はじめに
信仰のゆえに投獄され、脅され、権利を奪われているクリスチャンがいます。遠く離れた場所から、どうすれば支えられるのだろうかと思っているかもしれません。このページには、神に向けた15の祈りを集めました。一人でも、家族でも、祈りの会でも、礼拝の中でも唱えられます。必要ごとに分けてあり、その後に祈りを深める聖句と、毎週とりなしを続けるための助言が続きます。声に出して読んでみてください。言葉を少し変えてもかまいませんし、祈りの出発点として使うこともできます。
信仰のゆえに投獄されたり虐待されたりしている人々のための祈り
ヘブル人への手紙は、自分も同じ牢に入っているかのように囚人たちを思い出しなさいと勧めています。祈るときは、保護、慰め、自由といったシンプルな必要にとどまりましょう。
「主よ、あなたは、信仰のゆえに今日捕らわれているすべての兄弟姉妹をご存じです。独房の静けさの中で、どうか彼らのそばにいてください。彼らの心を絶望から守り、あなたが決して彼らを忘れていないことを思い出させてください。」
「父なる神様、あなたの御名のゆえに殴られたり、ののしられたりしている人々の痛みを和らげ、傷をいやし、本当に休める時を与えてください。ほかのだれにも見えないものを、あなたはご覧になっています。」
「主イエスよ、あなたは無実であるのに捕らえられ、裁かれ、罪に定められました。信仰のゆえに囚われている人が何を通っているかを、私たち以上にあなたはご存じです。その人のそばにいて、心に語りかけ、取り調べのたびにその人の力となってください。」
「正義の神よ、判決や釈放、あるいはただ家族の消息を待ち続けている人々のために祈ります。開くべき扉を開き、閉じたままの扉の前では忍耐を与えてください。」
家族、子どもたち、ひそかに集まる教会のための祈り
身内が拘束されて外に残された人々や、声をひそめて集まる共同体を思い浮かべてください。特に子どもたちのことを思ってください。不安の中で育っている子もいます。
「父なる神様、信仰のゆえに身内が拘束されている妻や夫、子どもたちをあなたに委ねます。彼らの食卓にも、家賃にも、涙にも備えを与え、寄り添ってくれる兄弟姉妹を道に備えてください。」
「主よ、家族を守るために黙ることを学んでいる子どもたちを見守ってください。恐れがその子たちの家とならないようにしてください。あなたへの素直な信頼を育て、柔らかな心を守ってください。」
「真実な神よ、雨戸を閉めた部屋で声をひそめて集まり、全員でたった一冊の聖書を回し読みしている教会があります。どうか彼らを安全のうちに集め、賛美を静かに、信仰を生き生きとしたものにしてください。指導者たちに知恵と慎重さを与えてください。」
「主よ、静かに祈り、御言葉を読み、パンを分かち合っているすべての小さな群れを祝福してください。人数が少なくても、彼らはあなたにとって大切な存在です。喜びと忠実さ、そして互いへの偽りのない愛を与えてください。」
勇気、忠実さ、迫害する人々への赦しを求める祈り
イエスは、迫害する者のために祈るようにと言われました(マタイによる福音書5章44節)。これらの祈りは復讐を求めるものではありません。信じる者の忠実さと、危害を加える者の心の変化を願うものです。
「主よ、迫害されているあなたの子どもたちに、自分の中からは出てこない勇気を与えてください。恐れが募るとき、あなたの臨在を思い出させてください。信仰を捨てるよう迫られても、高ぶらず、憎しみを持たず、柔和なまま忠実でいられるよう守ってください。」
「父なる神様、あなたの子どもたちを苦しめる人々のために、どう祈ればよいのか、私たちにはいつも分かりません。ですから、その人々をあなたに委ねます。良心に触れ、目を開き、あなたが私たちの心を変えてくださったように、その人々の心も変えてください。」
「イエスよ、あなたは十字架につけた人々を赦されました。傷ついた信者たちが苦々しさを抱き続けることのないよう導いてください。赦しが訪れるとき、それがあなたの恵みの証しとなり、その人たちに平安を取り戻させてください。」
「主よ、平穏に暮らしている私たちの心もまた、冷たくならないよう守ってください。迫害されている教会のための祈りが、片づけるだけの義務ではなく、愛から出る思いとなりますように。どの民族にも、どの国にも、怒りを向けることがありませんように。」
礼拝で読める短い祈り
多くの教会が、毎年一度の日曜日を、迫害されている兄弟姉妹のための祈りに充てています。この3つの祈りは、それぞれ1分もかからずに読めます。祈りの担当者が読んでも、数人で分けて読んでもかまいません。
「主よ、今朝私たちは、あなたの御名のゆえに苦しんでいる兄弟姉妹のために祈ります。私たちには見えませんが、あなたにはお見えになっています。彼らを力づけ、慰め、教会全体が共に祈っていることを感じさせてください。」
「父なる神様、私たちは自由に集まることができており、そのことを忘れたくありません。私たちの内に感謝の心と、集まることのできない人々を担いたいという願いを呼び覚ましてください。この祈りが、彼らへの確かな支えとなりますように。」
「すべての慰めの神よ、泣いている人、待っている人、耐え抜いている人のための祈りをお受けください。弱い場所にある教会を生き生きと保ち、今日、あなたの平安が彼らを包みますように。」
迫害されている教会のために祈る聖句
これらの聖句は苦しんでいる人を慰め、あなたの祈りの方向を示してくれます。祈る前に一つ選んで、声に出して読んでみましょう。
ヘブル人への手紙13章3節
「獄につながれている人たちを、自分も一緒につながれている心持で思いやりなさい。また、自分も同じ肉体にある者だから、苦しめられている人たちのことを、心にとめなさい。」
