昇天が意味すること――イエスの支配があなたを変える

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はじめに

昇天祭は、プロテスタントの間では意外と軽く扱われがちな祝いです。けれども実はこの出来事こそ、イエスの使命の完成であり、いつも神のもとにあった本来の座への帰還を意味しています。使徒の働き7章のステファノの幻と、ヨハネ17章の大祭司の祈りをもとに、ミレイユ・ボワソナさんが、この瞬間があなたの信仰生活、明日への希望、そして世界への関わり方をどれほど深く変えるのかを語ってくれます。

メッセージの構成

1. 昇天はイエスが本当は誰であるかを明らかにする

  • 昇天について語る箇所は多くありません。マルコは結びの長い部分でわずか一節だけ触れ、ルカは福音書の最後と使徒の働きの冒頭で語ります。この繰り返しこそがその重要性を物語っています。
  • マタイは昇天の場面を描写しませんが、復活後のイエスの回復された主権を宣言します。「天においても地においても、いっさいの権威が私に与えられています」。
  • ヨハネは福音書全体を通して、イエスが地上を去り、天で栄光を受ける時を先取りして語っています。それは私たちが今なお生きている、不在の中の臨在です。
  • 昇天は、御子が本来ずっと持っていながら自ら手放していた座へと帰る出来事です。

2. ステファノの幻――神の右に立つイエス(使徒の働き7章)

  • キリスト教最初の殉教者となったステファノは、モーセと神を冒涜したという偽りの告発を受け、最高法院に引き出されます。
  • 彼は53節にわたって、イスラエルの歴史の中で神がどのように働かれたかを語り直します。民の迷いと不従順も隠すことなく語ります。
  • 聖霊に満たされたステファノは天を見つめ、神の栄光と、神の右に立っておられるイエスを見て、その幻を大声で語ります。
  • この言葉こそが人々を殺意へと駆り立てます。ステファノは、おそらく本人も気づかぬうちに、イエスと神との本質における同等性、生けるイエスの正当性、そして誕生したばかりの教会の証しの真実性を主張してしまったからです。

3. イエスの大祭司の祈り――取り戻された栄光(ヨハネ17章)

  • ヨハネ17章で、受難を前にしたイエスは天を見上げ、御自身を信じる者たち、これから信じる者たちのために父に祈ります。
  • イエスは「世界の存在する前に私が御もとで持っていた栄光を、今再び御自身のもとで私にお与えください」と願います。これは、神のもとにあった本来の座を主張する言葉です。
  • イエスはすでに、弟子たちにも同じ栄光を与えると告げています。それは父と子が一つであるように弟子たちが一つとなり、いつかご自身のいる場所でその栄光を見るためです。
  • ステファノと同じように、イエスもまた天を見上げます。この仕草は私たちの視線をも導き、神の臨在のうちにある天の栄光の幻へと私たちを誘います。

4. 昇天があなたの信仰生活を変えること

  • それは喜びの源です。イエス御自身がこう言われました。「もしあなたがたが私を愛しているなら、私が父のもとに行くことを喜んだはずです」。イエスは当然与えられるべき場所へと戻られたのです。
  • イエスはあなたに、生きた伴いを保証してくださいます。人としては遠ざかっていても、ある意味ではより身近な存在です。なぜなら御霊によってあなたのうちに住んでおられるからです。「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです」(ガラテヤ2章20節)。
  • あなたの帰属は変わりました。あなたの基準はもうこの地上にはありません。キリストが神の右に座しておられる上にあるものに心を向けるよう勧められているのです(コロサイ3章1節)。
  • すでにイエスが支配しておられる霊的な世界から、イエスは今もあなたを見守り、あなたのためにとりなしておられます。

