神が受け入れることのできないもの

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はじめに

あなたは、神にとって不可能なことは何もないと語る箇所をすべて知っています。それでも、神にはできないことがいくつもあります。それは力が足りないからではなく、ご自身の本質と矛盾しないためです。神は罪を犯すことができません。変わることができません。神であることをやめることができません。そしてもう一つ、もっと目立たない不可能性があり、それはあなたの霊的な生活全体を照らし出します。神は二番目の位置に置かれることを受け入れることができないのです。この真理は、アベルとカインの物語の理解の仕方、そして何より、今日あなたが神に与えている場所そのものを変えていきます。

メッセージの概要

1.神の「不可能」

  • 「神にとって不可能なことは一つもない」(ルカ1:37)は、神の働きの領域とそのみこころに属するすべてのことを指しています。
  • しかし神には、その力を減じるのではなく、むしろそれを現す不可能性があります。
  • 神が罪を犯すことは不可能です。なぜなら神は完全に聖なる方だからです。
  • 神が本質を変えることは不可能です。なぜなら神は変わることのない方だからです(ヘブル人への手紙13:8)。

2.卓越性、神は二番目にはなれない

  • その本質からして、神が神であるなら、神はすべての上にあり、第一の方です。
  • 神はすべてのものの神であるか、あるいは何ものの神でもないか、そのどちらかです。
  • 二番目の座に追いやられることを受け入れるのは、神にとって不可能なことです。
  • これは神の気まぐれではありません。もし神が二番目であることを受け入れたなら、もはや神ではなくなってしまうのです。

3.アベルとカイン、二つの献げ物、二つの姿勢

  • 兄弟二人はそれぞれ自分の働きの実りを携えてきます(創世記4章)。
  • 違いは献げ物の種類にあるのではなく、神に与えられた場所にあります。
  • アベルは初物、すなわち自分の群れの初子、最良の中の最良を携えてきました。
  • カインは、ほかのものの中の一つとして、ありふれた献げ物、残り物を与えるような形で携えてきました。

4.神は施しを受けているのではない

  • すべてはすでに神のものです。神はあなたが与えるものを必要としているわけではありません。
  • 神が見ておられるのは、与えるという行為の中であなたが神に与えている場所です。
  • 神はカインの献げ物を「望まなかった」のではなく、それを「受け入れることができなかった」のです。
  • 神は、神であると同時に二番目であることはできません。

5.神を第一にすることが、すべてを正しい秩序に戻す

  • 神が第一であれば、すべてのものは最終的に神を中心に整えられていきます。
  • 神が第一でなければ、遅かれ早かれ、すべては無秩序へと滑り落ちていきます。
  • これは脅しではなく、根本的な霊的原則です。
  • 神を本来の場所に戻すことは、新たな負担を加えることではありません。それは残りのすべてを再編成することなのです。

ポイント

  • 神の「不可能」は神の全能を減じるものではなく、むしろその完全さを現しています。
  • 神が二番目であることを受け入れられないのは、傲慢さゆえではなく、その本質ゆえです。
  • 創世記4章で、アベルは初物を携えて神を第一にしましたが、カインはほかのものの中の一部として何でもない献げ物を与えました。
  • 神は施しを受けているのではありません。神が見るのは量ではなく、あなたが神に与える場所です。
  • 神が第一であるとき、すべては秩序の中にあります。神が第一でなくなるとき、すべては遅かれ早かれ無秩序へと滑り落ちます。

個人的な適用

  1. あなたの人生のどの領域(経済、時間、人間関係、計画、志)を、まだ「ほかのものの中の一つ」として神に委ねており、第一のものとして委ねていないでしょうか。
  2. 過ぎ去った一週間を振り返るとき、具体的にどの瞬間に神が第一の場所を占めていましたか。そしていつ、神がほかのことの後回しになりましたか。
  3. あなたの人生の中で、今日、アベルの献げ物(初物、最良の部分)に似ているものは何で、カインの献げ物(ありふれたもの)に似ているものは何でしょうか。
  4. 今週、あなたにとって、神に「あなたが第一です」とはっきり告げるような、具体的で犠牲の伴う行動とは何でしょうか。
  5. あなたの人生の中で最近起きたどんな無秩序に対して、「ここで神は本当にまだ第一だろうか」という問いを再びつなげる用意がありますか。

引用聖句

よくある質問

神の卓越性とは何ですか。

神の卓越性とは、神があらゆる点において第一であるという原則です。神はすべてのものの上に立つすべてのものの神であるか、あるいは何ものの神でもないか、そのどちらかです。もし神が存在するなら、神はその本質上すべてのものの上に立っています。神は、神であることをやめることなしに二番目の座に追いやられることを受け入れることはできません。この原則はキリスト者の生活全体を照らします。神はあなたの人生の中の一つの場所を求めているのではなく、第一の場所を求めているのです。

創世記4章で、神はなぜカインの献げ物を退けたのですか。

これは献げ物の種類、つまり子羊か地の実りかという問題ではありません。創世記4章の本文は、アベルが自分の群れの初子、すなわち初物、最良の中の最良を携えてきたと明記しています。彼は神を第一にしたのです。一方カインは、ほかのものの中の一つとして、ありふれた献げ物を携えてきました。違いは与えられた物質にあるのではなく、神に与えられた場所にあります。神は施しを受けているのではありません。すべてはすでに神のものだからです。神が見るのは、あなたが神に与える場所です。

私の人生において、具体的にどうすれば神を第一にできますか。

神を第一にするとは、すでにいっぱいのスケジュールにキリスト者らしい活動をもう一つ加えることではありません。それは神を起点として残りのすべてを再編成することです。神のみこころがあなたの選択の基準となり、神の臨在があなたの日々の優先事項となり、神のみことばがあなたの決断の拠り所となります。具体的には、一日に飛び込む前に神と本当に向き合う時間を持つことから始まり、それから経済、時間、人間関係、計画といったそれぞれの領域において、神がまだ二番目の位置に置かれている場所を正直に見極めていくことへと続いていくでしょう。

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