マタイ16章:堅固な土台の上に建てられた教会

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はじめに

リエージュの教会(Église Project Liège)は創立70周年を迎えました。最初の会堂は1956年9月1日に開かれ、炭鉱で働く人が多かったイタリア人移民に福音を伝えるために始まりました。この記念礼拝のために、教会は名誉牧師のドナート・サブローネ氏を招きました。氏は1976年から2012年まで、奥様とともにこの教会を導いてきた人です。氏はイタリア語で語り、現在の牧師がフランス語に通訳します。

来る前に、何を語るべきか主に尋ねたと氏は言います。「神の助けを求めずに説教したことは一度もありません。」心に浮かんだのは、教会について、そしてイエス・キリストにある堅固な土台について語ることでした。キリストは「今日まで私たちを支えてくださった」お方です。岩の上に建てられた家のように、風が吹きつけても家は倒れませんでした(マタイ7章24-25節)。

マタイ16章13-20節から、教会の土台がだれなのか、教会とは何か、教会が立ち続けるために何が必要か、そして教会の一員であることの特権を思い起こさせます。

メッセージの流れ

1. 目をイエスに向け続ける

  • 「私たちは主イエスに目を注いでいたいのです。」「古くさい」と言う人もいます。氏は御言葉で答えます。「聖なる者となりなさい。わたしが聖なる者だからである。」私たちが変わっていると責める人を恐れる必要はありません。神は私たちを暗闇から、ご自分の驚くべき光の中へ招き入れてくださったのです(1ペテロ2章9節)。
  • 子どものころ、母親から「小さな悪魔」と呼ばれていたそうです。当時の多くの子どもと同じく、言うことを聞かず、学校へ行くふりをして友だちと遊びに行くこともありました。主は氏をごく幼いころに救ってくださり、母親は「あなたは天使になったのね」と言いました。主は今日まで氏を救いのうちに守ってくださいました。
  • 氏は暑くても寒くても、いつも上着を着て教会に行きます。ある人からは、伝統主義だ、熱狂的だと言われました。氏の答えは「私たちは神の御前にいるのです」。神への敬意をもって事を行いたいのです。
  • 私たちが教会へ行くのは、主に会うためだけではありません。主は昼も夜も、私たちの家でも共にいてくださいます。ある格言にあるように、主は真っ暗な夜に、黒い石の上にいる黒いアリさえ見ておられます。
  • 「しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる」(マタイ24章13節)。ですから、始めた道を歩み続けましょう。私たちは主を知りました。これからも主に仕え、主に従い続けましょう。

2. イエスはご自分の教会の頭であり、建て主である

  • この共同体は長い年月の間に多くのことを経験し、氏が深く失望したこともありました。「しかし、すべては神の御手の中にあります。」イエスはご自分の教会の頭であり、建て主です。主が植えられた植物は抜き取られることがありません(マタイ15章13節)。場所が変わっても、根は残ります。
  • 古い会堂から新しい会堂へと移りながら、どうして教会が持ちこたえたのかと、多くの人に尋ねられました。氏の答えは、このわざは主のものだ、ということです。
  • 「主はここに住んでおられるのではありません。しかし、あなたがたが集まるたびに、主はそこにおられます。」
  • 目覚めた、生きた教会を望むなら、聖書を読まなければなりません。氏の助言は「神の御言葉を読む前に眠ってはいけません」。
  • 夫婦に向けては、怒っても罪を犯さないことはできるが、日が暮れるまで怒ったままでいてはいけない、と思い起こさせます(エペソ4章26節)。幼いころに覚えた聖句がずっと氏とともにあります。「わたしは安らかに身を横たえ、また眠ります。主よ、わたしを安らかにおらせてくださるのは、ただあなただけです」(詩篇4篇8節)。平安のうちに生きたいなら、あなたの人生に平和の主イエスの場所を空けてください。
  • 目は心の鏡です。最も幸せだと言う人の多くが、悲しい目をしています。会衆を見渡すと、大きく成長した子どもたちと、神が輝いておられる顔が見えると氏は語ります。

3. 教会とは、救われた人々のこと

  • 教会について語るとき、「私たちが語っているのは会堂のことではなく、救われたさまざまな人々のこと」です。
  • 聖書はさらに進んで言います。「主を心に受け入れた信者はみな、生ける神の小さな神殿です」(1コリント6章19節)。だから私たちはこの世に倣ってはならないのです(ローマ12章2節)。私たちの内には、特別なものがあります。
  • 教会を語るために、主は何気ないたとえを選ばれたのではありません。花嫁というたとえを選ばれました。
  • 説教者は自分の結婚について語ります。「私たちは結婚したとき、一つの体になりましたが、性格は二人とも違っていました。」主は二人を一つに保ってくださいました。苦しみや思わしくないことを目にすると、すぐに去りたがる人もいます。氏は結婚した日と同じように、今も妻を愛しています。奥様は病気で、介助の人が手伝ってくれますが、寝かせるのは夫である氏にしてほしいと望まれます。
  • 若い夫婦への助言は「夫婦の間に、第三の人を入れなさい。イエスです」。そして夜、床に就くときには、それまでにあったことをもう考えてはいけません。「実際的な話し方をしても、許してください」と氏は言いますが、理論だけを語りたくないのです。

