聖書 — 口語訳 (1955)

エレミヤ書 17

概要

エレミヤ書17章は、二つの生き方を対比します。ユダの罪は、鉄の筆でしるされたように民の心に刻まれ、神は裁きを告げられます。続いて預言者は、人を頼みとする人を荒野の小さい木にたとえ、主を頼みとする人を水のほとりに植えた木にたとえます。そのあと、偽りに満ちた心への指摘があり、いやされることを願うエレミヤの祈りが続きます。章は、安息日を聖別するようにという呼びかけで結ばれます。

この章の5つの区分

  1. 1-4節心に刻まれたユダの罪と、その結果
  2. 5-8節人を頼みとする者はのろわれ、主を頼みとする者は幸いである
  3. 9-13節神が探られる偽る心と、生ける水の源
  4. 14-18節反対に直面するエレミヤの祈り
  5. 19-27節安息日を聖別するようにとの呼びかけ

1「ユダの罪は、鉄の筆、金剛石のとがりをもってしるされ、彼らの心の碑と、祭壇の角に彫りつけられている。

2彼らの子供たちは青木の下と、高い丘の上、野の山の上にある祭壇とアシラのことを覚えている。

3わたしはあなたの富とすべての宝とを、あなたの全領域の内で犯した罪の代価として、ぶんどり物とならせる。

4わたしがあなたに与えた嗣業からあなたは手をはなすようになる。またわたしは、あなたの知らない地で、あなたの敵に仕えさせる。わたしの怒りによって、火は点じられ、いつまでも燃え続けるからである」。

5主はこう言われる、「おおよそ人を頼みとし肉なる者を自分の腕とし、その心が主を離れている人は、のろわれる。

6彼は荒野に育つ小さい木のように、何も良いことの来るのを見ない。荒野の、干上がった所に住み、人の住まない塩地にいる。

7おおよそ主にたより、主を頼みとする人はさいわいである。

8彼は水のほとりに植えた木のようで、その根を川にのばし、暑さにあっても恐れることはない。その葉は常に青く、ひでりの年にも憂えることなく、絶えず実を結ぶ」。

9心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている。だれがこれを、よく知ることができようか。

10「主であるわたしは心を探り、思いを試みる。おのおのに、その道にしたがい、その行いの実によって報いをするためである」。

11しゃこが自分が産んだのではない卵を抱くように、不正な財産を得る者がある。その人は一生の半ばにそれから離れて、その終りには愚かな者となる。

12初めから高くあげられた栄えあるみ座は、われわれの聖所のある所である。

13またイスラエルの望みである主よ、あなたを捨てる者はみな恥をかき、あなたを離れる者は土に名をしるされます。それは生ける水の源である主を捨てたからです。

14主よ、わたしをいやしてください、そうすれば、わたしはいえます。わたしをお救いください、そうすれば、わたしは救われます。あなたはわたしのほめたたえる者だからです。

15彼らはわたしに言います、「主の言葉はどこにあるのか。今、それを出して見せよ」と。

16悪をつかわされるようにとは、わたしはたって求めませんでした。また災の日を願わなかったのを、あなたはごぞんじです。わたしのくちびるから出たことは、み前にあります。

17どうか、わたしを恐れさせないでください。災のときに、あなたはわたしののがれ場です。

18わたしを攻め悩ます者をはずかしめてください。しかしわたしをはずかしめないでください。彼らを恐れさせてください。しかしわたしを恐れさせないでください。災の日を彼らにきたらせ、滅びを倍にして彼らを滅ぼしてください。

