聖書 — 口語訳 (1955)
コロサイ人への手紙 2
概要
コロサイ人への手紙2章で、パウロはキリストに何かを付け加えようとする、巧みな言葉に警告します。哲学、規則、御使い礼拝などです。キリストのうちには神の満ち満ちた徳が宿り、信じる者はキリストにあって満たされています。十字架で、キリストは不利な証書をぬり消し、敵対する力の武装を解除されました。そこからパウロは、キリストにあって歩み、信仰に根ざし、祭りや食べ物のことで人に批判されないようにと導きます。それらは、キリストが本体である、きたるべきものの影だからです。
この章の5つの区分
1わたしが、あなたがたとラオデキヤにいる人たちのため、また、直接にはまだ会ったことのない人々のために、どんなに苦闘しているか、わかってもらいたい。
2それは彼らが、心を励まされ、愛によって結び合わされ、豊かな理解力を十分に与えられ、神の奥義なるキリストを知るに至るためである。
3キリストのうちには、知恵と知識との宝が、いっさい隠されている。
4わたしがこう言うのは、あなたがたが、だれにも巧みな言葉で迷わされることのないためである。
5たとい、わたしは肉体においては離れていても、霊においてはあなたがたと一緒にいて、あなたがたの秩序正しい様子とキリストに対するあなたがたの強固な信仰とを見て、喜んでいる。
6このように、あなたがたは主キリスト・イエスを受けいれたのだから、彼にあって歩きなさい。
7また、彼に根ざし、彼にあって建てられ、そして教えられたように、信仰が確立されて、あふれるばかり感謝しなさい。
8あなたがたは、むなしいだましごとの哲学で、人のとりこにされないように、気をつけなさい。それはキリストに従わず、世のもろもろの霊力に従う人間の言伝えに基くものにすぎない。
9キリストにこそ、満ちみちているいっさいの神の徳が、かたちをとって宿っており、
10そしてあなたがたは、キリストにあって、それに満たされているのである。彼はすべての支配と権威とのかしらであり、
11あなたがたはまた、彼にあって、手によらない割礼、すなわち、キリストの割礼を受けて、肉のからだを脱ぎ捨てたのである。
12あなたがたはバプテスマを受けて彼と共に葬られ、同時に、彼を死人の中からよみがえらせた神の力を信じる信仰によって、彼と共によみがえらされたのである。
13あなたがたは、先には罪の中にあり、かつ肉の割礼がないままで死んでいた者であるが、神は、あなたがたをキリストと共に生かし、わたしたちのいっさいの罪をゆるして下さった。
14神は、わたしたちを責めて不利におとしいれる証書を、その規定もろともぬり消し、これを取り除いて、十字架につけてしまわれた。
15そして、もろもろの支配と権威との武装を解除し、キリストにあって凱旋し、彼らをその行列に加えて、さらしものとされたのである。
16だから、あなたがたは、食物と飲み物とにつき、あるいは祭や新月や安息日などについて、だれにも批評されてはならない。
17これらは、きたるべきものの影であって、その本体はキリストにある。
18あなたがたは、わざとらしい謙そんと天使礼拝とにおぼれている人々から、いろいろと悪評されてはならない。彼らは幻を見たことを重んじ、肉の思いによっていたずらに誇るだけで、
19キリストなるかしらに、しっかりと着くことをしない。このかしらから出て、からだ全体は、節と節、筋と筋とによって強められ結び合わされ、神に育てられて成長していくのである。
20もしあなたがたが、キリストと共に死んで世のもろもろの霊力から離れたのなら、なぜ、なおこの世に生きているもののように、
21「さわるな、味わうな、触れるな」などという規定に縛られているのか。
22これらは皆、使えば尽きてしまうもの、人間の規定や教によっているものである。
23これらのことは、ひとりよがりの礼拝とわざとらしい謙そんと、からだの苦行とをともなうので、知恵のあるしわざらしく見えるが、実は、ほしいままな肉欲を防ぐのに、なんの役にも立つものではない。
鍵となる聖句
キリストのうちには、知恵と知識との宝が、いっさい隠されている。
知恵と知識の宝は、いっさいキリストのうちに隠されています。パウロは、一部の人だけに許された秘密の知識ではなく、キリストのうちに求めるよう招いています。
このように、あなたがたは主キリスト・イエスを受けいれたのだから、彼にあって歩きなさい。 また、彼に根ざし、彼にあって建てられ、そして教えられたように、信仰が確立されて、あふれるばかり感謝しなさい。
クリスチャン生活を要約する一句です。始めたときと同じように、キリストにあって歩みます。根ざし、堅く立ち、あふれる感謝の心をもって。
キリストにこそ、満ちみちているいっさいの神の徳が、かたちをとって宿っており、 そしてあなたがたは、キリストにあって、それに満たされているのである。彼はすべての支配と権威とのかしらであり、
神の満ち満ちた徳はキリストのうちに宿っており、キリストのうちにある人は、キリストにあって満たされています。その御業には何も欠けていません。仲介者や儀式を付け加える必要のある人は、だれもいません。
神は、わたしたちを責めて不利におとしいれる証書を、その規定もろともぬり消し、これを取り除いて、十字架につけてしまわれた。 そして、もろもろの支配と権威との武装を解除し、キリストにあって凱旋し、彼らをその行列に加えて、さらしものとされたのである。
十字架は、法廷であると同時に戦場として描かれています。訴える証書はぬり消され、支配と権威は公然とさらしものにされました。信じる者は、すでに得られた勝利から戦います。
これらは、きたるべきものの影であって、その本体はキリストにある。
祭り、新月、安息日は影とされ、本体、すなわち実体はキリストにあります。今日の実践の位置づけについてはキリスト教の伝統によって違いがありますが、本文は、それらを人を裁く根拠にしないよう促しています。
聖書クイズに挑戦
説教が語っていること
コロサイ人への手紙2章についてよくある質問
コロサイ人への手紙2章10節のキリストにあって満たされているとはどういう意味ですか
この節は、キリストと結ばれた信者が、キリストが与えてくださったものに付け加えるべきものは何もないと語っています。神の満ち満ちた徳がキリストのうちに宿っているので、その御業を完成させるために、哲学も、儀式も、特別な体験も必要ありません。すべての願いが満たされるという約束ではなく、救いの本質がキリストのうちにあるという約束です。
コロサイ人への手紙2章15節の「支配と権威との武装を解除し」とはどういう意味ですか
パウロは十字架を勝利として示します。キリストは、敵対する力から訴え支配する力を取り去り、彼らを公然とさらしものにされました。多くのクリスチャンは、霊の戦いがすでに得られた勝利から進められるという確信をここに見いだします。
コロサイ人への手紙2章16節によれば、いまも安息日や祭りを守るべきですか
パウロは、これらのことについて、だれも信者を批判してはならないと言います。それらは、キリストにおいて成し遂げられたことの影だったからです。実践上の結論はキリスト教の伝統によって異なりますが、これらの実践が救いの条件ではないという点では、どの伝統も一致しています。
コロサイ人への手紙2章の中心メッセージは何ですか
キリストで十分です。キリストは神の満ち満ちた徳であり、負債をぬり消し、力ある者に勝利されました。だから信者はキリストにあって歩み、人間的な付け足しに惑わされません。
コロサイ人への手紙 2を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。