聖書 — 口語訳 (1955)

詩篇 33

概要

詩篇33篇は、正しい人々に向けた賛美への招きです。新しい歌を歌うよう促し、その理由を告げます。神のことばは正しく、世界はそれによって造られ、そのご計画はとこしえに続きます。この詩は、軍勢も馬も救えないこと、主の目は主の恵みを待ち望む者の上にあることを思い出させます。最後は、希望の祈りで終わります。

詩篇33篇には、ヘブライ語の本文に表題がなく、作者は分かっていません。古いギリシア語訳(七十人訳)はダビデの作としていますが、元の本文はそう述べていません。これは賛美の歌です。32篇の終わりがすでに正しい人々に主にあって喜ぶよう招いていたため、二つの詩篇を続けて読む人もいます。33篇は22節からなり、ヘブライ語のアルファベットの文字数と同じです。ただし、各節がその文字の順に始まるアルファベット詩ではありません。そこに、完全な賛美のしるしを見る人もいます。この詩篇は歌う理由を告げます。神はみことばによって創造し、歴史を導き、ご自分を待ち望む者を見守られます。信仰者は、賛美の時を始めるときにこれを歌い、どこに安全を置くべきか迷うときにこれを黙想してきました。最後の一文は、古代のキリスト教讃歌テ・デウムにも取り入れられています。

この章の4つの区分

  1. 1-5節主に新しい歌を歌え:主のことばは正しい
  2. 6-12節主が仰せられると、そのようになる:創造主と永遠のご計画
  3. 13-19節主は天から見渡される:軍勢も馬も救えない
  4. 20-22節私たちのたましいは主を待ち望む:主は助け、また盾

1正しき者よ、主によって喜べ、さんびは直き者にふさわしい。

2琴をもって主をさんびせよ、十弦の立琴をもって主をほめたたえよ。

3新しい歌を主にむかって歌い、喜びの声をあげて巧みに琴をかきならせ。

4主のみことばは直く、そのすべてのみわざは真実だからである。

5主は正義と公平とを愛される。地は主のいつくしみで満ちている。

6もろもろの天は主のみことばによって造られ、天の万軍は主の口の息によって造られた。

7主は海の水を水がめの中に集めるように集め、深い淵を倉におさめられた。

8全地は主を恐れ、世に住むすべての者は主を恐れかしこめ。

9主が仰せられると、そのようになり、命じられると、堅く立ったからである。

10主はもろもろの国のはかりごとをむなしくし、もろもろの民の企てをくじかれる。

11主のはかりごとはとこしえに立ち、そのみこころの思いは世々に立つ。

12主をおのが神とする国はさいわいである。主がその嗣業として選ばれた民はさいわいである。

13主は天から見おろされ、すべての人の子らを見、

14そのおられる所から 地に住むすべての人をながめられる。

15主はすべて彼らの心を造り、そのすべてのわざに心をとめられる。

16王はその軍勢の多きによって救を得ない。勇士はその力の大いなるによって助けを得ない。

17馬は勝利に頼みとならない。その大いなる力も人を助けることはできない。

18見よ、主の目は主を恐れる者の上にあり、そのいつくしみを望む者の上にある。

19これは主が彼らの魂を死から救い、ききんの時にも生きながらえさせるためである。

20われらの魂は主を待ち望む。主はわれらの助け、われらの盾である。

21われらは主の聖なるみ名に信頼するがゆえに、われらの心は主にあって喜ぶ。

22主よ、われらが待ち望むように、あなたのいつくしみをわれらの上にたれてください。

詩篇33篇を節ごとに読む

1-3節正しい人々よ、喜べ:新しい歌を歌う招き

詩篇は喜びの招きで始まります。「正しき者よ、主によって喜べ」。正しい人とは完全な人ではなく、神とまっすぐな関係に生きる人のことです。その人にとって、賛美は「ふさわしい」ものです。体に合わせて仕立てた服のように、よく似合うという意味です。詩人は琴と十弦の立琴を呼び集め、「新しい歌を主にむかって歌い」と呼びかけます。詩篇で「新しい歌」という言い方が出てくるのは、ここが最初です。黙示録にも、新しい歌が歌われる場面があります(ヨハネの黙示録5章9節)。新しい歌とは、必ずしも作ったばかりの歌ではなく、神との新鮮な出会いから湧き出る賛美のことです。3節は、巧みに奏でるようにとも勧めています。神は、習慣だけで歌うのではなく、心を尽くして丁寧に歌うにふさわしい方です。

4-5節まっすぐなみことばと、地に満ちるいつくしみ

4節は、この喜びの理由を告げます。聖書の賛美は漠然とした高揚ではなく、神がどのような方か、何をなさるかへの応えです。まず、主のみことばは直く、人を欺かず、気分次第で変わることもありません。次に、そのすべてのみわざは真実です。神は語られたことを必ず行われます。5節は、神が正義と公平を愛されると述べ、視野を被造物全体へ広げます。「地は主のいつくしみで満ちている」。「いつくしみ」と訳されたヘブライ語は、約束を守り通す変わらない愛を指します。詩人は、世にある悪を否定してはいません。まだ目に見えないところにも、神のいつくしみが働いていると告げているのです。あなたの一日の中にその跡を探し、賛美の題材にしてみましょう。

