聖書 — 口語訳 (1955)
ヨシュア記 24
概要
ヨシュア記24章は、ヨシュアの最後の語りかけです。シケムでヨシュアはイスラエルのすべてを集め、アブラハムから約束の地まで神がなさったことを思い起こさせ、そして民に選択を迫ります。主に仕えるのか、ほかの神々に仕えるのか、と。民は忠実であることを誓い、ヨシュアは契約を結んで、あかしとして一つの石を立てます。章は、ヨシュアとエレアザルの死、そしてヨセフの骨の埋葬で終わります。神に仕えるのは、家の習慣によってではなく、個人の決断によるのです。
この章の4つの区分
1ヨシュアは、イスラエルのすべての部族をシケムに集め、イスラエルの長老、かしら、さばきびと、つかさたちを召し寄せて、共に神の前に進み出た。
2そしてヨシュアはすべての民に言った、「イスラエルの神、主は、こう仰せられる、『あなたがたの先祖たち、すなわちアブラハムの父、ナホルの父テラは、昔、ユフラテ川の向こうに住み、みな、ほかの神々に仕えていたが、
3わたしは、あなたがたの先祖アブラハムを、川の向こうから連れ出して、カナンの全地を導き通り、その子孫を増した。わたしは彼にイサクを与え、
4イサクにヤコブとエサウを与え、エサウにはセイルの山地を与えて、所有とさせたが、ヤコブとその子供たちはエジプトに下った。
5わたしはモーセとアロンをつかわし、またエジプトのうちに不思議をおこなって、これに災を下し、その後あなたがたを導き出した。
6わたしはあなたがたの父たちを、エジプトから導き出し、あなたがたが海にきたとき、エジプトびとは、戦車と騎兵とをもって、あなたがたの父たちを紅海に追ってきた。
7そのとき、あなたがたの父たちが主に呼ばわったので、主は暗やみをあなたがたとエジプトびととの間に置き、海を彼らの上に傾けて彼らをおおわれた。あなたがたは、わたしがエジプトでしたことを目で見た。そして長い間、荒野に住んでいた。
8わたしはまたヨルダンの向こう側に住んでいたアモリびとの地に、あなたがたを導き入れた。彼らはあなたがたと戦ったので、わたしは彼らをあなたがたの手に渡して、彼らの地を獲させ、彼らをあなたがたの前から滅ぼし去った。
9ついで、モアブの王チッポルの子バラクが立って、イスラエルに敵し、人をつかわし、ベオルの子バラムを招き、あなたがたをのろわせようとしたが、
10わたしがバラムに聞こうとしなかったので、彼は、かえって、あなたがたを祝福した。こうしてわたしは彼の手からあなたがたを救い出した。
11そしてあなたがたは、ヨルダンを渡って、エリコにきたが、エリコの人々はあなたがたと戦い、アモリびと、ペリジびと、カナンびと、ヘテびと、ギルガシびと、ヒビびと、およびエブスびとも、あなたがたと戦ったが、わたしは彼らをあなたがたの手に渡した。
12わたしは、あなたがたの前に、くまばちを送って、あのアモリびとのふたりの王を、あなたがたの前から追い払った。これはあなたがたのつるぎ、または、あなたがたの弓によってではなかった。
13そしてわたしは、あなたがたが自分で労しなかった地を、あなたがたに与え、あなたがたが建てなかった町を、あなたがたに与えた。そしてあなたがたはいまその所に住んでいる。あなたがたはまた自分で作らなかったぶどう畑と、オリブ畑の実を食べている』。
14それゆえ、いま、あなたがたは主を恐れ、まことと、まごころと、真実とをもって、主に仕え、あなたがたの先祖が、川の向こう、およびエジプトで仕えた他の神々を除き去って、主に仕えなさい。
15もしあなたがたが主に仕えることを、こころよしとしないのならば、あなたがたの先祖が、川の向こうで仕えた神々でも、または、いまあなたがたの住む地のアモリびとの神々でも、あなたがたの仕える者を、きょう、選びなさい。ただし、わたしとわたしの家とは共に主に仕えます」。
16その時、民は答えて言った、「主を捨てて、他の神々に仕えるなど、われわれは決していたしません。
17われわれの神、主がみずからわれわれと、われわれの先祖とを、エジプトの地、奴隷の家から導き上り、またわれわれの目の前で、あの大いなるしるしを行い、われわれの行くすべての道で守り、われわれが通ったすべての国民の中でわれわれを守られたからです。
18主はまた、この地に住んでいたアモリびとなど、すべての民を、われわれの前から追い払われました。それゆえ、われわれも主に仕えます。主はわれわれの神だからです」。
19しかし、ヨシュアは民に言った、「あなたがたは主に仕えることはできないであろう。主は聖なる神であり、ねたむ神であって、あなたがたの罪、あなたがたのとがを、ゆるされないからである。
20もしあなたがたが主を捨てて、異なる神々に仕えるならば、あなたがたにさいわいを下されたのちにも、ひるがえってあなたがたに災をくだし、あなたがたを滅ぼしつくされるであろう」。
21民はヨシュアに言った、「いいえ、われわれは主に仕えます」。
22そこでヨシュアは民に言った、「あなたがたは主を選んで、主に仕えると言った。あなたがたみずからその証人である」。彼らは言った、「われわれは証人です」。
