。
  • へりくだりが天を開きます。神様はあなたの功績に答えられるのではなく、あなたの内に生きるイエス様に答えられます。へりくだる心は誉れを受けます。
  • 求める前に神様を知りましょう。神様をスペアタイヤのように扱わないでください。何かを求める前に、神様と時間を過ごし、賛美し、感謝してください。
  • 自分の動機を確認しましょう。神様はあなたの心を読んでおられます。利己的な目的、貪欲、個人的な野心から出た祈りは届きません。
  • 奇跡だけでなく、悔い改めのために祈りましょう。祈りの本当の目的は、目に見える火ではなく、神様のもとへ立ち返る心にあります。

自分に問いかけてみよう

  1. 今日祈るとき、あなたは無意識のうちに何に頼っていますか。自分の功績(「私は断食した、献げ物をした、忠実に歩んでいる」)でしょうか、それともイエス様の血でしょうか。
  2. 最近答えられなかった祈りについて考えてみてください。その根底にある動機は、神様の栄光のためだったでしょうか、それとも自分の快適さ、評判、欲求のためだったでしょうか。
  3. 1から10のうち、神様はあなたにとってどれくらい親しい友、心を打ち明けられる相手ですか。今週、何も求めずに神様と時間を過ごすために、具体的にどんな一歩を踏み出せますか。
  4. 次に仕事、お金、車、家など、物質的な願いについて祈るときは、まず一文で書き出してみてください。「もし神様がこれを与えてくださったら、それはどのように神様の栄光となるだろうか」と。
  5. あなたが定期的に癒しや解放、変化を祈っている相手は誰ですか。その奇跡の背後にあなたが願っている悔い改めのためにも、今から祈りに加えてみてください。

引用された聖句

  • 列王記上 18:36-39 · カルメル山でのエリヤの祈り
  • イザヤ 64:5 ·「私たちの正しい行いはすべて、汚れた着物のようです」
  • ヨハネ 14:14 ·「あなたがたが私の名によって何かを求めるなら、私がそれをしましょう」
  • 使徒 3:6 ·「ナザレのイエス・キリストの名によって、立って歩きなさい」
  • 箴言 29:23 · 心のへりくだった者は誉れを受ける
  • ルカ 18:10-14 · パリサイ人と取税人
  • 詩篇 37:4 ·「主を自分の喜びとせよ」
  • ヤコブ 4:3 ·「悪い求め方をするから、あなたがたは得られない」

よくある質問

神様には、他の人よりも多く答えてくださる特別なお気に入りがいるのでしょうか。

いいえ。御言葉は、神様が人を分け隔てなさらないとはっきり語っています。もしあなたの祈りが答えられていないとしても、それは神様が他の誰かよりもあなたを愛していないからではありません。あなたの生き方や祈りが、まだみこころの原則にかなっていないだけなのです。直すべきところを直せば、他の神の子と同じように答えを受けることができます。

答えを得るためには、叫んだり、泣いたり、何時間もひざまずいたりしなければならないのでしょうか。

いいえ。神様は、あなたが泣いているから、あるいは苦しんでいるから答えてくださるのではありません。祈りの長さや、劇的な形式によって答えてくださるのでもありません。神様は、素朴さ、率直さ、誠実な心のへりくだりを喜ばれます。取税人の短い一言で十分だったのです。パリサイ人の長々とした数え上げは、何も生み出しませんでした。

正しく思える祈りが答えられないのはなぜでしょうか。

神様は心を見ておられるからです。祈りは表面上は正しく見えても、その裏に貪欲、ねたみ、個人的な野心、人に見られたいという思いなど、不純な動機が隠れていることがあります。ヤコブ4:3はこう言っています。「自分の欲望のために使おうとして、悪い求め方をするからです。」言葉遣いを整える前に、まず自分の動機を確認してください。

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