神様の限りない愛:あなたへの父なる神の四つの顔

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神様の限りない愛:あなたへの父なる神の四つの顔

2025年2月22日(日)、JM Botteron師によるルカ15章11〜32節の説教から生まれた記事です。

あなたには、愛されたいという大きな願いがあります。それは人間の本質に刻まれたものです。人生の早い時期にその愛が満たされないと、心の中で何かがゆがみ、その後何年もかけてその空白を埋めようとします。多くの人は、仕事やお酒、人間関係、周りからの評価でそれを埋めようとしますが、根本的な問題には決して届きません。良い知らせがあります。限界のない愛があるのです。あなたを知り、あなたを待ち、あなたのもとへ走り寄ってくださる愛です。イエス様は、それをたった一つのたとえ話で語られました。ルカ 15:11-32にある、放蕩息子のたとえです。この物語の中には、神様があなたに注いでくださる愛の、四つの具体的な現れを見ることができます。

1. 与えてくださる神様の愛

物語の初めに、弟息子が父に財産の分け前を求め、父はそれを与えます。このたとえの中で、父は神様の姿を表しています。このたとえがまず示してくれるのは、与えてくださる神様です。あなたは、自分自身の力で何かを持っているわけではありません。あなたに命を与えたのは神様です。宇宙を支え、季節を巡らせ、あなたが畑に種をまけば実りを与えてくださるのも、神様なのです。

使徒の働き 14:16-17には、こう書かれています。「今までは、神は、各国の人々が、それぞれ勝手な道を歩むままにしておかれましたが、それでもなお、いつも、恵み深いことをして、ご自分のことを人々に示しておられました。すなわち、天から雨を降らせ、季節ごとに作物を実らせ、食べ物を与え、喜びで心を満たしてくださいました。」あなたが持っているすべてのものは、神様から来ています。たとえ、あなたがそれに気づいていなくても、です。

そして神様は、あなたに命や食べ物、人生の計画を与えるだけで終わりませんでした。ご自分の御子さえも与えてくださったのです。ヨハネ 3:16は、愛から始まります。「神は、実にそのひとり子をお与えになったほどに、この世を愛してくださいました。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためです。」イエス様は、あなたのために十字架で死んでくださいました。あなたの罪を消し去るために、ご自分で代価を払ってくださったのです。気づいている人は少ないですが、あなたは神様の目にとても大きな価値ある存在なのです。

もしかすると、誰かがあなたを教会に誘ってくれたり、聖書をプレゼントしてくれたりしたかもしれません。その人の背後で、神様はあなたにメッセージを送っています。キリストのもとに来なさい、と。もしかすると、本来ならそこにいなかったはずの事故や試練から、あなたを守ってくださったこともあるでしょう。それらはどれも、偶然の出来事ではありません。神様があなたの道に人を置かれるのは、あなたを救いたいと願っておられるからです。

2. 自由にしてくださる神様の愛

二つ目の現れは、父が息子を旅立たせることです。無理に引き止めたりはしません。これはとても大切なことです。神様はあなたを愛しておられますが、無理強いはなさいません。たとえあなたが自分を傷つけることになる決断をしたとしても、あなたの自由を尊重してくださるのです。

息子は遠い国へと旅立ちました。この場面は、神様から離れた人生の姿を表しています。あなたも同じように、神様から逃げ出し、神様について何も聞きたくない、教会やクリスチャンを避けたい、と決めることができます。神様は、それを無理に止めることはなさいません。しかし聖書は、神様なしの自由には、必ず代償があると警告しています。それはちょうど交通規則のようなものです。標識は、あなたのために置かれています。それを無視して運転することはできますが、事故を招くことになります。聖書は、いわば霊的な交通規則です。その警告を無視することは、深い落ち込みや、つらい別れ、何をしても晴れない疲れの中へと自分から進んでいくことなのです。

放蕩息子は、この世界を味わい尽くしました。放縦な暮らしをし、財産を使い果たし、しまいには豚の世話をするという、ユダヤ人にとって考えられる限り最も情けない状態に落ちてしまいます。豚が食べるいなご豆ででも腹を満たしたいと思うほどでしたが、誰も何も与えてくれませんでした。神様なしの自由は、幻想にすぎなかったのです。神様のない人生は、あなたを自由にはしません。むしろ、あなたを閉じ込めてしまうのです。

今日、どれほど多くの人が、抜け出せない悪循環の中にいるでしょうか。抗不安薬、依存症、スマホ画面、傷つけ合う人間関係。出口を探しても見つからないのは、本当の出口が、この世の中にはないからです。それは、父のもとへ帰ることの中にしかないのです。

3. あなたを待っておられる神様の愛

息子が家を離れて暮らしている間、父は何をしているでしょうか。待っているのです。息子のことを思い、道の向こうを見つめ続けています。これが、神様の愛の三つ目の顔です。神様は、あなたを待っておられます。

もしかすると、あなたは何年も神様から離れているかもしれません。関係を断ち切ってしまったかもしれません。神様はあなたのことなど気にかけていない、忘れられてしまった、もう自分には価値がない、そう思っているかもしれません。それは違います。神様の愛は変わりません。あなたが帰って来るのを待っておられます。無理強いはなさいませんが、待っておられるのです。

そしてこのたとえ話には、大切な点があります。息子の罪は深刻でした。父の財産を使い果たし、放縦な生活を送っていました。それでも、そのことは父にとっての息子の価値を、少しも損なわなかったのです。豚小屋にいても、家で暮らしていた時と、同じ価値を持っていました。あなたの罪は、神様の前でのあなたの価値を変えません。神様を悲しませ、神様との間に隔たりを作ります。しかし、神様の心からあなたを消し去ることはないのです。