5. 昇天は宣教と再臨を待ち望む時代を開く

  • イエスは弟子たちにこう言われました。「わたしが去って行くことは、あなたがたの益になります。わたしが去って行かなければ、助け主はあなたがたのところに来ないからです」(ヨハネ16章7節)。イエスの旅立ちが御霊の派遣と、あらゆる国民への救いの告知の道を開くのです。
  • 使徒の働き1章では、呆然と天を見つめる弟子たちに二人の御使いがこう問いかけます。「なぜ天を見上げて立っているのですか」。昇天が始めるのは受け身の観想の時ではなく、宣教の時なのです。
  • 父がイエスを世に遣わされたように、イエスもあなたを世に遣わします(ヨハネ17章18節)。教会が一つであることこそ、この派遣を信頼できるものにする証しなのです。
  • 同じ御使いたちはイエスの再臨も告げます。「あなたがたが天に上って行くのを見たのと同じ有様で、またおいでになります」。この再臨を待ち望むことこそ、あなたの働きに意味を与える力の源です。

心に留めたいポイント

  • 昇天は儀式上の些細な出来事ではありません。イエスの使命の完成であり、いつも持っていた座への帰還です。
  • 神の右に立つイエスを見るということは、御父と本質において同等であることを認めることです。それは世を悩ませる真理でありながら、ステファノの時代から教会の信仰を支えてきた真理でもあります。
  • キリストの体としての不在は、見捨てられることではありません。それは御霊による、より親密な新しい臨在の形なのです。
  • あなたの市民権は別の場所にあります。あなたはすでに始まった御国に属しているのです。それはあなたの思い、優先順位、日々の関わり方を方向づけ直します。
  • 昇天は宣教と再臨を待ち望む時代を開きます。あなたが地上で証しをしている間、キリストは天でとりなしておられ、その再臨を望みながら歩むのです。

あなた自身への問いかけ

  1. あなたが祈りの中で最もよく思い描くイエスの姿はどれですか。飼い葉桶の赤子、優しい師、十字架につけられた方――それとも、父の右に立つ王としての姿でしょうか。
  2. イエスの体としての不在を、あなたは欠けとして感じていますか。それとも、御霊によるあなたのうちの新しい臨在として感じていますか。
  3. 今週、あなたの思いと優先順位は具体的にどこに置かれていますか。この地上のことでしょうか、それともすでに始まっている栄光の御国でしょうか。
  4. 空になった天を見上げる弟子たちのように、あなたは見つめ続けたい誘惑に駆られていますか。それとも、世に戻って証しをせよという召しの声を聞いていますか。
  5. イエスの再臨を待ち望むことは、あなたの奉仕を活気づけ、試練を乗り越えさせる現実となっていますか。それとも、もはやあなたの生き方に影響を与えない遠い話になっていますか。

引用聖句

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よくある質問

昇天について触れている箇所が少ないのに、なぜそれほど重要なのですか。

昇天は、イエスの使命の完成であり、いつも神のもとにあった座への帰還を意味しているからです。この出来事を抜きにしては、救いの計画の完全な意味を見落としてしまいます。御霊の派遣、あらゆる国民への救いの告知、そしてキリストの再臨を待ち望むことを可能にするのは、まさにこの昇天なのです。

ステファノが見たように、イエスが「神の右に立って」いるとはどういう意味ですか。

それは、イエスが御父と本質において同等であることを認めることです。イエスは単なる賢者や不当に処刑された殉教者ではありません。イエスは生きておられ、永遠に御自身のものであった座に着いておられ、その権威ある地位から今も働き続けておられます。この真理こそがステファノを石打ちの死に追いやり、今日もなお人々を悩ませ続けています。

イエスが天に昇られたのなら、どうして私と共にいてくださるのですか。

それは御霊によってです。人としては遠く離れていても、イエスは御霊によってあなたの内奥に住んでおられます。パウロがガラテヤ人への手紙で書いているように、「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられる」のです。この内なる臨在は、ある意味で、イエスが肉体をもってあなたのそばにいる以上に親密なものなのです。

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