神への信頼に関する聖書の言葉25選

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はじめに

神を信頼することは、心地よい感情で終わるものではありません。神が語られたこと、そして神がなさったことに支えられた決断です。口語訳で引用したこの25の聖書の言葉は、信頼の五つの側面をたどります。心をつくして神にゆだねること、恐れが押し寄せるときに神を避け所とすること、神の真実に寄り頼むこと、すべてが見えなくても信仰によって歩むこと、そして神がご自分のみわざを成し遂げてくださるという確信を持ち続けることです。ひと息に通して読んでもよいですし、ひとつを暗唱しても、一節ずつ祈ってもかまいません。

心をつくして神に信頼する

1. 箴言3章5-6節

「心をつくして主に信頼せよ、自分の知識にたよってはならない。 すべての道で主を認めよ、そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」

知恵ある父が、息子に大切なことを伝えています。招きは二つあります。心をつくして信頼すること、そして自分の知識だけにたよることをやめることです。すべての道で主を認めるとき、あなたが自分で描いたであろう道よりもまっすぐな道を、神が備えてくださいます。 箴言3章を全文で読む。

2. 詩篇37篇5節

「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ、主はそれをなしとげ、」

ダビデは、悪しき者の繁栄に心を乱される人々に向けて書いています。「あなたの道を主にゆだねよ」と勧め、ひとりで計画を抱え込むことをやめるよう促します。その後には、神が事を行ってくださるという約束が続きます。案件も、決断も、待ち望んでいることも、ゆだねるとは、本当に手放すことを受け入れることです。 詩篇37篇を全文で読む。

3. イザヤ書26章3-4節

「あなたは全き平安をもって こころざしの堅固なものを守られる。彼はあなたに信頼しているからである。 とこしえに主に信頼せよ、主なる神はとこしえの岩だからである。」

預言者は、神に目を留め続ける民に約束された平安を歌っています。この平安は、まるで念を押すかのように二度繰り返され、信頼と結びついています。その根拠は確かです。主は「とこしえの岩」であり、ほかのすべてが揺らぐときにも動かない支えだからです。 イザヤ書26章を全文で読む。

4. エレミヤ書17章7-8節

「おおよそ主にたより、主を頼みとする人はさいわいである。 彼は水のほとりに植えた木のようで、その根を川にのばし、暑さにあっても恐れることはない。その葉は常に青く、ひでりの年にも憂えることなく、絶えず実を結ぶ」。」

エレミヤは二つの生き方を対比させていますが、ここに描かれているのは、水のほとりに植えられた木です。その根は流れに向かって伸びているので、日照りにも脅かされません。信頼は、厳しい季節をなくしてはくれません。けれども、その季節が続くあいだも、あなたが実を結び続けることを保証してくれます。 エレミヤ書17章を全文で読む。

5. 詩篇118篇8-9節

「主に寄り頼むは人にたよるよりも良い。 主に寄り頼むはもろもろの君にたよるよりも良い。」

この二つの節は、同じことを二度語っています。最初は普通の人々について、次には権力者たちについてです。主に寄り頼むことは、人にたよるよりも「良い」のです。これは人の助けを軽んじることではありません。それをふさわしい位置、つまり二番目に置くということです。 詩篇118篇を全文で読む。

恐れが押し寄せるときの避け所

6. 詩篇56篇3-4節

「わたしが恐れるときは、あなたに寄り頼みます。 わたしは神によって、そのみ言葉をほめたたえます。わたしは神に信頼するゆえ、恐れることはありません。肉なる者はわたしに何をなし得ましょうか。」

ダビデはこの詩を、ガテでペリシテ人に捕らえられ、実際に危険のただ中にいるときに書きました。彼は恐れていないふりをしません。「わたしが恐れるときは、あなたに寄り頼みます」。信頼は恐れに取って代わるものではなく、恐れに答え、恐れに向かうべき方向を与えるものです。 詩篇56篇を全文で読む。

7. 詩篇91篇1-2節

「いと高き者のもとにある 隠れ場に住む人、全能者の陰にやどる人は 主に言うであろう、「わが避け所、わが城、わが信頼しまつるわが神」と。」

この詩は、「いと高き者のもとにある隠れ場に住む人」の安全を描いています。「住む」という動詞が大切です。走り抜けるのではなく、そこに腰を据えて暮らすのです。そして信じる者が口を開き、神は自分の避け所、城であると声に出して宣言します。とても具体的な信頼の表れです。 詩篇91篇を全文で読む。