6-9節仰せられると、そのようになる:みことばによる創造

詩人は世界の始まりにさかのぼります。「もろもろの天は主のみことばによって造られ」。創世記で神が語られると光があった場面を思わせます。天の万軍、つまり星々は、主の口の息によって造られました。ヘブライ語で「息」は「霊」と同じことばでもあり、多くのクリスチャンは、ここに創造の初めから働くみことばと御霊を見てきました。7節で神は海の水を集め、深い淵を倉におさめられます。水を積み上げるようなこの姿は、紅海を渡った出来事(出エジプト記15章8節)も思い出させます。そこで8節は、全地が驚きをもって主を恐れ敬うよう呼びかけます。9節がすべてを要約します。「主が仰せられると、そのようになり」。新約聖書は、イエスをすべてのものがそれによってできたみことばとして示します(ヨハネによる福音書1章1節から3節)。ことば一つで風を静められたとき(マルコによる福音書4章39節)、イエスは同じ権威を現されました。

10-12節国々の計画が過ぎ去っても、主のご計画は立ち続ける

世界を造られた神は、歴史をも導かれます。諸国民は計画や戦略を重ねますが、主はそれをむなしくすることができます。「主のはかりごとはとこしえに立ち」。この対比は聖書全体に流れていて、箴言は、人の心には多くの計画があるが、堅く立つのは主のみ旨だけだと語ります(箴言19章21節)。だからといって、あなたの計画に価値がないわけではありません。神のご計画に合うとき、それは確かなものになります。12節は結論を述べます。「主をおのが神とする国はさいわいである」。この節はよく一つの国に当てはめて引用されますが、詩篇ではまず、神が選ばれた民イスラエルを指します。新約聖書は、あらゆる国から集められてイエス・キリストのもとに集う民を、聖なる国民、神につける民と呼びます(ペテロの第一の手紙2章9節)。約束された幸いは、旗によるのではなく、神のものとされていることによります。

13-15節天から、神はすべての人の心を見ておられる

詩人は視点を変え、神の側に立ちます。「主は天から見おろされ」、すべての人の子らをご覧になります。力ある者も忘れられた者も、だれ一人として神の目から逃れられません。この眼差しは、監視カメラのようなものではありません。一人ひとりの心を造り、そのすべてのわざに心をとめられる、創造主の眼差しです。神は、あなたの考えも動機も心の内の戦いも、あなた自身よりよくご存じです。何かを隠したい人には、不安になる思いかもしれません。すべてのものは神の目には裸であり、あらわにされていると、聖書も述べています(ヘブル人への手紙4章13節)。しかし、自分は見えない存在だと感じている人、ひとりぼっちの人、分かってもらえない人には、大きな慰めです。あなたは群衆に紛れた無名の存在ではありません。あなたの心を造られた方が、あなたを見て、心にかけておられます。

16-17節大軍も、馬の力も、人を救えない

ここが詩篇の中心です。当時、大軍と軍馬は力の頂点でした。それでも、「王はその軍勢の多きによって救を得ない」と言います。勇士も、その力の大きさによって助けを得ません。馬は勝利の頼みにならず、どれほど力が強くても、人を救うことはできないのです。詩篇20篇も同じことを語ります。ある者は戦車を、ある者は馬を誇るが、私たちは私たちの神、主のみ名を誇る、と(詩篇20篇7節)。今日、私たちの馬は、お金、健康、学歴、人間関係、評判といった名で呼ばれます。どれも悪いものではなく、詩篇はそれらを軽んじるよう求めてはいません。ただ、それらがあなたの人生の重みを支えきれないことを思い出させます。それらは手段であって、救い主ではありません。この箇所は率直に問いかけます。あなたは本当は、何に信頼しているでしょうか。

18-19節主の目は、そのいつくしみを望む者の上にある

18節は、注意を引くことばで始まります。「見よ、主の目は主を恐れる者の上にあり」。13節から15節のすべての人に向けられた眼差しが、ここでは見守りの眼差しになります。神を恐れる者とは、神を畏れ敬い、そのいつくしみを望む人々です。このいつくしみは、5節ですでにたたえられていた変わらない愛です。詩篇は、彼らの魂を死から救い、ききんの時にも生きながらえさせると語ります。この言い方に注意してください。ききんが決して来ないとは約束していません。ききんのただ中での神の見守りを約束しているのです。信じる者も病や欠乏や死別を通ります。パウロは、患難も飢えも、キリストにおける神の愛から私たちを引き離せないと断言します(ローマ人への手紙8章35節から39節)。神の目は、あなたをすべての試練から免れさせはしませんが、どの試練の中でも、あなたから離れることはありません。

