はじめに
周りのすべてが動いているとき、一つの問いが繰り返し浮かびます。神に頼ってよいのだろうか、と。聖書は、神について絶えず使う一つの言葉で答えます。真実、です。神は、ご自分の言葉に、契約に、召した人々に、たとえ彼らが倒れても、真実であられます。これは数ある性質のうちの一つではなく、信頼のすべてを支える土台です。このページでは、口語訳の聖書から25の言葉を五つの段階に分けて紹介します。変わることのない神、約束を果たされる神、契約といつくしみに真実な神、私たちが失敗しても真実であり続ける神、そして始めたことを完成される神です。神が約束を守ってくださると信じる必要のある具体的な状況を思い浮かべながら読んでください。それぞれの解説で、だれが、どんな状況で語ったのかを説明しています。
変わることのない神
1. 民数記23章19節
「神は人のように偽ることはなく、また人の子のように悔いることもない。言ったことで、行わないことがあろうか、語ったことで、しとげないことがあろうか。」
モアブの王は、イスラエルをのろわせるために預言者バラムに金を払いました。バラムは、神は言葉を翻さないと答えます。「神は人のように偽ることはなく」、言われたことは必ず行われます。人の言葉は気分によって変わりますが、神の言葉は変わりません。 民数記23章を全文で読む。
2. マラキ書3章6節
「主なるわたしは変ることがない。それゆえ、ヤコブの子らよ、あなたがたは滅ぼされない。」
神は、自分に仕えることに疲れた不誠実な民に語ります。彼らが生き延びている理由を思い出させます。「主なるわたしは変ることがない」。だからヤコブの子らは滅ぼされなかったのです。神の真実は、神を忘れる人々さえも支えています。 マラキ書3章を全文で読む。
3. ヤコブの手紙1章17節
「あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下って来る。父には、変化とか回転の影とかいうものはない。」
ヤコブは試練の中で、神が苦しみの源だと思いそうになっていた信者たちに書いています。あらゆる完全な賜物は上から、光の父から下って来ると答え、「父には、変化とか回転の影とかいうものはない」と言います。星は動きますが、神には変化の影がありません。 ヤコブの手紙1章を全文で読む。
4. ヘブル人への手紙13章8節
「イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない。」
ヘブル人への手紙の著者は、信者たちに以前の指導者たちを思い出すよう求めたばかりです。その実際的な勧めの中心に、一つの宣言を置きます。「イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない」。キリストが彼らにとって何であったか、それはあなたにとってもそうです。 ヘブル人への手紙13章を全文で読む。
5. 申命記32章4節
「主は岩であって、そのみわざは全く、その道はみな正しい。主は真実なる神であって、偽りなく、義であって、正である。」
モーセは死の前に、民が神がだれであるかを忘れないよう、歌を歌います。神を岩と呼び、そのみわざは完全で、その道はみな正しいと言います。「主は真実なる神であって、偽りなく」。岩は、沈む心配なく土台にできるものです。 申命記32章を全文で読む。
約束を果たされる神
6. ヨシュア記21章45節
「主がイスラエルの家に約束されたすべての良いことは、一つとしてたがわず、みな実現した。」
ヨシュア記は、長年の戦いを経た総括で終わります。語り手は、主がイスラエルの家に約束されたすべての良いことが、「一つとしてたがわず、みな実現した」と記します。何世紀も前にアブラハムに与えられた約束が、遅く見えても、ついに成就したのです。 ヨシュア記21章を全文で読む。
7. 列王紀上8章56節
「「主はほむべきかな。主はすべて約束されたように、その民イスラエルに太平を賜わった。そのしもべモーセによって仰せられたその良き約束は皆一つもたがわなかった。」
ソロモンは神殿奉献の際に民を祝福します。モーセを通して与えられたすべての約束を思い起こします。「その良き約束は皆一つもたがわなかった」。神の約束は、感謝をもって過去を振り返るとき、確かめられます。 列王紀上8章を全文で読む。
8. ヨシュア記23章14節
「見よ、今日、わたしは世の人のみな行く道を行こうとする。あなたがたがみな、心のうちにまた、肝に銘じて知っているように、あなたがたの神、主が、あなたがたについて約束されたもろもろの良いことで、一つも欠けたものはなかった。みなあなたがたに臨んで、一つも欠けたものはなかった。」
年老いたヨシュアは民に別れを告げます。各自が自分の心の中で確かめられる証言を挙げます。神の良い言葉は一つとして落ちなかった、と。彼の最後の助言は、自分たちの力ではなく、この神の真実を覚えておくことでした。 ヨシュア記23章を全文で読む。
9. コリント人への第二の手紙1章20節
「なぜなら、神の約束はことごとく、彼において「しかり」となったからである。だから、わたしたちは、彼によって「アァメン」と唱えて、神に栄光を帰するのである。」
