聖書 — 口語訳 (1955)
ヘブル人への手紙 13
概要
ヘブル人への手紙13章は、手紙を締めくくる実践的な章です。キリストの優位を示した後、著者は具体的な生き方を呼びかけます。兄弟愛、旅人をもてなすこと、獄につながれている人を思いやること、結婚への誠実さ、金銭からの自由です。イエスはきのうも、きょうも、いつまでも変わることがないと思い起こさせ、営所の外に出て主のもとへ行くこと、さんびのいけにえをささげること、指導者を尊ぶことを勧め、すべてを平和の神にゆだねる祝福で結ばれます。
この章の5つの区分
1兄弟愛を続けなさい。
2旅人をもてなすことを忘れてはならない。このようにして、ある人々は、気づかないで御使たちをもてなした。
3獄につながれている人たちを、自分も一緒につながれている心持で思いやりなさい。また、自分も同じ肉体にある者だから、苦しめられている人たちのことを、心にとめなさい。
4すべての人は、結婚を重んずべきである。また寝床を汚してはならない。神は、不品行な者や姦淫をする者をさばかれる。
5金銭を愛することをしないで、自分の持っているもので満足しなさい。主は、「わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない」と言われた。
6だから、わたしたちは、はばからずに言おう、「主はわたしの助け主である。わたしには恐れはない。人は、わたしに何ができようか」。
7神の言をあなたがたに語った指導者たちのことを、いつも思い起しなさい。彼らの生活の最後を見て、その信仰にならいなさい。
8イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない。
9さまざまな違った教によって、迷わされてはならない。食物によらず、恵みによって、心を強くするがよい。食物によって歩いた者は、益を得ることがなかった。
10わたしたちには一つの祭壇がある。幕屋で仕えている者たちは、その祭壇の食物をたべる権利はない。
11なぜなら、大祭司によって罪のためにささげられるけものの血は、聖所のなかに携えて行かれるが、そのからだは、営所の外で焼かれてしまうからである。
12だから、イエスもまた、ご自分の血で民をきよめるために、門の外で苦難を受けられたのである。
13したがって、わたしたちも、彼のはずかしめを身に負い、営所の外に出て、みもとに行こうではないか。
14この地上には、永遠の都はない。きたらんとする都こそ、わたしたちの求めているものである。
15だから、わたしたちはイエスによって、さんびのいけにえ、すなわち、彼の御名をたたえるくちびるの実を、たえず神にささげようではないか。
16そして、善を行うことと施しをすることとを、忘れてはいけない。神は、このようないけにえを喜ばれる。
17あなたがたの指導者たちの言うことを聞きいれて、従いなさい。彼らは、神に言いひらきをすべき者として、あなたがたのたましいのために、目をさましている。彼らが嘆かないで、喜んでこのことをするようにしなさい。そうでないと、あなたがたの益にならない。
18わたしたちのために、祈ってほしい。わたしたちは明らかな良心を持っていると信じており、何事についても、正しく行動しようと願っている。
19わたしがあなたがたの所に早く帰れるため、祈ってくれるように、特にお願いする。
20永遠の契約の血による羊の大牧者、わたしたちの主イエスを、死人の中から引き上げられた平和の神が、
21イエス・キリストによって、みこころにかなうことをわたしたちにして下さり、あなたがたが御旨を行うために、すべての良きものを備えて下さるようにこい願う。栄光が、世々限りなく神にあるように、アァメン。
22兄弟たちよ。どうかわたしの勧めの言葉を受けいれてほしい。わたしは、ただ手みじかに書いたのだから。
23わたしたちの兄弟テモテがゆるされたことを、お知らせする。もし彼が早く来れば、彼と一緒にわたしはあなたがたに会えるだろう。
24あなたがたの指導者一同と聖徒たち一同に、よろしく伝えてほしい。イタリヤからきた人々から、あなたがたによろしく。
25恵みが、あなたがた一同にあるように。
鍵となる聖句
金銭を愛することをしないで、自分の持っているもので満足しなさい。主は、「わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない」と言われた。 だから、わたしたちは、はばからずに言おう、「主はわたしの助け主である。わたしには恐れはない。人は、わたしに何ができようか」。
満足することは、約束にもとづいています。神はご自分の民を決して離れず、捨てません。それを知る人は、主は助け主であると、恐れずに言うことができます。人は何ができようか、と。
イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない。
この節は、イエス・キリストが変わらないことを告げます。移り変わる世界で、また多様な教えを前にして、その人格は信仰の揺るがない拠りどころです。
だから、わたしたちはイエスによって、さんびのいけにえ、すなわち、彼の御名をたたえるくちびるの実を、たえず神にささげようではないか。
神にささげられるいけにえは、もはや動物ではなく、さんびです。御名をたたえるくちびるの実です。それはイエスを通して、日々の生活の中で続けられます。
永遠の契約の血による羊の大牧者、わたしたちの主イエスを、死人の中から引き上げられた平和の神が、 イエス・キリストによって、みこころにかなうことをわたしたちにして下さり、あなたがたが御旨を行うために、すべての良きものを備えて下さるようにこい願う。栄光が、世々限りなく神にあるように、アァメン。
最後の祝福は、死人の中から引き上げられた羊の大牧者イエスの名を挙げます。信じる者があらゆる良き業を行えるよう整えてくださいと神に願います。信者の内で働かれるのは神だからです。
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説教が語っていること
ヘブル人への手紙13章についてよくある質問
「イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない」(ヘブル人への手紙13章8節)とはどういう意味ですか。
この節は、イエス・キリストの人格と性質が変わらないことを告げています。初代のクリスチャンが知っていた方が、今日私たちが従っている方です。文脈では、多様で異質な教えに対する拠りどころとなっています。神がいつも同じ仕方で働かれると言っているのではなく、イエスがご自身に忠実であり続けるということです。
ヘブル人への手紙13章15節のさんびのいけにえとは何ですか。
著者はいけにえの考え方を用いて、神が今受けられるのは、イエスを通して、御名をたたえるくちびるの実だと語ります。いけにえには代価があります。それは、楽でない時にもほめたたえることです。次の節は善行と分かち合いを加えています。それらも神が喜ばれるいけにえだからです。
ヘブル人への手紙13章13節の「営所の外に出て、みもとに行こうではないか」とはどういう意味ですか。
本文は、いけにえの動物のからだが営所の外で焼かれたことになぞらえ、イエスも門の外で苦難を受けられたと語ります。営所の外に出るとは、イエスのもとに行き、そのはずかしめを共に負うことであり、宗教的、社会的な安全を手放すことです。14節がその理由を述べています。私たちは、来たるべき都を求めているのです。
教会の指導者に従うべきですか(ヘブル人への手紙13章17節)。
この節は、たましいのために目をさましていて、神に言いひらきをする者たちに従うよう呼びかけています。説教者たちは、それが盲目的な従順ではなく、その指導者たちの生き方と誠実さにもとづく信頼だと説明することが多いです。教会の組織の仕方によって、この点の理解は教会ごとに異なります。
ヘブル人への手紙 13を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。