はじめに
自分が小さく感じられる朝があります。家族の中で小さく、これまでの歩みの中で小さく、毎週繰り返される課題を前にして小さく感じるのです。もしかしたら、あなたは自分の人生を見つめて、こう思っているかもしれません。神様は、私のような者に、いったい何ができるのだろうか、と。
「神様はあなたを探しておられる」というメッセージの中で、ダニエル・デカリー氏は、ギデオンの物語(士師記6章11〜16節)を取り上げ、シンプルなことを思い出させてくれます。神様は、あなたの傷、虐待、過ちや、あなたがこれまで経験してきたことを見ておられるのではありません。神様は、あなたが神様のうちにあってどんな者になれるかを見ておられます。そして神様は、あなたの人生に計画を持っておられます。あなたが仕方なく受け入れる運命ではなく、あなたが従うことを選び取る使命です。
メッセージの構成
1. 神様はあなたの人生に計画を持っておられる
ダニエル氏は、自分が決して手放さない確信から語り始めます。それは、すべての人には意味があり、すべての人には存在する理由がある、ということです。あなたが今日、人類の歴史のこの瞬間に生きているのは、神様がそう選ばれたからです。
彼は詩編139編を引用します。「胎児であった私を、あなたの目は見ておられた。私の日々はすべて、その一日もまだなかったときから、あなたの書に記されていた。」あなたの母がまだ自分が妊娠していることを知る前から、神様はすでにあなたに目を留めておられました。神様はすでに、あなたを形づくり始め、神様があなたのために持っておられる使命に関わる要素を、あなたのうちに置き始めておられたのです。
この計画は、ダニエル氏がユーモアを交えて言う「霊的スーパーマン」だけのために取っておかれたものではありません。それは主のお気に入りだけのために取っておかれたものでもありません。それはあなたのためのものでもあります。そして、神様にとっての偉大なことは、必ずしも巨大で国家的なものとは限りません。それはすでに、あなたの周りを照らすことから始まっているのです。
2. ギデオン:自分をゼロだと思っていた勇士
士師記6章の背景は暗いものです。イスラエルは神様の道から離れてしまいました。収穫のたびにミディアン人がやって来て、すべてを奪い、去っていきます。そのあとに残るのは、国民的な意気消沈です。種をまいても無駄、働いても無駄。収穫は繰り返し奪われていきます。
ギデオンは若く、まったくの無名の存在です。彼はテレビンの木の下に隠れ、敵が戻ってくる前に、いくらかの穀物を守ろうと、酒ぶねの中で小麦を打っています。そこに主の使いが現れ、彼にこう言います。「勇士よ、主があなたとともにおられる」(士師記6章12節)。
ダニエル氏は、この箇所が「一人の御使い」ではなく「主の御使い」と記していることに注目させます。旧約聖書の神学では、これは「キリストの顕現」と呼ばれるものです。すなわち、受肉以前のキリストの現れです。言い換えれば、ギデオンに語りかけているのはイエス様ご自身なのです。そしてイエス様は、ギデオンを、彼がこれまでどうであったか、今どうであるかによってではなく、神様のうちで彼がどうなっていくかによって見ておられます。
イエス様があなたを見つめる仕方も、まさにこれだと気づいていますか。あなたの過去によってではありません。あなたの傷によってでもありません。今のあなた自身によってでさえありません。イエス様は、神様のうちにあるあなたの「これから」の中に、あなたを見ておられるのです。
3. 疑い、比較、誤った自己評価
ギデオンは疑いをもって答えます。もし神様が私たちとともにおられるなら、なぜこんなことが私たちに起こるのか。私たちの先祖が語ってくれた奇跡は、どこにあるのか。
ダニエル氏は、あなたに率直な読み方を提案します。神様がイスラエルから離れたのではなく、イスラエルが神様から離れたのだ、と。もしあなたが神様のこと、あなたの人生のための神様の計画から離れているなら、離れているのは神様ではなく、あなたのほうです。あなたはいつでも神様の恵みを味わうことができます、それは無条件だからです。しかし、神様の力を味わうためには、近づく必要があります。