ヘブル人への手紙は、すべての信者に、囚われている人々や虐げられている人々を、自分の身に起きていることのように心に留めるよう求めています。あなたの祈りは、遠く離れていても、その人々の境遇を分かち合う具体的な方法になります。 ヘブル人への手紙13章を全文で読む。
マタイによる福音書5章10-12節
「義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。 わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。 喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」
イエスは山上の説教で弟子たちに語りかけ、忠実であることに高い代価がかかる場合があることを隠さず、その苦しみが天での喜びと報いにつながると教えています。それを経験している人々がこのことを思い出せるよう祈りましょう。 マタイによる福音書5章を全文で読む。
ローマ人への手紙8章35-37節
「だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのか。患難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危難か、剣か。 「わたしたちはあなたのために終日、死に定められており、ほふられる羊のように見られている」と書いてあるとおりである。 しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある。」
この箇所は、迫害を含む厳しい試練を並べたうえで、信じる者はキリストの愛から何ものにも引き離されないと語っています。口語訳では、愛してくださった方によって「勝ち得て余りがある」とされています。この確信が彼らの内で揺らがないように願いましょう。 ローマ人への手紙8章を全文で読む。
ペテロの第一の手紙4章12-13節
「愛する者たちよ。あなたがたを試みるために降りかかって来る火のような試錬を、何か思いがけないことが起ったかのように驚きあやしむことなく、 むしろ、キリストの苦しみにあずかればあずかるほど、喜ぶがよい。それは、キリストの栄光が現れる際に、よろこびにあふれるためである。」
この手紙は、火のような試練をくぐっている信者たちに宛てて書かれています。試練を不思議がらず、それをキリストの苦しみにあずかることと見るよう勧めています。涙の中にあっても、この望みが彼らを支えるように祈りましょう。 ペテロの第一の手紙4章を全文で読む。
コリント人への第二の手紙4章8-9節
「わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない。 迫害に会っても見捨てられない。倒されても滅びない。」
この箇所は、四方から圧迫され、打ち倒され、迫害されても、決して見捨てられない信者の姿を描いています。祈りの言葉を与えてくれる箇所です。同じ状況にある人々が、神は決して手を放されないと感じられるよう願いましょう。 コリント人への第二の手紙4章を全文で読む。
迫害されている教会のために、続けて祈るには
うわさやSNSで回ってくる情報をうのみにせず、信頼できる情報源で状況を確かめましょう。正しい祈りは確かな事実から始まります。誇張されたニュースを広めて、支えたい人々にかえって不利益を与えることのないようにしましょう。
具体的な必要のために祈りましょう。一つの家族の保護、囚われている人の健康、聖書を手に入れること、公正な裁判、一食の食事、雨風をしのぐ屋根。願いが具体的であるほど、毎日担いやすく、事態が動いたときに感謝もしやすくなります。
迫害する人々のためにも祈りましょう。その心が変えられ、クリスチャンを見る目がやわらぎ、真理がその人々に届くようにと願うのです。この祈りは、あなた自身の心を怒りから守り、イエスが弟子たちに教えられたことにも沿っています。
祈り続けましょう。感情が高ぶった一晩では足りません。毎週数分など、無理のないリズムを決め、一人でも、家族でも、教会の祈祷会の終わりにでも続けてください。祈りの激しさよりも、忠実に続けることのほうが大切です。
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よくある質問
迫害されているクリスチャンのために、どう祈ればよいですか?
まず信頼できる情報源で状況を確かめ、そのうえで保護、慰め、自由、忠実さなど具体的な必要のために祈ります。迫害する人々のことも祈りに加えてください。一人でも、家族でも、グループでも、素朴な言葉で祈れます。大切なのは、長さよりも続けることです。
聖書は、クリスチャンへの迫害について何と言っていますか?
聖書はこれをタブーにしていません。イエスは、弟子たちが自分のゆえに迫害されることがあると告げています。ローマ人への手紙は、何ものもキリストの愛から信者を引き離せないと語り、ヘブル人への手紙は囚人たちを思い出すよう勧めています。また聖書は、迫害する者のために祈るようにも招いています。
クリスチャンを迫害する人々のためにも祈るべきですか?
はい、それはイエスご自身の直接の求めです。彼らのために祈ることは、その行いを正当化することでも、正義を取り消すことでもありません。神にその人たちの心を変えてくださるよう願い、あなた自身の心を憎しみから守ることです。被害を受けている人々のためと加害者のためとを、同時に祈ることができます。
礼拝の中で、迫害されている教会のために祈るにはどうすればよいですか?
5分から10分を確保しましょう。担当者が信頼できる情報をもとに状況を数文で説明し、このページの祈りを一つか二つ読み、そのあと静まる時間を取ります。会衆に、小グループで小さな声で祈るよう促すこともできます。最後は、迫害する人々のための短い祈りで締めくくりましょう。