4. この岩の上に。土台はキリスト

  • イエスの「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」という問いに、シモン・ペテロは「あなたこそ、生ける神の子キリストです」と答えます。それを彼に示したのは血肉ではなく、天におられる父でした(マタイ16章15-17節)。
  • 18節で、もし岩がペテロ自身だったなら、一部の人がそう信じさせようとしたように、教会は持ちこたえられなかったでしょう。ペテロは真っ先に倒れた人だからです。「本当の岩は、イエス・キリストです。」
  • 説教者はここから個人的な教訓を引き出します。「私の土台はあなたの内にあります。」氏は人に何度も失望してきました。それでも、へりくだって互いに人を自分よりすぐれた者と思いたいのです(ピリピ2章3節)。「私は自分が他の人より上だとは感じません。」
  • 教会は一つの宗教として始まったのではなく、救い主を受け入れた信仰の人々によって築かれました。ある人から、こう言われたことがあります。「あなたがたも、過ぎ去った他のリバイバルのように終わるでしょう。」敵は教会を滅ぼそうとしましたが、陰府の門は打ち勝てませんでした。「70年たった今も、この教会は、あらゆる困難に直面しながら存在し続けています。」
  • 主は、人生がこれからの若者に目を向けられます。しかし、何年も主に仕えてきた人々を脇に置かれることはありません。

5. 御霊に証印を押された私たちは主のもの

  • 「教会の最高の頭はキリスト、隅のかしら石です」(エペソ2章20節)。主は御血によって私たちを買い取り、御霊によって私たちに証印を押してくださいました(エペソ1章13節)。
  • 聖霊のバプテスマは、福音を伝える力と、聖さをより豊かに生きる力を与えてくれます。
  • 旧約聖書の時代、王は仕える者の指に指輪をはめて、自分のものであることを示しました。動物を買った人は、自分のものだとわかるように印をつけます。あなたも私も証印を押されたのであり、「だれもそれを取り去ることはできません」。
  • 氏は放蕩息子を思い起こします。帰って来た息子の指に、父は指輪をはめさせました(ルカ15章22節)。家族の一員である証しの指輪です。
  • 氏は最近の伝道の出来事を語ります。今通っている教会の近くでのことです。トラクトを渡した若者が「私は悪魔崇拝者です」と答え、雷で打ち倒したいかのように氏をにらみました。氏は「主があなたを照らしてくださいますように」と言いました。「私たちは主のものです。」
  • 「主は私を一度も見捨てませんでした。そして主のおかげで、私も主を見捨てませんでした。主は真実で、善いお方だからです。」ごく若いときに救われた氏は、映画館に一度も足を踏み入れたことがないと言います。心に神への恐れがあったからです。

6. 低いところから始まり、全世界に届くわざ

  • 主の教会は、ペンテコステの日に二階座敷で確かなものとなりました。どの共同体も、一人、また一人と始まりました。
  • 氏自身の歩みも家庭から始まりました。主はまず家族の一人を救い、次に父を、そして兄弟たちを救い、みんなで集会の場所を提供しました。「神のわざは、いつも低いところから始まって上へ上り、ついに全世界に届きました。」
  • 教会の使命は普遍的です。世界に福音を伝え、すべての国の人々を弟子にすることです(マタイ28章19節)。今日、リエージュの教会には多くの国籍の人々が集っています。バベルで主は言葉を混乱させられましたが、主はすべての言葉をご存じです。
  • 教会の最終目標は、終わりまで忠実にとどまって、イエス・キリストの再臨を待つことです。「花婿だ」という叫び声が上がったとき、まだ油を持っていた賢いおとめたちのようにです(マタイ25章1-13節)。「主は再び来られます。聖霊の油注ぎが私たちのだれからも欠けることがありませんように。」