疑いは、あなたが自分の家族、自分の名前、自分の人脈、自分の財政を見つめるときにも生まれます。ギデオンはこう言います。「私の家族はマナセの中で最も貧しく、私は父の家の中で最も小さい者です」(士師記6章15節)。彼の自己評価はゼロです。もしかしたら、あなたもこう思っているかもしれません。自分は家族の中で最初のクリスチャンで、良い名前も、受け継ぐものも、人脈もない、と。
その罠とは、あなたの自己評価を神様の上にではなく、人間の基準の上に築いてしまうことです。問うべきは「他の人には何が見えているか」ではなく、「神様には何が見えているか」なのです。
4. 信仰:見る前に信じる
ダニエル氏はヘブライ人への手紙11章1節と6節にあなたを導きます。「信仰とは、望んでいる事柄を保証し、目に見えないものを確信させるものです。……信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神が存在すること、また神を求める者に報いてくださる方であることを、信じなければならないからです。」
あなたが神様の前に出るとき、あなたは物乞いをしているのではありません。あなたは、天の父に会いに来る子どものような信仰と確信をもって来るのです。ダニエル氏は、自分の孫たちがおじいちゃんに会いに来る様子を例に挙げます。孫たちは、おじいちゃんが求める者に「報いてくださる」ことを知っています。だから、まったく安心して来るのです。
「見なければ信じられない、と言う人がいます。しかし聖書ではその逆です。見るためには信じなければならないのです。」
5. あなたが持っている力で進みなさい
神様はギデオンに「私があなたに10倍の力を与えるまで待ちなさい」とは言われません。こう言われます。「あなたのこの力のまま行きなさい。あなたはイスラエルを救うことになる」(士師記6章14節)。
ギデオンは落胆しており、自分に対する評価は低く、自分の力さえもう信じられなくなっていました。それでも、彼のうちには何かがありました。イスラエル全体とは違って、彼は少しでも収穫を取り戻そうと、それでも立ち上がっていたのです。彼のうちには、まだ戦士がいました。まだこう語る声がありました。「敵がすべてを奪っていくなんてことは、あってはならない。」
あなたにも力があります。あなたには才能があります。あなたには、神様があなたに与えてくださった賜物があります。それは、あなたの子ども時代には認められなかったかもしれません。あざけられたことさえあるかもしれません。しかし、それによって、神様がそれらをあなたに与えてくださったという事実が消えるわけではありません。そして何よりも、あなたには尊厳と価値があります。なぜなら、あなたは神様のかたちに造られており、人類の歴史の中で唯一無二の存在であり、あなたなりの仕方で、あなたの周りに神の御国を現すために、唯一無二の存在だからです。
サムエル記上16章7節にはこうあります。「主は人が見るようには見られない。人は目に見えるところを見るが、主は心を見られる。」ギデオンは木の下に隠れていました。神様は彼を見ておられました。神様は今朝、あなたの心を見ておられます。
6. 帆船のイメージ:あなたの帆と、神様の風
ダニエル氏は、神様が自分のうちに置かれた夢を紙に書き出した後、こう語られたと語ります。「あなたの人生は帆船のようなものだ。あなたには帆を担う責任がある。私には風を担う責任がある。あなたの帆に取り組みなさい。風のことを心配してはならない。」
彼にとって、それは心理療法士になるために学業に戻り、自分の夢を実現するために必要な専門知識を身につけに行くことを意味しました。あなたにとっては、それはまた別のことになるでしょう。
しかし、問いは同じままです。あなたには帆がありますか。というのも、時に霊的な怠惰が、信仰の言葉の陰に隠れてしまうことがあるからです。「神様がしてくださる、神様が風を起こしてくださる」と言いながら、実は帆そのものが欠けている、ということが。そして、あなたには帆があるのに、まだ風が起きない季節もあります。それは腰を据えて、帆に取り組み、神様の時を待つ時です。
