はじめに
軽い心で神の前に出られない夜があります。あなたは頭の中に祈りの課題をいっぱい抱え、重くのしかかる状況や、動かないように見える「山」を抱えてやって来ます。それでも、その夜に神が求めておられるのは、まず何よりもあなたの必要のリストではありません。それは賛美のいけにえです。何かが変わるのをあなたが目にする前から、あなたの唇から立ち上る賛辞なのです。
「Overflow Worship: Sacrifice of Praise」の夜を支えた聖句は、ヘブライ人への手紙13章15節です。「だから、わたしたちはイエスによって、賛美のいけにえ、すなわち御名をあかしする唇の実を、絶えず神にささげようではないか」。覚えておくべき三つの言葉があります。イエスによって、絶えず、唇の実。すべてはここにあります。これが、あなたの奇跡の夜を備える道なのです。
記事の構成
1. 「イエスによって」、賛美は聖霊から始まる
この聖句の最初の言葉は「イエスによって」です。あなたを満たしてくださる方がそこにおられなければ、あなたは本当の意味での賛美のいけにえをささげることはできません。説教者はこれをリフレインのように繰り返しました。「聖霊よ、私という土の器を満たしてください」。聖霊なしには、あなたは何もできないのです。
賛美のいけにえとは、何よりもまずテクニックや、無理に見せる上機嫌ではありません。それは、御霊に満たされた心の実です。あなたはまず神の臨在を求めることから始め、神にはいと答え、そして御霊があなたという土の器を満たしてくださいます。そのときはじめて、あなたの賛美は良い香りとなるのです。
2. 「絶えず」、山を前にしても賛美する
聖書における「いけにえ」には代償が伴います。賛美のいけにえとは、それが一番容易い瞬間ではないときに賛美することです。それは、あなたの困難な状況を前にして、神にこう言うことです。「何が起ころうとも、あなたは変わらず神でいてくださいます」。
ホセア書14章2節は、旧約聖書の中ですでにこう述べています。「私たちは若い雄牛の代わりに、私たちの唇の果実をささげます」。あなたの唇の賛辞は、祭壇に置かれた雄牛よりも力強いのです。賛美とは、あなたの人生の中でまだ何一つ動いていなくても、神に対して敬意と誉れを証しすることです。
試練のたびに賛美することをやめてしまうなら、あなたの人生は、神が定められたリズムでは進んでいきません。絶えず賛美するとは、状況に最後の言葉を持たせることを拒むことです。
3. 「唇の実」、あなたの言葉には力がある
このいけにえは非常に具体的です。「御名をあかしする唇の実」です。これは言葉です。口に出された言葉です。あなたは心の中で賛美することもできますが、いつか、あなたの口が開かれなければならない瞬間が訪れます。
伝道の書8章4節にはこうあります。「王の言葉には権威がある。だれが彼に向かって、あなたは何をするのかと言えるだろうか」。ところが神は私たちを王とし、祭司としてくださいました(黙示録1章6節)。ですから、聖霊に満たされた心から出るあなたの言葉には力があります。それは決して空しく地に落ちることはありません。
4. 奇跡を備える賛美
奇跡とのつながりはヨハネの第一の手紙5章14節にあります。「私たちが神の御心にかなう願いごとをするなら、神はそれを聞き入れてくださる。これが、私たちが神に対していだいている確信である」。あなたの心を神に合わせる賛美は、御心にかなった願いを備えます。そうなると、すべてが変わります。
イエスはマルコの福音書11章23節でこう言われます。「だれでもこの山に向かい、動いて、海に入れ、と言い、その言うことが必ず起こると信じて、心の中で疑わないなら、そのとおりになる」。そして詩篇33篇9節はこう付け加えます。「主が仰せられると、そのようになり、命じられると、そのように立った」。神があなたを王とし、祭司としてくださったのであれば、あなたが御霊によって命じることも、また実現し得るのです。
5. いけにえのあるところに、火がある
祈りの前にメッセージを締めくくった言葉があります。「いけにえのあるところに、火がある」。祭壇の上に何も置かなければ、あなたの人生に神の火が下るのを期待することはできません。火はいけにえに応じるのであって、空虚に応じるのではありません。
エリコの城壁は、七日間の行進と賛美の叫びの後に崩れ落ちました(ヘブライ人への手紙11章30節)。あなたの奇跡の夜は、結果を見る前にあなたが賛美をささげるときに始まるのです。
覚えておきたいポイント
- すべては聖霊から始まります。あなたという土の器を満たしてくださる聖霊なしには、本当の意味での賛美のいけにえはあり得ません。
- 賛美のいけにえには代償が伴います。うまくいっていないときに賛美すること、何が起ころうとも神は変わらず神でいてくださると告げること、それがいけにえです。
- あなたの口が開かれなければなりません。唇の実とは、口に出された言葉であり、単なる内なる思いではありません。
- あなたの言葉には力があります。それは、神があなたをキリストにあって王とし、祭司としてくださったからです。
- いけにえのあるところに、火があります。祭壇の上に何かを置いてください。そして、神が応えてくださるのを期待してください。
個人への適用
- ここ数か月、あなたが賛美するのをやめてしまった「山」は何ですか。今夜、あなたは神に声に出して何を言いたいですか。
- あなたが口を開いて祈るとき、それは不平を言うためであることの方が多いですか、それとも敬意をささげるためであることの方が多いですか。今週、何を変えられますか。
- あなたの家の中に、願いごとを申し上げる前にまず毎日十分間「賛美のいけにえ」を置ける場所はありますか。
- あなたが「土の器」であるあなた自身のどの部分を、聖霊に満たしていただきたいと願いますか。
- 神の御心にかなった、権威ある言葉のうち、あなたが自分の状況について、ついに口に出す勇気を持つべきものは何ですか。
引用された聖句
- ヘブライ人への手紙13章15節・基となる聖句
- ヘブライ人への手紙11章30節・エリコの城壁
- ホセア書14章2節・唇の捧げ物
- 伝道の書8章4節・王の言葉には権威がある
- ヨハネの第一の手紙5章14節・御心にかなう願いごと
- マルコの福音書11章23節・山に向かって語ること
- 詩篇33篇9節・仰せられると、そのようになった
- 黙示録1章6節・王たちであり、祭司たち
よくある質問
ヘブライ人への手紙13章15節における「賛美のいけにえ」とは何ですか。
それは代償を伴う賛美であり、イエスを通して神にささげられ、「唇の実」という具体的な形、すなわち状況がそれにふさわしくないときでさえも御名をあかしする、口に出された言葉として現れるものです。
なぜ奇跡を願う前に賛美することから始めるのですか。
賛美はあなたの心を神に合わせ、あなたの願いが「御心にかなう」ものとなるように備え(ヨハネの第一の手紙5章14節)、神がどのような方であるかを思い起こさせるからです。いけにえのあるところに、火があります。神は、見返りを期待する前に神を敬う心に応えてくださいます。
言葉に出さず、心の中だけで賛美することはできますか。
はい、それは可能ですし、神はそれを聞いてくださいます。しかし、この聖句は「唇の実」について語っています。いつか、言葉が口から出なければならない瞬間が訪れます。あなたの口は、心から立ち上るものを言い表します。そしてその言葉は、キリストにあって語られるとき、本当の力を持つのです。
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