19主はわたしにこう言われた、「行って、ユダの王たちの出入りするベニヤミンの門、およびエルサレムのすべての門に立って、

20言いなさい、『これらの門からはいるユダの王たち、およびユダのすべての民とエルサレムに住むすべての者よ、主の言葉を聞きなさい。

21主はこう言われる、命が惜しいならば気をつけるがよい。安息日に荷をたずさえ、またはそれを持ってエルサレムの門にはいってはならない。

22また安息日にあなたがたの家から荷を運び出してはならない。なんのわざをもしてはならない。わたしがあなたがたの先祖に命じたように安息日を聖別して守りなさい。

23しかし彼らは従わず耳を傾けず、聞くことも、戒めをうけることをも強情に拒んだ。

24主は言われる、もしあなたがたがわたしに聞き従い、安息日に荷をたずさえてこの町の門にはいらず、安息日を聖別して、なんのわざをもしないならば、

25ダビデの位に座する王たち、つかさたち、ユダの人々、エルサレムに住む者は、車と馬に乗ってこの町の門からはいることができる。そしてこの町には長く人が住むようになる。

26また人々はユダの町々やエルサレムの周囲、ベニヤミンの地、平地と山地およびネゲブから来て燔祭、犠牲、素祭、乳香、感謝祭をたずさえて主の家にはいる。

27しかし、もしあなたがたがわたしに聞き従わないで、安息日を聖別して守ることをせず、安息日に荷をたずさえてエルサレムの門にはいるならば、わたしは火をその門の中に燃やして、エルサレムのもろもろの宮殿を焼き滅ぼす。その火は消えることがない』」。

鍵となる聖句

5-6節
主はこう言われる、「おおよそ人を頼みとし肉なる者を自分の腕とし、その心が主を離れている人は、のろわれる。 彼は荒野に育つ小さい木のように、何も良いことの来るのを見ない。荒野の、干上がった所に住み、人の住まない塩地にいる。

預言者は、人を頼みとし、心が主を離れている人の生き方を、乾いた荒野にたとえます。問題は、神以外のものに信頼を置くことです。

7-8節
おおよそ主にたより、主を頼みとする人はさいわいである。 彼は水のほとりに植えた木のようで、その根を川にのばし、暑さにあっても恐れることはない。その葉は常に青く、ひでりの年にも憂えることなく、絶えず実を結ぶ」。

これと反対に、主を頼みとする人は、水のほとりに植えた木のようで、その根を川にのばします。ひでりの年にも、絶えず実を結びます。

9節
心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている。だれがこれを、よく知ることができようか。

この節は、心がよろずの物よりも偽るものだと語ります。謙遜になり、心を知り、きよめることのできる唯一のおかたである神の恵みに頼るよう招いています。

13節
またイスラエルの望みである主よ、あなたを捨てる者はみな恥をかき、あなたを離れる者は土に名をしるされます。それは生ける水の源である主を捨てたからです。

神は、生ける水の源と呼ばれています。主を捨てることは、その源を離れることです。この節は、前に出てきた水のたとえを受け継いでいます。

14節
主よ、わたしをいやしてください、そうすれば、わたしはいえます。わたしをお救いください、そうすれば、わたしは救われます。あなたはわたしのほめたたえる者だからです。

エレミヤは、神ご自身に、自分をいやし、救ってくださるよう願います。この祈りは、心のもろさを語ったあとで、彼が望みをどこに置いているかを示しています。

説教が語っていること

エレミヤ書17章についてよくある質問

エレミヤ書17章9節の、心が偽るものとはどういう意味ですか。

この節は、心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっていると語り、だれがこれをよく知ることができようかと問います。人に価値がないと言っているのではなく、人が自分自身について間違えやすいと言っています。次の節は、神が心を探られると加えています。謙遜になり、神に頼るよう招いています。

エレミヤ書17章8節の、水のほとりに植えた木は何を表していますか。

この木は、主を頼みとする人を表します。根が川にのびているので、暑さを恐れず、ひでりの年にも葉は青いままです。このたとえは、試練がないことを約束するのではなく、神への信頼によって耐え抜き、実を結び続けられることを語っています。

エレミヤ書17章はなぜ安息日について語るのですか。

章の終わりで、神はエルサレムに、安息日に荷を運ばず、それを聖別するよう求められます。従うことは、町の祝福の条件として示され、従わないことは裁きのもとになります。ここで安息日は、神のことばに耳を傾けているかどうかの試金石となっています。

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