はじめに
洗礼は、みんなの前で公に信仰を言い表す大切な日です。口語訳で引用するこの20の聖書の言葉は、式で朗読したり、洗礼を受けた方に贈ったり、カードに書き添えたりするのに役立ちます。五つの面に分かれています。イエスの模範と命令、洗礼の意味、新しい命、神の家族への所属、そしてこれからの歩みへの祝福の言葉です。
イエスの模範と命令
1. マタイによる福音書3章16-17節
「イエスはバプテスマを受けるとすぐ、水から上がられた。すると、見よ、天が開け、神の御霊がはとのように自分の上に下ってくるのを、ごらんになった。 また天から声があって言った、「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」。」
イエスはヨハネからバプテスマを受け、御霊がはとのように下り、父が天から語られます。キリストの洗礼は、三つの神の位格がその場におられたことを示しています。父は「わたしの愛する子」を喜ばれ、その足跡に従う人々をも喜んでくださいます。 マタイによる福音書3章を全文で読む。
2. マタイによる福音書28章19-20節
「それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、 あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」。」
弟子たちのもとを去る前に、イエスは「父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し」、弟子とするよう命じられます。洗礼は宣教の一部です。そして洗礼を受けた人には約束が続きます。「わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいる」。 マタイによる福音書28章を全文で読む。
3. マルコによる福音書16章16節
「信じてバプテスマを受ける者は救われる。しかし、不信仰の者は罪に定められる。」
イエスは信仰とバプテスマを結びつけます。「信じてバプテスマを受ける者は救われる」。信仰が土台であり、洗礼はその公の表明です。洗礼は魔術的な儀式ではなく、信じた人に自然に伴う従順の一歩です。 マルコによる福音書16章を全文で読む。
4. 使徒行伝2章38節
「すると、ペテロが答えた、「悔い改めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが罪のゆるしを得るために、イエス・キリストの名によって、バプテスマを受けなさい。そうすれば、あなたがたは聖霊の賜物を受けるであろう。」
ペンテコステの日、わたしたちは何をすべきかという問いに、ペテロは三つのことで答えます。悔い改めること、バプテスマを受けること、聖霊を受けることです。洗礼には「罪のゆるし」が伴い、神の前でも人の前でも新しい出発を刻みます。 使徒行伝2章を全文で読む。
キリストと共に死に、共によみがえる
5. ローマ人への手紙6章3-4節
「それとも、あなたがたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。 すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。」
パウロは洗礼の深い意味を説明します。水に沈むことは、キリストと共に葬られることを表します。水から上がるとき、信じる者はその復活にあずかり、「新しいいのちに生きる」のです。外側の行為が、神が内側でなさったことを物語っています。 ローマ人への手紙6章を全文で読む。
6. コロサイ人への手紙2章12節
「あなたがたはバプテスマを受けて彼と共に葬られ、同時に、彼を死人の中からよみがえらせた神の力を信じる信仰によって、彼と共によみがえらされたのである。」
パウロはコロサイの人々に書きます。「バプテスマを受けて彼と共に葬られ」、また「彼と共によみがえらされた」のだと。この復活は「神の力を信じる信仰によって」受けるものです。洗礼を受ける人は、自分の力ではなく神に頼っているのです。 コロサイ人への手紙2章を全文で読む。
7. ローマ人への手紙6章11節
「このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである。」
洗礼を説明したあと、パウロは実際的な結論を引き出します。自分は「罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者」と認めなさい、と。毎日の見方の選択であり、過去の古い習慣に打ち勝つ、受け取ったアイデンティティです。 ローマ人への手紙6章を全文で読む。
8. ガラテヤ人への手紙3章27節
「キリストに合うバプテスマを受けたあなたがたは、皆キリストを着たのである。」
パウロは衣服のたとえを用います。「皆キリストを着たのである」。洗礼を受けた人はもはや自分の功績をまとうのではなく、イエスの功績をまとっています。神の前ではキリストを通して見られ、その名を負う方に日ごとに似ていくことを学びます。 ガラテヤ人への手紙3章を全文で読む。
清められ、新しくされた命
9. コリント人への第二の手紙5章17節
「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。」
パウロはきっぱりと言います。「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である」。古いものは過ぎ去り、すべてが新しくなりました。この言葉は洗礼のカードにぴったりです。単なる象徴ではなく、現実の変化を告げているからです。 コリント人への第二の手紙5章を全文で読む。
10. エゼキエル書36章25-26節
「わたしは清い水をあなたがたに注いで、すべての汚れから清め、またあなたがたを、すべての偶像から清める。 わたしは新しい心をあなたがたに与え、新しい霊をあなたがたの内に授け、あなたがたの肉から、石の心を除いて、肉の心を与える。」
イエスの何世紀も前に、神は民に「清い水」を注いですべての汚れから清め、さらに「新しい心」を与えると約束されました。水は清めを、御霊は神を愛することのできる心を与えます。洗礼は、この二重の約束の目に見えるしるしです。 エゼキエル書36章を全文で読む。
11. テトスへの手紙3章5節
「わたしたちの行った義のわざによってではなく、ただ神のあわれみによって、再生の洗いを受け、聖霊により新たにされて、わたしたちは救われたのである。」
パウロは、救いは私たちの行った義のわざによるのではなく、ただ神の「あわれみ」によると思い出させます。そして「聖霊により新たにされて」と語ります。洗礼を受ける人は何も稼いでいません。贈り物を受けるのであり、それが喜びの源です。 テトスへの手紙3章を全文で読む。
12. エペソ人への手紙4章22-24節
