ヘロデとピラト:イエス王に逆らう不敬な友情

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ヘロデとピラト:イエス王に逆らう不敬な友情

その日、憎み合っていた二人の男が友人になりました。名前はヘロデとポンテオ・ピラト。二人はライバル同士で、互いを警戒し、おそらく同じ地域での権力を争う間柄でした。それなのに、イエスの裁判をめぐって二人は微笑み合い、礼を尽くし合い、握手を交わします。ルカ23:12はそれを淡々と、しかし胸を打つように伝えています。「その日、ヘロデとピラトは仲直りをした。それまで両者は敵対する仲であった。」

このメディテーションは、ルカ23:1-12から語られた説教を受け継いでいます。2020年3月、外出制限のただ中に、教会と医療従事者に向けた小さな第二のメッセージとして収録されたものです。あなたを詩篇2篇の光のもとでこの場面を見つめるよう招き、神が選ばれた王に逆らう不敬な友情の背後に、もう一つの友情があることを発見していただきたいと願っています。それは、反逆する人間に対するキリストの友情です。あなたにも差し出されているものです。

メッセージの構成

1. この世の権力者たちがイエスの運命を決める

この福音書の場面で、ルカは群衆のことではなく、権力者たちのことを記しています。この場を動かしているのは、力を持つ者たちなのです。

まず、イスラエルの最高法院、サンヘドリンがあります。次に、ユダヤの総督ポンテオ・ピラト。そしてガリラヤの領主ヘロデ、ルカの記述ではこう呼ばれています。この誰一人として、イエスを訴える正当な理由も、有罪とする根拠も持っていません。誰もイエスに死刑に値する罪を見出せません。それなのに、彼らは最終的にイエスの運命について一致します。この日、イエスは犯罪者として十字架につけられることになるのです。

こうした出来事の只中で、驚くべきことが起こります。ルカは12節でこれをはっきりと指摘しています。それまで敵対していたヘロデとピラトが、この日、友人になったのです。思いがけない二人の友情です。ヤルタ会談でのスターリンとルーズベルトを思い起こさせます。微笑み、握手、満足げな表情。それぞれが良い取引をしたと思っています。世界は少し安全になったように見えます。誰もが満足しています。

この突然の友情をどう理解すればよいのでしょうか。ここで本当に起こっていることを見極めるには、詩篇2篇を心に留めておく必要があります。この光がなければ、表面的な出来事に惑わされてしまうでしょう。

2. 詩篇2篇:国々の騒ぎと神の笑い

詩篇2篇は、率直な問いかけから始まります。「なぜ、国々は騒ぎ立ち、もろもろの民はむなしいことを企てるのか。地の王たちは立ち構え、君主たちは相ともに集まって、主とその油そそがれた者に逆らうのか。」彼らは絆を断ち切り、なわめを投げ捨てようとしています。御子なしで支配したいのです。

そして詩篇はこう続きます。「天に座する者は笑い、主は彼らをあざけられる。そして主は怒りをもって彼らに語り、激しい憤りをもって彼らをおののかせて言われる。『わたしはわたしの王を、わが聖なる山シオンに立てた。』」

これこそ、ルカ23章の場面に欠けている光です。ピラトとヘロデとサンヘドリンが勝利したかのように見える一方で、現実はまったく違います。神はご自分の王をすでに選んでおられます。そして、この不当な裁判、十字架、キリストの死に至るまで、起こることすべてが、まさに神のご意志の成就なのです。一点一画に至るまで、寸分の狂いもなく。権力者たちの反逆は、神の権威に対する彼らの反抗心の強さを浮き彫りにします。しかし、神のご計画を揺るがすものではありません。むしろ、それに仕えているのです。

3. 選ばれた王が語り出す

7節から、詩篇2篇では、メシアご自身が語り始めます。「わたしは主の詔を告げよう。主はわたしに言われた。『あなたはわたしの子だ。わたしは、きょう、あなたを生んだ。わたしに求めよ。わたしは国々をあなたの相続地として与え、地の果てまでもあなたの所有として与えよう。あなたは鉄の杖で彼らを打ち破り、陶器を砕くように彼らを砕くのだ。』」

鎖につながれ、辱められ、むち打たれ、サンヘドリンとピラトとヘロデの間をたらい回しにされるイエスだけを見ていると、この約束は遠いもののように思えるでしょう。しかし詩篇2篇の光、そして三日後の復活の光のもとでは、十字架で起こっていることをまったく違う仕方で理解できます。断罪された王は、実は戴冠する王なのです。権力者たちの裁判は、御子の即位に仕えているのです。

4. 二つの相反する友情:不敬な友情か、御子との友情か

詩篇2篇の終わりは、権力者たちへの呼びかけで締めくくられます。「それゆえ、王たちよ、今、悟れ。地をさばく者たちよ、慎め。恐れつつ主に仕え、おののきつつ喜べ。子に口づけせよ。主が怒って、あなたがたが道で滅びることのないために。その怒りはすみやかに燃えるからだ。幸いなことよ、すべて主に身を避ける者は。」

詩篇2篇の冒頭は、ヘロデとピラトの不敬な友情の理由を教えてくれます。それは、神が選ばれた王に逆らう権力者たちの同盟であり、主の油そそがれた者を拒む者たちの結託です。この友情は偽りです。長続きしません。神の怒りの中で消え去るのです。