23ヨシュアはまた言った、「それならば、あなたがたのうちにある、異なる神々を除き去り、イスラエルの神、主に、心を傾けなさい」。
24民はヨシュアに言った、「われわれの神、主に、われわれは仕え、その声に聞きしたがいます」。
25こうしてヨシュアは、その日、民と契約をむすび、シケムにおいて、定めと、おきてを、彼らのために設けた。
26ヨシュアはこれらの言葉を神の律法の書にしるし、大きな石を取って、その所で、主の聖所にあるかしの木の下にそれを立て、
27ヨシュアは、すべての民に言った、「見よ、この石はわれわれのあかしとなるであろう。主がわれわれに語られたすべての言葉を、聞いたからである。それゆえ、あなたがたが自分の神を捨てることのないために、この石が、あなたがたのあかしとなるであろう」。
28こうしてヨシュアは民を、おのおのその嗣業の地に帰し去らせた。
29これらの事の後、主のしもべ、ヌンの子ヨシュアは百十歳で死んだ、
30人々は彼をその嗣業の地のうちのテムナテ・セラに葬った。テムナテ・セラは、エフライムの山地で、ガアシ山の北にある。
31イスラエルはヨシュアの世にある日の間、また主がイスラエルのために行われたもろもろのことを知っていて、ヨシュアのあとに生き残った長老たちが世にある日の間、つねに主に仕えた。
32イスラエルの人々が、エジプトから携え上ったヨセフの骨は、むかしヤコブが銀百枚で、シケムの父ハモルの子らから買い取ったシケムのうちの地所の一部に葬られた。これはヨセフの子孫の嗣業となった。
33アロンの子エレアザルも死んだ。人々は彼を、その子ピネハスに与えられた町で、エフライムの山地にあるギベアに葬った。
鍵となる聖句
そしてヨシュアはすべての民に言った、「イスラエルの神、主は、こう仰せられる、『あなたがたの先祖たち、すなわちアブラハムの父、ナホルの父テラは、昔、ユフラテ川の向こうに住み、みな、ほかの神々に仕えていたが、
ヨシュアはまず、アブラハムの先祖たちがほかの神々に仕えていたことを思い起こさせます。神の民は偶然に生まれたのではありません。すべては、功績ではなく神の召しから始まっています。
それゆえ、いま、あなたがたは主を恐れ、まことと、まごころと、真実とをもって、主に仕え、あなたがたの先祖が、川の向こう、およびエジプトで仕えた他の神々を除き去って、主に仕えなさい。 もしあなたがたが主に仕えることを、こころよしとしないのならば、あなたがたの先祖が、川の向こうで仕えた神々でも、または、いまあなたがたの住む地のアモリびとの神々でも、あなたがたの仕える者を、きょう、選びなさい。ただし、わたしとわたしの家とは共に主に仕えます」。
ヨシュアは、主を恐れ、まこととまごころをもって主に仕えるよう促し、そのうえで一人ひとりに選ばせます。「わたしとわたしの家とは共に主に仕えます」という彼自身の答えは、家庭についてもっとも多く引用される聖句の一つになりました。
しかし、ヨシュアは民に言った、「あなたがたは主に仕えることはできないであろう。主は聖なる神であり、ねたむ神であって、あなたがたの罪、あなたがたのとがを、ゆるされないからである。
ヨシュアは民に、自分たちの力だけでは主に仕えることができないと警告します。聖書は、神の聖さと、軽々しく結んではならない約束の重さを強調しています。
民はヨシュアに言った、「われわれの神、主に、われわれは仕え、その声に聞きしたがいます」。
民は答えます。主に仕え、その声に聞き従います。この章は、神が選ばれることと、具体的な従順との結びつきを強調しています。
この章に登場する人物
このテーマで祈る
説教が語っていること
ヨシュア記24章についてよくある質問
「わたしとわたしの家とは共に主に仕えます」とはどういう意味ですか。
ヨシュアは、イスラエルのすべての前で、すでに選んだと宣言します。群衆がどう選ぼうと、自分と家族は主に仕える、と。この節は、個人の決断と、家庭としての決意を語っています。信仰を各人に押しつけるものではなく、模範を示し、家族のために道を開く家長の姿を示しています。
ヨシュア記24章の主なメッセージは何ですか。
神は、アブラハムの召しから約束の地まで、民を一歩一歩導かれました。その見返りとして、神ははっきりとした選択と、誠実な従順を求めておられます。ヨシュアは中途半端を認めません。ほかの神々を持ち続けながら、主に仕えることはできないのです。この章は、選び、忠実であり続けるよう私たちを招いています。
ヨシュアはなぜ民に「あなたがたは主に仕えることはできないであろう」と言うのですか。
19節で、ヨシュアは民を落胆させようとしているのではありません。民に、神の聖さと、自分たちの約束の重さをよく考えさせたいのです。彼は表面的な熱意を認めません。続く箇所は、忠実さが、主に向けられた心と、ほかの神々を捨てることによって保たれることを示しています。
ヨシュア記 24を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。