「すなわち、あなたがたは、以前の生活に属する、情欲に迷って滅び行く古き人を脱ぎ捨て、 心の深みまで新たにされて、 真の義と聖とをそなえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである。」
パウロは「古き人」を脱ぎ捨て、「神にかたどって造られた新しき人」を着るよう勧めます。服を替えるように、古いものを脱いで新しいものを身につけるのです。洗礼は、この交換を決意し、生き始める良い機会です。 エペソ人への手紙4章を全文で読む。
信じる者の家族の中の神の子
13. エペソ人への手紙4章4-6節
「からだは一つ、御霊も一つである。あなたがたが召されたのは、一つの望みを目ざして召されたのと同様である。 主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ。 すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのものの内にいます、すべてのものの父なる神は一つである。」
パウロは、すべての信じる者を結ぶものを数えます。「主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ」、そして「すべてのものの父なる神は一つ」。洗礼を受ける人は、友人の集まりに加わるのではなく、国境も世代もこえる普遍的な家族に加わるのです。 エペソ人への手紙4章を全文で読む。
14. コリント人への第一の手紙12章13節
「なぜなら、わたしたちは皆、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つの御霊によって、一つのからだとなるようにバプテスマを受け、そして皆一つの御霊を飲んだからである。」
パウロは、出身を比べ合う教会に書いています。ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つの御霊によって、一つのからだとなるようにバプテスマを受けたと思い出させます。洗礼は私たちを他の人々の隣に、同じ権利をもって置いてくれます。 コリント人への第一の手紙12章を全文で読む。
15. ヨハネによる福音書1章12節
「しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。」
ヨハネは福音の核心を示します。イエスを受けいれ、「その名を信じた人々」に、神は「神の子となる力」を与えてくださいます。これは受け取る立場であって、獲得した肩書きではありません。洗礼はそれをみんなの前で宣言します。 ヨハネによる福音書1章を全文で読む。
16. ヨハネの第一の手紙3章1節
「わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい。わたしたちは、すでに神の子なのである。世がわたしたちを知らないのは、父を知らなかったからである。」
ヨハネは感嘆します。「わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい。わたしたちは、すでに神の子なのである」。洗礼を受けた人は、これを繰り返し心に留められます。第一のアイデンティティは、してきたことではなく、神に愛されていることです。 ヨハネの第一の手紙3章を全文で読む。
カードに添えて贈りたい言葉
17. 民数記6章24-26節
「「願わくは主があなたを祝福し、あなたを守られるように。 願わくは主がみ顔をもってあなたを照し、あなたを恵まれるように。 願わくは主がみ顔をあなたに向け、あなたに平安を賜わるように」』。」
これらの言葉は、祭司たちがイスラエルの民の上に唱えたものです。聖書の中でも最も美しい祝福の一つです。「願わくは主があなたを祝福し、あなたを守られるように」。洗礼のカードに添えると、これからの道のりへの平安の願いとして読みやすい言葉です。 民数記6章を全文で読む。
18. ピリピ人への手紙1章6節
「そして、あなたがたのうちに良いわざを始められたかたが、キリスト・イエスの日までにそれを完成して下さるにちがいないと、確信している。」
パウロは「あなたがたのうちに良いわざを始められたかたが、キリスト・イエスの日までにそれを完成して下さるにちがいない」と確信しています。この言葉は、弱さを感じている洗礼を受けたばかりの人を励まします。神は始めたことを見捨てず、成長を最後まで導いてくださいます。 ピリピ人への手紙1章を全文で読む。
19. 詩篇119篇105節
「あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。」
詩人は、神の言葉を、道全体ではなく足もとを照らすともしびにたとえます。この言葉は聖書などの洗礼のプレゼントによく合います。毎日少しずつ読むことは、光の中を一歩ずつ進むことです。 詩篇119篇を全文で読む。
20. ヨシュア記24章15節
「もしあなたがたが主に仕えることを、こころよしとしないのならば、あなたがたの先祖が、川の向こうで仕えた神々でも、または、いまあなたがたの住む地のアモリびとの神々でも、あなたがたの仕える者を、きょう、選びなさい。ただし、わたしとわたしの家とは共に主に仕えます」。」
ヨシュアは、だれに仕えるかを選ぶよう民に呼びかけ、自ら立場を示します。「わたしとわたしの家とは共に主に仕えます」。洗礼は、この公の立場表明です。カードに書けば、一人の人と、その家族の選択を祝う言葉になります。 ヨシュア記24章を全文で読む。
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よくある質問
洗礼のカードには、どの聖書の言葉を選べばよいですか?
よく選ばれるのは、コリント人への第二の手紙5章17節(新しく造られた者)、ピリピ人への手紙1章6節(神がみわざを完成される)、民数記6章24-26節(祝福)、詩篇119篇105節(光としての御言葉)です。洗礼を受ける方の人柄や、今歩んでいる時期に合うものを選んでください。
聖書における洗礼の意味は何ですか?
洗礼は、信じる者がキリストの死と復活に結ばれることを表します(ローマ人への手紙6章3-4節)。清め、新しい命、神の家族への仲間入りを表現します。洗礼そのものが救うのではなく、個人的な信仰の公のしるしです。
洗礼式では、どの聖書の言葉を朗読しますか?
マタイによる福音書28章19-20節(イエスの命令)、マタイによる福音書3章16-17節(イエス自身の洗礼)、ローマ人への手紙6章3-4節(その行為の意味)、使徒行伝2章38節(悔い改めと聖霊の賜物)が最もよく読まれます。式に参列する方に、その行為の意味を説明してくれます。
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