しかし詩篇の終わりは、もう一つの友情について語っています。見た目にはさらにありえないようでいて、今や本当に可能な友情です。神が選ばれた王であるキリストと、あなたを含む反逆する人間との間の友情です。あなたの不義は、神の正しい怒りに直面するはずでした。あなたの反逆は、宇宙の主権者である王からの正当な断罪に値するものでした。それは死でした。

しかしキリストは、地上に神のさばきを行うために来られただけでなく、信仰をもって近づくすべての者に希望も差し出してくださいます。実際、十字架で、イエスはあなたが受けるべき刑罰を代わりに受けてくださいました。そして、ご自分の完全な義をあなたに与えてくださるのです。こうして神の義は満たされ、その慈しみは十分に現されます。イエスによって、神と和解することが可能になるのです。

5. 招き:御子に口づけし、その友となりなさい

詩篇2篇のこの招きが聞こえますか。御子に口づけしなさい。御子に近づきなさい。その友となりなさい。イエスとのこの友情は、永遠の安心の保証です。それは、この世の権力者たちの一時的な同盟よりもはるかに価値があります。裁判も、危機も、外出制限も乗り越えていくものです。

そして、信仰にある兄弟姉妹の皆さん、喜んでください。平安のうちにとどまってください。確信してください。イエスは天においても地においても、すべての権威を受けておられます。この大いなる栄誉の座にありながら、イエスは私たち哀れな罪人を助けるために来てくださいました。私たちが友となり、神と和解し、永遠に主の食卓に着くことができるためです。

要点

  • イエスの裁判をめぐって不敬な友情が結ばれます。それまで敵同士だったヘロデとピラトは、神が選ばれた王を断罪するその日に友人になります。それは、主の油そそがれた者に逆らう権力者たちの同盟です。
  • 詩篇2篇はルカ23章を読み解く鍵です。この光がなければ、勝利したように見える権力者しか見えません。この光があれば、シオンにご自分の王を立て、彼らの騒ぎを笑っておられる神が見えてきます。
  • 人間の反逆は神のご意志を無効にしません。むしろ、それを成し遂げるのです。不当な裁判、十字架、キリストの死は、まさに神のご計画そのものです。一点一画に至るまで。
  • 二つの友情がありえます。御子に逆らう不敬な友情、これは神の怒りの中で崩れ去ります。あるいは御子との友情、これは永遠の安心の保証です。
  • 十字架がこの友情を可能にします。イエスはあなたが受けるべき刑罰を受け、ご自分の完全な義を与えてくださいます。神の義は満たされ、その慈しみは現され、あなたは和解されるのです。

個人的な適用

  1. 世の中の騒ぎを前にして、イエスを脇に置いてでも自分を守ろうとして、どんな一時的な同盟を結びたくなっていますか。
  2. 私は自分の時代の出来事を、見た目だけで判断していないでしょうか。それとも、イエスがご自分の受難を詩篇2篇で読み解かれたように、聖書を通して読み解いているでしょうか。
  3. 自分の人生のどの部分で、いまだに「権力者」のように振る舞い、御子とつながる絆を断ち切ろうとしているでしょうか。
  4. 詩篇2篇の招き、「御子に口づけせよ」を、私は本当に真剣に受け止めているでしょうか。それとも先延ばしにしているでしょうか。
  5. 今週直面している困難な状況の中で、イエスがすべての権威を受けておられることを思い起こしながら、どうすれば喜び、平安のうちにとどまることができるでしょうか。

引用聖句

  • ルカ23:1-12 (本文:裁判とヘロデとピラトの友情)
  • ルカ23:12 (「その日、ヘロデとピラトは仲直りをした」)
  • 詩篇2篇 (国々は騒ぎ立つが、神はご自分の王を立てられた)
  • 詩篇2:7 (「あなたはわたしの子だ。わたしは、きょう、あなたを生んだ」)
  • 詩篇2:10-12 (「子に口づけせよ」)

よくある質問

なぜヘロデとピラトはイエスをめぐって友人になったのですか。

ルカは政治的な動機を詳しくは記していませんが、聖書の光は明確です。詩篇2篇は、王たちや権力者たちが主とその油そそがれた者に逆らって結束する様子を描いています。ヘロデとピラトの突然の友情は、この反逆の歴史的な現れです。二人は、神が選ばれた王に逆らって一致し、この権力者たちの結託は、逆説的に、神のご計画の成就に仕えているのです。

この不敬な友情は、神のご計画の妨げになるのですか。

いいえ。むしろその成就そのものです。詩篇2篇は、神が権力者たちの企てを笑っておられることを示しています。すでにシオンにご自分の王を立てておられるからです。人間の反逆は彼らの反抗心を浮き彫りにしますが、神のご計画を揺るがすものではありません。イエスが裁判へ、十字架へ、墓へと進まれるのは、まさにそこで、三日後の復活が証しするとおり、真に支配される王となられるからです。

具体的にどうすればイエスの「友」となれますか。

詩篇2篇の招きに応えることによってです。「御子に口づけせよ。」それは、神に対する自分の反逆を認め、イエスがあなたに代わって神の正しい怒りを受けてくださったと信じ、イエスが差し出す完全な義を受け取り、自分の人生をその権威のもとに委ねることを意味します。これは、ヘロデとピラトの間のような一時的な友情ではありません。恵みによって差し出され、復活によって保証され、永遠に封印された、揺るがない和解なのです。

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