「我に返った」息子が、考え込む場面があります。父のところにいる雇い人たちは、パンがあり余るほどあるのに、自分は飢え死にしそうだ、と比べるのです。この瞬間が決定的でした。回心の瞬間です。回心とは、宗教的な儀式ではありません。方向転換です。あなたは神様から離れていく人生を歩んでいましたが、そこで方向を変えるのです。

どん底に落ちるのを待つ必要はありません。息子は、もっと早く帰ることもできたはずです。豚小屋に行き着くまで頑なでいたのです。その例には倣わないでください。ヘブル人への手紙 3:15にはこうあります。「『きょう、神の声を聞いたら、荒野で神に反抗した時のように心を頑固にしてはならない。』」もし今日、あなたの心に語りかける聖霊の声を聞いているなら、今日、答えてください。

4. あなたを迎え入れてくださる神様の愛

息子は家に帰る決心をします。へりくだった言葉を用意します。「お父さん。私は天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください。」まだ道の遠くにいるうちに、父は息子を見つけます。聖書には、父はかわいそうに思い、走り寄って首を抱き、口づけした、と書かれています。

これが、神様の愛の四つ目の顔です。ただ待つだけではなく、走り寄ってくださるのです。息子が見た目にふさわしいか、清潔か、価値があるかを確かめることもせず、汚れたまま、破れた服を着て、放縦な生活の跡を残したまま、そのままの姿へと走り寄っていきます。そして僕たちに命じます。一番良い服を、指輪を、履物を、そして肥えた子牛を用意しなさい、と。盛大な祝宴が始まります。

あなたが今日、神様のもとに帰るなら、神様はそのようにあなたを迎え入れてくださいます。失われた年月を責めることはありません。何かの償いの期間を課すこともありません。あなたの罪を赦し、新しいいのち、新しい出発を与え、その愛であなたを満たしてくださるのです。

もしかすると、あなたはあらゆる場所を探し回ったかもしれません。宗教、ヨガ、瞑想、ユダヤ教、カトリック、イスラム教、プロテスタント。しかし、そこにあったのは宗教だけで、出会いはなかったのではないでしょうか。もしイエス様のもとに来るなら、あなたが見つけるのは宗教ではなく、関係です。イエス様は、宗教以上の存在です。神様との壊れた関係を回復するために来てくださったのです。

イエス様は、あなたに新しい誕生さえも与えることができます。それは、イエス様がヨハネ 3章でニコデモに語られたことです。あなたは一度、肉体的に生まれました。その誕生は死へと向かっています。しかしイエス様を受け入れるなら、あなたは霊的に、もう一度生まれるのです。その誕生は、天国へと向かいます。それは、イエス様がヨハネ 4章で、井戸のそばのサマリアの女性に語られたことでもあります。彼女は、疲れたユダヤ人に出会ったと思っていましたが、実際に出会ったのは世界の救い主でした。

覚えておきたいポイント

  • 神様はあなたに与えてくださいます。いのち、息、雨、食べ物、あなたのための計画、そして何よりも御子を与えてくださいました。あなたは、何一つ自分だけの力で築いたわけではありません。
  • 神様はあなたを自由にしてくださいます。無理に帰らせることはありませんが、神様から離れた人生には、確かな代償があります。
  • 神様はあなたを待っておられます。あなたの罪は、神様の目に見たあなたの価値を変えません。神様は今日、あなたの方向転換を待っておられます。
  • 神様はあなたを迎え入れてくださいます。ただ待つだけでなく、走り寄り、抱きしめ、祝宴を開いてくださいます。それは宗教ではなく、関係なのです。
  • どん底に落ちるのを待たないでください。息子は、もっと早く帰ることもできたはずです。あなたも同じです。

自分自身への問いかけ

  • 今日のあなたは、このたとえ話のどこにいますか。家の中でしょうか、帰り道の途中でしょうか、それとも豚小屋の中でしょうか。
  • あなたの人生の中で、自由を使って神様から遠ざかっている部分はありませんか。すでにどんな影響が見えていますか。
  • 方向転換をするために、正確には何を待っているのですか。帰る前に、まだどんな「どん底」を経験したいのですか。
  • あなたが帰れば神様が迎え入れてくださると信じることを妨げている、悪魔のうそはどのようなものですか。
  • もしまだイエス様を救い主として受け入れたことがないなら、今日、シンプルな祈りの中でそうする準備はできていますか。

引用聖句

よくある質問

神様は、私がしてきたことを本当に赦してくださるのでしょうか。
はい、赦してくださいます。放蕩息子は財産を使い果たし、放縦な生活を送り、豚小屋にまで行き着きました。それでも父は、息子に向かって走り寄りました。あなたの罪は、神様の前でのあなたの価値を変えません。そして、告白された罪はすべて、イエス様の血によって覆われます。大切なのは、あなたの過ちの大きさではなく、あなたが帰りたいと思っているかどうかです。

神様が私を愛しておられるなら、どうしてこんなにつらいことを経験させるのですか。
私たちの苦しみの多くは、自分自身の選択、あるいは他の人たちの選択の結果として起こります。神様はあなたを自由にしてくださっていて、無理強いはなさいません。しかし試練の中でも、神様はあなたが帰って来るのを待っておられ、放蕩息子が豚小屋で経験したように、つらい状況さえも用いて、あなたをご自分のもとへと導いてくださいます。

具体的に、どうすれば神様のもとに「帰る」ことができるのでしょうか。
息子がしたように、まず我に返り、自分の罪を神様の前で認め、赦しを願い、イエス様が自分のために死んでくださったこと、そしてイエス様が自分の人生の主であることを告白します。そして、聖書を読み始め、福音が語られている教会に通い始めます。方向転換は今日、シンプルな祈りの中で行われます。そこからの歩みは、生涯続いていくのです。

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