パウロは、予定を変えたと責めるコリントの人々に対して、自分の信頼性を弁護しなければなりませんでした。神の約束はことごとく、キリストにおいて「しかり」となると宣言します。あなたの信頼の土台は心の状態ではなく、イエスという方です。 コリント人への第二の手紙1章を全文で読む。
10. テトスへの手紙1章2節
「偽りのない神が永遠の昔に約束された永遠のいのちの望みに基くのである。」
パウロはテトスへの手紙の冒頭で、永遠のいのちの望みについて語ります。それは、永遠の昔に、偽りのない神によって約束されたものです。キリスト者の望みの根拠は楽観ではなく、約束してくださる方の性格です。 テトスへの手紙1章を全文で読む。
契約といつくしみに真実な神
11. 申命記7章9節
「それゆえあなたは知らなければならない。あなたの神、主は神にましまし、真実の神にましまして、彼を愛し、その命令を守る者には、契約を守り、恵みを施して千代に及び、」
モーセは民に、選びは彼らの偉大さではなく神の愛によるのだと思い出させます。神は「真実の神にましまして」、ご自分を愛する者には契約を守り、恵みを千代に及ぼされると知ってほしいのです。神の約束は、一生をはるかに超えて及びます。 申命記7章を全文で読む。
12. 詩篇89篇1-2節
「主よ、わたしはとこしえにあなたのいつくしみを歌い、わたしの口をもってあなたのまことを よろずよに告げ知らせます。 あなたのいつくしみはとこしえに堅く立ち、あなたのまことは天のように ゆるぐことはありません。」
詩篇の作者は、主のいつくしみをとこしえに歌うと告げます。「わたしの口をもってあなたのまことをよろずよに告げ知らせます」。この決意は、不安な時を通る詩篇の前に置かれています。神の真実を歌うことは、その日の状況に左右されない選択です。 詩篇89篇を全文で読む。
13. 詩篇100篇5節
「主は恵みふかく、そのいつくしみはかぎりなく、そのまことはよろず代に及ぶからである。」
この短い賛美の詩篇は、全地に喜んで神に仕えるよう呼びかけます。三つの理由で締めくくります。主は恵みふかく、そのいつくしみはかぎりなく、「そのまことはよろず代に及ぶ」からです。神を知った家庭はみな、そこに途切れない鎖を見いだします。 詩篇100篇を全文で読む。
14. 詩篇33篇4節
「主のみことばは直く、そのすべてのみわざは真実だからである。」
詩篇の作者は理由を挙げて賛美を促します。主の言葉は直く、その働きは信頼できます。言い換えれば、「そのすべてのみわざは真実だ」ということです。神のわざに欠陥はなく、神が決めたことは宙に浮いたままになりません。 詩篇33篇を全文で読む。
15. 詩篇119篇89-90節
「主よ、あなたのみ言葉は 天においてとこしえに堅く定まり、 あなたのまことはよろずよに及びます。あなたが地を定められたので、地は堅く立っています。」
御言をたたえる長い詩は、御言が天においてとこしえに堅く定まっていると語ります。続いて、その永続性を創造と結びつけます。「あなたのまことはよろずよに及びます」。堅く立っている地そのものが、神の変わらなさを証ししています。 詩篇119篇を全文で読む。
私たちが失敗しても真実な神
16. テモテへの第二の手紙2章13節
「たとい、わたしたちは不真実であっても、彼は常に真実である。彼は自分を偽ることが、できないのである」。」
パウロは、獄中から、初代教会の歌と思われるものを引用します。そこから慰めに満ちた結論を引き出します。「たとい、わたしたちは不真実であっても、彼は常に真実である」。神はご自分を偽ることがありません。あなたの弱さは現実でも、神が何者であるかを取り消すことはできません。 テモテへの第二の手紙2章を全文で読む。
17. ローマ人への手紙3章3-4節
「すると、どうなるのか。もし、彼らのうちに不真実の者があったとしたら、その不真実によって、神の真実は無になるであろうか。 断じてそうではない。あらゆる人を偽り者としても、神を真実なものとすべきである。それは、「あなたが言葉を述べるときは、義とせられ、あなたがさばきを受けるとき、勝利を得るため」と書いてあるとおりである。」
パウロは、イスラエルの不信仰が神の約束を取り消したのかと問います。答えは断固としています。「断じてそうではない」。問いは「その不真実によって、神の真実は無になるであろうか」です。答えはいいえです。神の真実は、人間の応答に左右されないからです。 ローマ人への手紙3章を全文で読む。
18. ヨハネの第一の手紙1章9節
「もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる。」
ヨハネは、罪を知っている信者たちに書いています。具体的な約束を差し出します。「神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし」てくださる、と。ここでは神の真実が赦しを保証します。神が赦されるのは、私たちにふさわしさがあるからではなく、約束されたからです。 ヨハネの第一の手紙1章を全文で読む。
19. コリント人への第一の手紙10章13節
「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。」