8. ナホム書1章7節

「主は恵み深く、なやみの日の要害である。彼はご自分を避け所とする者を知っておられる。」

ナホムは、暴力的な国への裁きを告げています。その威嚇のただ中に、やさしさに満ちたひと言をはさみます。主は恵み深く、「なやみの日」の要害です。神は守ってくださるだけでなく、ご自分を避け所とする者をひとりひとり、名を呼んで知っておられます。 ナホム書1章を全文で読む。

9. 詩篇46篇1-2節

「神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。 このゆえに、たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。」

コラの子たちのこの歌は、最悪の事態を思い描いています。地が変わり、山が海の真中に移るほどの事態です。そのようなときにも、神は「悩める時のいと近き助け」です。結論は単純です。助けはすでにそこにあるのですから、試練を恐れずに通り抜けることができるのです。 詩篇46篇を全文で読む。

10. 箴言29章25節

「人を恐れると、わなに陥る、主に信頼する者は安らかである。」

この箴言は、よくある落とし穴に名前をつけています。人の目を恐れることです。それは私たちを黙らせ、屈服させ、嘘をつかせ、閉じ込めます。けれども「主に信頼する者は安らかである」のです。その人の安全はもはや誰かの承認にはよらず、変わることのない神にかかっているからです。 箴言29章を全文で読む。

神の真実に寄り頼む

11. 哀歌3章22-23節

「主のいつくしみは絶えることがなく、そのあわれみは尽きることがない。 これは朝ごとに新しく、あなたの真実は大きい。」

エレミヤは、エルサレムの廃墟のただ中でこの言葉を書きました。そのことが、言葉に特別な重みを与えています。大きな災いのなかでも、彼は神のあわれみが「朝ごとに新しく」なると語ります。昨日の蓄えで生きる必要はありません。毎日が、その日の分の真実を受けとるのです。 哀歌3章を全文で読む。

12. ローマ人への手紙8章28節

「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。」

パウロは苦しんでいるクリスチャンたちに書いていますが、すべてが良いとは言っていません。神を愛する者たちと共に働いて、神が「万事を益となるようにして下さる」と断言しているのです。全体像はまだ見えなくても、物語の作者が途中で何ひとつ失われないことは確信できます。 ローマ人への手紙8章を全文で読む。

13. エレミヤ書29章11節

「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。」

この言葉は、バビロンに捕らわれ、七十年間そこにとどまらなければならない人々に宛てられています。神は、すぐに帰れるとは約束されません。約束されたのは、まだ故郷から遠い民への「平安」の計画です。ここでの信頼とは、長い待ち時間の中にも、神が備えてくださった将来があると信じることです。 エレミヤ書29章を全文で読む。

14. 詩篇23篇4節

「たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。」

羊飼いだったダビデは、経験者として語ります。群れを守り、獣とも戦いました。「死の陰の谷」は、避けて通るのではなく、歩み通すものだと知っています。安心を与えるのは、危険がないことよりも、むちとつえを持って共にいてくださる神の臨在です。 詩篇23篇を全文で読む。

15. 詩篇9篇10節

「み名を知る者はあなたに寄り頼みます。主よ、あなたを尋ね求める者を あなたは捨てられたことがないからです。」

神のみ名を知ることは、神の性質を知ることです。その恵み深さ、正しさ、真実を知ることです。この詩は、信頼はその知識から生まれると語ります。神と親しく過ごすほど、神に寄り頼むことは自然になります。「あなたを尋ね求める者を あなたは捨てられたことがない」からです。 詩篇9篇を全文で読む。

すべてが見えなくても信仰によって歩む

16. ヘブル人への手紙11章1節

「さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。」

著者は、信仰の英雄たちを語る有名な章を、簡潔な定義で始めています。信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することです。信仰は証拠を作り出すのではなく、約束してくださったかたの言葉に立つのです。 ヘブル人への手紙11章を全文で読む。

17. コリント人への第二の手紙5章7節

「わたしたちは、見えるものによらないで、信仰によって歩いているのである。」

パウロは、死と永遠について語ったばかりです。どちらも、目で確かめることのできない現実です。そこで彼はクリスチャンの生き方をひとことでまとめます。「見えるものによらないで、信仰によって歩いている」。すべての答えを持たないまま、答えを知っておられるかたに寄り頼んで進むのです。 コリント人への第二の手紙5章を全文で読む。

18. ヘブル人への手紙10章23節

「また、約束をして下さったのは忠実なかたであるから、わたしたちの告白する望みを、動くことなくしっかりと持ち続け、」

この言葉は、迫害を受けて疲れ果て、あきらめそうになっている信者たちに向けられています。呼びかけは単純です。告白する望みを、動くことなくしっかりと持ち続けましょう。確かさは私たちからではなく、約束してくださったかたから来るからです。私たちが持ちこたえられるのは、性格の強さではなく、神の真実のゆえです。 ヘブル人への手紙10章を全文で読む。