7. 教会に必要なもの

  • 「教会を形づくっているのは私たちです。」霊的な教会となるには、一人ひとりが信仰を持ち、霊的でなければなりません。
  • まず信仰です。信じた者はみな一か所に集まり、すべてのものを共有していました(使徒2章44節)。「信仰は何よりも大切です。」信仰は山を動かし、私たちを主イエス・キリストに結びつけます。
  • 交わりです。彼らは使徒たちの教えを守り、交わりをし、パンを裂き、祈りに専念していました(使徒2章42節)。だれも自分が上だとは感じませんでした。孤立する人がそうするのは二つの理由のどちらかです。自分の栄光を求めているか、敵に偽りの考えを吹き込まれたかです。
  • 一致です。できるだけ謙遜で、柔和な心で、忍耐をもって、愛をもって互いに忍び合い、平和のきずなで結ばれて、御霊による一致を保つよう努めなさい(エペソ4章2-3節)。高ぶりは滅びに先立ちます(箴言16章18節)。
  • 聖別です。「あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なる者となりなさい」(1ペテロ1章15-16節)。聖めがなければ、だれも天の御国に入れないと氏は警告します(ヘブル12章14節)。
  • 力です。「聖霊があなたがたにくだるとき、あなたがたは力を受けて、わたしの証人となるであろう」。それは地の果てにまで及びます(使徒1章8節)。

8. 拒まれることを恐れずに種をまく

  • あなたがたが地上でつなぐことは天でもつながれ、地上で解くことは天でも解かれます(マタイ16章19節、18章18節)。
  • 氏は、30年もの間、熱心に福音を聞きながら、一度も回心しなかった人々を見てきました。一方で、福音に反対していた人々が心を開き、神に用いられるようになるのも見てきました。「福音に従うなと言う人がいても、その人の言うことを聞いてはいけません。私たちを呼んでおられるのは主だからです。」
  • 礼拝が午後5時だったので、日曜日の朝にカレンダーを配りながら伝道に出かけていました。ある家の玄関では、奥さんが戸を開け、ひげを剃っていたご主人が追い返せと叫んでいました。説教者はその訛りに気づき、同じお国言葉で答えました。するとご主人はすぐに叫びました。「ああ、あんたか。入れ。」食事にまで招いてくれたそうです。
  • 「拒む人を恐れないようにしましょう。神の御言葉の種は、それでもまかれているのですから。」

ポイント

  • 教会は隅のかしら石であるイエス・キリストの上に立っています。だから70年たった今も、試練をくぐりながら立ち続けているのです。
  • 教会は建物ではありません。救われた人々のことであり、信者一人ひとりが生ける神の神殿です。
  • 聖霊に証印を押された私たちは主のものであり、だれもその証印を取り去ることはできません。
  • 霊的な教会には、信仰、交わり、一致、聖別、そして聖霊の力が必要です。
  • 目新しいものは過ぎ去りますが、神の言葉は永遠に変わりません(1ペテロ1章25節)。私たちは神の子であり、キリストとともに神の相続人です(ローマ8章17節)。

個人への適用

  1. あなたの信仰は今日、何に支えられていますか。人ですか、教会ですか、牧師ですか。それともイエス・キリストご自身ですか。
  2. 眠る前に、その日の最後の言葉を神の御言葉に語らせていますか。
  3. 夫婦や家庭の中で、この「第三の人」であるイエスにどんな場所を与えていますか。日が暮れても持ち越している怒りはありませんか。
  4. 交わりから離れていませんか。もしそうなら、それは自分の栄光を求めてのことですか。それとも偽りの考えが入り込んだからですか。
  5. 説教者はこう呼びかけます。「今の状態にとどまっていてはいけません。霊的に動き出しなさい。」今週、どんな具体的な一歩を踏み出しますか。

引用された聖句

よくある質問

マタイ16章18節で、イエスはどの岩の上にご自分の教会を建てられるのですか。

ドナート・サブローネ氏によれば、本当の岩はイエス・キリストです。ペテロが「生ける神の子キリスト」と告白したそのお方です。もし教会がペテロ自身の上に立っていたなら、持ちこたえられなかったでしょう。ペテロは真っ先に倒れた人だからです。教会の最高の頭は、隅のかしら石であるキリストです。

このメッセージによれば、教会とは何ですか。

教会は会堂ではありません。救われた人々のことです。主を心に受け入れた信者はみな「生ける神の小さな神殿」です。主は建物に住んでおられるのではありませんが、ご自分の民が集まるたびにそこにおられ、昼も夜も私たちの家でも共にいてくださいます。

教会が立ち続けるために、何が必要ですか。

説教者は五つのものを挙げます。信仰(使徒2章44節)、交わり(使徒2章42節)、謙遜に基づく一致(エペソ4章2-3節)、聖別(1ペテロ1章15-16節)、そして証人となるための聖霊の力(使徒1章8節)です。また、教会を形づくっているのは私たち自身であり、霊的な教会となるには、一人ひとりが信仰を持ち、霊的でなければならないとも語っています。

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