パウロは、荒野のイスラエル人と同じ過ちに誘われていたコリントの人々に語ります。神は真実であり、「耐えられないような試錬に会わせることはない」と思い出させます。誘惑は現実ですが、神は耐えられるように、のがれる道も備えてくださいます。 コリント人への第一の手紙10章を全文で読む。
20. コリント人への第一の手紙1章9節
「神は真実なかたである。あなたがたは神によって召され、御子、わたしたちの主イエス・キリストとの交わりに、はいらせていただいたのである。」
パウロは、分裂して未熟な教会に語りかけ、このあと厳しく戒めます。それでも冒頭は信頼の宣言から始まります。「神は真実なかたである」。あなたがたは神によって召され、御子との交わりにはいらせていただいたのです。不完全な共同体も、それを召された方の真実によって保たれています。 コリント人への第一の手紙1章を全文で読む。
始めたことを完成される神
21. テサロニケ人への第一の手紙5章23-24節
「どうか、平和の神ご自身が、あなたがたを全くきよめて下さるように。また、あなたがたの霊と心とからだとを完全に守って、わたしたちの主イエス・キリストの来臨のときに、責められるところのない者にして下さるように。 あなたがたを召されたかたは真実であられるから、このことをして下さるであろう。」
パウロは手紙を祈りで締めくくります。神が信者たちを、霊も心もからだも、全く聖別してくださるようにと。そしてすぐに保証を添えます。「あなたがたを召された」方は真実であり、それを成し遂げてくださるのです。約束された変化は、あなたの個人的な計画ではなく、神のご計画です。 テサロニケ人への第一の手紙5章を全文で読む。
22. ヘブル人への手紙6章17-18節
「そこで、神は、約束のものを受け継ぐ人々に、ご計画の不変であることを、いっそうはっきり示そうと思われ、誓いによって保証されたのである。 それは、偽ることのあり得ない神に立てられた二つの不変の事がらによって、前におかれている望みを捕えようとして世をのがれてきたわたしたちが、力強い励ましを受けるためである。」
著者は、約束を受け継ぐ人々を安心させるため、神が御言に誓いを添えられたと説明します。この二つは変わらないものであり、神には「偽ることのあり得ない」お方です。信じる者にとって、これは、前に置かれた望みを捕える強い励ましとなります。 ヘブル人への手紙6章を全文で読む。
23. 詩篇138篇8節
「主はわたしのために、みこころをなしとげられる。主よ、あなたのいつくしみは とこしえに絶えることはありません。あなたのみ手のわざを捨てないでください。」
闘いも過ちも知っていたダビデは、この感謝の詩篇を一つの確信で締めくくります。主は自分のために事を成し遂げてくださり、そのいつくしみはとこしえに続く、と。最後の祈りは単純です。「あなたのみ手のわざを捨てないでください」。神は仕事を未完のまま放り出されません。 詩篇138篇を全文で読む。
24. イザヤ書25章1節
「主よ、あなたはわが神、わたしはあなたをあがめ、み名をほめたたえる。あなたはさきに驚くべきみわざを行い、いにしえから定めた計画を 真実をもって行われたから。」
イザヤは裁きを告げた後に目を上げ、神のすばらしいわざを賛美します。「いにしえから定めた計画を真実をもって行われた」と見ています。神が昔から計画されたことは、道が暗い時期を通っていても、必ず実現します。 イザヤ書25章を全文で読む。
25. 詩篇57篇10節
「あなたのいつくしみは大きく、天にまで及び、あなたのまことは雲にまで及びます。」
ダビデは、サウルに追われて洞穴の中でこの詩篇を書きました。恐れのただ中で目を上げます。「あなたのまことは雲にまで及びます」。彼が描くその広大さは、目の前の状況をはるかに超えています。地平が自分の問題だけに狭まるとき、神の真実はもっと高く見るよう招いています。 詩篇57篇を全文で読む。
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よくある質問
聖書で「神は真実である」とはどういう意味ですか。
神は、何が起きても、ご自分の言葉に、契約に、召した人々に真実であり続けるという意味です。変わらず、偽らず、始めたことを成し遂げられます。申命記7章9節は、千代に及んで契約を守る真実の神について語っています。
私たちが真実でないときも、神は真実であり続けますか。
はい、聖書ははっきりと断言しています。「たとい、わたしたちは不真実であっても、彼は常に真実である。彼は自分を偽ることが、できないのである」(テモテへの第二の手紙2章13節)。私たちの過ちが軽くなるわけではありませんが、ヨハネの第一の手紙1章9節の赦しが、私たちの真実ではなく神の真実に基づくことを保証します。
失望した後、神の真実への信頼をどう取り戻せばよいですか。
ヨシュアのように、過去を振り返り、神がすでにあなたのためにしてくださったことを書き出してください。哀歌3章や詩篇89篇のような、危機のただ中で書かれた箇所をゆっくり読み返しましょう。失望を率直に神に告げ、信頼を新しくしてくださるよう願ってください。信頼は、あなたの気持ちではなく、神の真実に基づいています。