19. ヨハネによる福音書14章1節

「「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。」

イエスは、捕らえられる数時間前の弟子たちに語っています。彼らの世界が崩れようとしているときです。イエスは、強くあれとは求めません。「神を信じ、またわたしを信じなさい」と言われます。心が騒ぐとき、最初の答えは、未来を握っておられるかたに向き直ることです。 ヨハネによる福音書14章を全文で読む。

20. 詩篇20篇7節

「ある者は戦車を誇り、ある者は馬を誇る。しかしわれらは、われらの神、主のみ名を誇る。」

古代において、戦車や馬は現代の軍隊にあたるもの、本当の安全でした。イスラエルの民は別のものを選びます。「われらの神、主のみ名を誇る」と宣言するのです。信頼は、圧力が高まったときにまず何をあてにするかに現れます。私たちの予算でしょうか、人間関係でしょうか、それとも神でしょうか。 詩篇20篇を全文で読む。

神がみわざを成し遂げてくださるという確信

21. ピリピ人への手紙1章6節

「そして、あなたがたのうちに良いわざを始められたかたが、キリスト・イエスの日までにそれを完成して下さるにちがいないと、確信している。」

パウロは、愛していて、喜びをもって思い出すピリピの教会に書き送っています。あなたがたのうちに「良いわざ」を始められたかたが、それを完成してくださるにちがいないと確信しています。結末を心配する必要はありません。神は仕事を途中で放り出さないかたです。あなたの人生という仕事も同じです。 ピリピ人への手紙1章を全文で読む。

22. テモテへの第二の手紙1章12節

「そのためにまた、わたしはこのような苦しみを受けているが、それを恥としない。なぜなら、わたしは自分の信じてきたかたを知っており、またそのかたは、わたしにゆだねられているものを、かの日に至るまで守って下さることができると、確信しているからである。」

パウロは獄中にあり、終わりが近づいています。それでも恥とはしません。その理由は個人的なものです。「わたしは自分の信じてきたかたを知っており」。彼の確信は、理論や感情ではなく、決して失敗したことのないかたとの、長年の関係に基づいています。 テモテへの第二の手紙1章を全文で読む。

23. ローマ人への手紙15章13節

「どうか、望みの神が、信仰から来るあらゆる喜びと平安とを、あなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを、望みにあふれさせて下さるように。」

この祝福は、ローマ人への手紙を結ぶ祈りの形をとっています。パウロは、望みの神が読者を、信仰から来る喜びと平安で満たしてくださるようにと願います。信頼は意志の努力ではなく、聖霊のみわざでもあり、あなたはそれを求めることができます。 ローマ人への手紙15章を全文で読む。

24. 詩篇125篇1節

「主に信頼する者は、動かされることなくて、とこしえにあるシオンの山のようである。」

この歌は、丘に囲まれたエルサレムへ上る巡礼者たちが歌ったものです。主に信頼する者は、「動かされることなくて、とこしえにある」シオンの山にたとえられています。その安定は、自分の力によるのではなく、神に根ざしていることから来ます。 詩篇125篇を全文で読む。

25. 詩篇62篇8節

「民よ、いかなる時にも神に信頼せよ。そのみ前にあなたがたの心を注ぎ出せ。神はわれらの避け所である。」

ダビデは、すべての「民」に、「いかなる時にも」神に信頼するよう呼びかけています。それは、良い日にも悪い日にもということで、緊急のときだけではありません。彼は方法も示しています。神のみ前に心を注ぎ出すのです。重荷となっていることを正直に神に告げなさい。神は避け所だからです。 詩篇62篇を全文で読む。

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よくある質問

恐れているとき、どうすれば神を信頼できますか。

恐れをなくすのではなく、詩篇56篇のダビデのように恐れに答えるのです。「わたしが恐れるときは、あなたに寄り頼みます」。感じていることを神に話し、神の約束を書き留めて思い起こし、そして小さくてもよいので、具体的な一歩を踏み出してください。

神への信頼について最もよい聖書の言葉はどれですか。

箴言3章5-6節です。心をつくして主に信頼し、自分の知識にたよらず、すべての道で主を認めることを教えています。不安や恐れに支配されそうなときには、イザヤ書26章3-4節詩篇56篇3-4節もとても愛されています。

心をつくして神を信頼するとは、どういうことですか。

隠れた予備の計画を持たず、決断のときも試練のときも神にゆだねることです。考えたり行動したりすることをやめるという意味ではありません。自分の理屈よりも先に神の導きを求め、そのうえで神の答えを受け入れるということです。

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