20-22節私たちのたましいは待ち望む:神の民の信頼の応え

詩篇は、正しい人々への喜べ、歌えという呼びかけで始まりました。そして、それに応える人々の「私たち」で終わります。「われらの魂は主を待ち望む。主はわれらの助け、われらの盾である」。ここで待ち望むとは、すべてを理解していなくても、信頼して神を待つことです。盾は戦いの中で身を守りますが、戦いをなくしてはくれません。21節は、心の喜びが、神の聖なるみ名への信頼から生まれると示します。そして詩篇は祈りで結ばれます。「主よ、われらが待ち望むように、あなたのいつくしみをわれらの上にたれてください」。これは取引ではありません。神が私たちの信仰の量に応じて、いつくしみを量られるのではないのです。私たちはあなたに頼ります、見捨てないでください、という告白です。教会はこの一文をテ・デウムにも取り入れました。あなたも、これを夜の祈りにできます。

詩篇33篇の祈り方

この詩篇を祈るとき

  • 一日や賛美の時を、神がどなたであるかを感謝して始めたいとき。
  • 星空や海、心を打つ景色の前で、創造主に栄光を帰したいとき。
  • ニュースに不安を覚え、権力者たちの決定が手に負えないものに思えるとき。
  • 自分の計画が崩れ、神のご計画は変わらず立つことを思い出す必要があるとき。
  • お金や健康、能力に安全を置きたくなる誘惑を感じるとき。
  • 欠乏や失業の時期を通り、将来が不確かに思えるとき。
  • 自分が見えない存在のように感じ、神が見ていてくださると知る必要があるとき。

詩篇33篇に基づく祈り

主よ、あなたにあって喜び、新しい歌を歌いたいのです。習慣ですり減った賛美ではなく、新しい歌を。あなたのみことばは直く、あなたのなさることはすべて真実です。あなたのいつくしみは地に満ちていますが、私にはそれが見えにくいときがあります。あなたは、仰せられるだけで天を造られました。ですから、私の手に余ることをあなたにゆだねます。私はしばしば、お金や健康や能力、人の評価に信頼を置いてしまいます。それは私の馬であって、私を救えません。あなたから離れたところに安全を求めたことをお赦しください。世が揺れ、力ある者たちが計画を立てるときも、あなたのご計画はとこしえに立つことを思い出させてください。あなたは天から私を見ておられ、私の心を私以上にご存じです。欠乏と恐れの日々にも私に目をとめ、ききんのただ中でも生かしてください。私の魂はあなたを待ち望みます。あなたは私の助け、私の盾です。私たちがあなたを待ち望むように、あなたのいつくしみを私たちの上にたれてください。生けるみことば、イエス・キリストによって祈ります。アーメン。

鍵となる聖句

1節
正しき者よ、主によって喜べ、さんびは直き者にふさわしい。

詩は、まっすぐに歩む人々への呼びかけで始まります。賛美は彼らにとって自然な装いです。

9節
主が仰せられると、そのようになり、命じられると、堅く立ったからである。

神はみことばによって創造されました。仰せられると、そのようになります。このことは、神が今日も語られることへの信頼の土台となります。

11節
主のはかりごとはとこしえに立ち、そのみこころの思いは世々に立つ。

主のご計画はとこしえに立ち、人間の計画は過ぎ去ります。この節は、疑いの多い時期に確かな安心を与えます。

18節
見よ、主の目は主を恐れる者の上にあり、そのいつくしみを望む者の上にある。

主の目は、主を恐れ、その恵みを待ち望む者の上にあります。神は不在ではなく、苦しい時にも見守っておられます。

説教が語っていること

詩篇33篇についてよくある質問

詩篇33篇はどんな意味ですか

詩篇33篇は、なぜ神をたたえて歌うのかを説明する賛美の歌です。神のことばは正しく、神はそれによって世界を造られ、そのみこころは続きます。また、安全は軍隊や力からではなく、神を待ち望む者を見守られる神から来ると示します。神だけに信頼するようにという招きです。

新しい歌を歌うとはどういう意味ですか

3節で詩人は、新しい歌を歌うよう招きます。これは、神を新たに経験したところから生まれる、みずみずしい賛美を指し、機械的な繰り返しではありません。あなた自身が作ってもよく、新しい心で歌うだけでもかまいません。多くの詩篇がこの招きを繰り返しており、賛美が絶えず新しくされるべきものだと示しています。

詩篇33篇はどのように祈ればよいですか

1節から3節で、神のために歌ったり楽器を奏でたりして始めます。次に9節を黙想します。神がみことばによって創造されたのなら、あなたの状況に何をなさるでしょうか。最後に20節から22節で、あなたのたましいは主を待ち望みますと宣言し、恵みを注いでくださるよう祈って終えます。

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