港に係留された帆船は安全ですが、それはそのために造られたのではありません。あなたも同じです。あなたは係留されたままでいるために造られたのではありません。
覚えておきたいポイント
- 神様はあなたを、これからのあなたの中に見ておられます。あなたの過去にも、今にもではありません。ギデオンに「勇士よ」と言われたように、神様はあなたのために持っておられる計画を通して、あなたを見ておられます。
- この計画は霊的なエリートだけのものではありません。神様が選ばれる規模がどうであれ、それはあなたのためのものでもあり、多くの場合、あなたの周りを照らすことから始まります。
- あなたの自己評価は、神様が見ておられるものの上に築かれるべきです。家族、名前、人脈、財政、目に見える才能といった人間の基準の上にではありません。
- 信仰は見ることに先立ちます。信仰がなければ、神様に喜ばれることはできません。私たちは、愛され、聞き入れられることを確信している子どものように、神様に近づきます。
- あなたが持っている力で進みなさい。神様はあなたにもっと多くを持つよう求めておられるのではなく、神様に頼りながら、すでに与えられたものを用いるよう求めておられます。
- あなたの帆はあなたの責任、風は神様の責任です。自分に委ねられていることに取り組み、神様がその時に応じて吹かせてくださるのを待ちましょう。
自分への適用
- 今朝、自分の人生を見つめるとき、あなたはまず何を見ていますか。自分の失敗と傷でしょうか、それともキリストにあるあなたのこれからの姿でしょうか。
- 今日のあなたの自己評価を、神様の視線よりも強く定めている「人間の基準」(家名、成功、人脈、お金、SNSでのイメージ)は何ですか。
- 神様の道から離れてしまっている領域があり、そこであなたは、変わることのない恵みと、実際に近づくことを必要とする力とを、混同していませんか。
- 神様があなたのうちに置いてくださった賜物、才能、直感で、周囲の人には認められなかったけれども、あなたが今も持ち続けているものは何ですか。
- 具体的に、神様の風が吹き始める日に備えて、今週あなたが築くべき「帆」は何ですか(訓練、規律、行動、決断、決意)。
引用聖句
- 士師記6章11〜16節・主の使いがギデオンを「勇士」と呼ぶ。
- 詩編139編・「私はあなたに感謝します。私は畏れ多いほどに驚くべきものに造られています。」
- ヘブライ人への手紙11章1節と6節・信仰、望んでいる事柄を保証するもの。
- サムエル記上16章7節・「主は心を見られる。」
- ヨハネ15章5節・「私を離れては、あなたがたは何もすることができない。」
よくある質問
なぜダニエル・デカリー氏は、士師記6章の御使いを「キリストの顕現」と呼ぶのですか。
ヘブライ語の原文が、(定冠詞のついた)「主の使い」と、単なる一人の御使いとを区別しているからです。旧約聖書の伝統的な読み方では、これを受肉前のキリストの現れと解釈します。つまり、ギデオンに語りかけ、彼を「勇士」と呼んでいるのは、イエス様ご自身なのです。
神様の計画は、一部の「召された」クリスチャンだけに関わるものなのでしょうか。
いいえ。このメッセージは、すべての人が人類の歴史の中で唯一無二の存在理由を持っていることを強調しています。神様の計画は「霊的スーパーマン」だけのために取っておかれたものではありません。それはしばしば控えめに始まります(自分の周りを照らすことから)が、あなたにも関わっているのです。
「帆に取り組む」とは、具体的にどういう意味ですか。
それは、自分の分を果たすことです。訓練を受け、祈り、自分を律し、下すべきだと分かっている決断を下し、必要な技能や支援を得ることです。あなたは風(神様の時と力)を担う責任はありませんが、それが吹くときに備えている責任はあります。
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