要約
イザヤはアモツの子で、ユダの預言者としてエルサレムで働きました。一般的な目安では紀元前8世紀で、複数の王の時代にわたります。神殿で神の聖さに触れる印象的な召命を受けます。さばきを告げる一方で、インマヌエルと呼ばれる子や、多くの人の罪を負うしもべという希望も語りました。新約聖書はイザヤ書を数多く引用しています。
イザヤという名前の意味
名前は「主は救い」という意味の表現と結びつけられるのが一般的です。この救いの思想は、神が民のために備える解放を告げるイザヤ書全体に流れています。
イザヤの生涯
神殿での召命
イザヤ書6章1-8節ウジヤ王が死んだ年、イザヤは高く上げられた御座の主を見ます。セラフィムが主の聖さを叫んでいました。彼は自分の汚れを思い知りますが、セラフィムが燃える炭で唇に触れると、咎は取り除かれます。誰を遣わそうかとの声に、イザヤは私を遣わしてくださいと答えました。
困難な使命
イザヤ書6章9-13節神はイザヤを、聞いても悟らず、見ても理解しない民のもとへ遣わされます。使命は厳しいものでした。それでも希望の光は残ります。切り倒された木にも切り株が残るように、聖なる子孫がこの民から再び生まれると告げられます。
インマヌエルのしるし
イザヤ書7章1-14節アハズ王の時代、アラムとエフライムがエルサレムを脅かし、王の心は震えます。神はイザヤを遣わし、恐れるなと伝えます。そして、処女が身ごもって男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶというしるしを与えます。マタイの福音書1章22-23節は、イエスの誕生にこの成就を見ます。
苦難のしもべ
イザヤ書53章1-12節イザヤは、蔑まれ、悲しみの人で、私たちの罪のために刺され、咎のために砕かれたしもべを描きます。屠り場に引かれる羊のように黙し、すべての人の咎を負います。また多くの人を義とすると告げます。新約聖書はこれを、ご自身を死に渡されたイエスに見ます。
ヒゼキヤのいやし
列王記第二20章1-11節ヒゼキヤは死に至る病にかかり、イザヤは死が近いと告げます。王は涙ながらに祈ります。イザヤが宮廷を出る前に、神は祈りを聞いたので十五年を加えると告げさせます。しるしとして、日時計の影が十度戻りました。
イザヤから学ぶこと
- 神の聖さの前で、私たちは自分の汚れを知ります。清め、遣わしてくださるのは神です。
- 神の召しに進んで応えることは、使命が困難に見えても大切な一歩です。
- 神は、すべてが脅かされているように見えるときの恐れを静めるため、しるしと約束を与えてくださいます。
- 十字架は預言されていました。イエスは私たちの罪を負い、その打ち傷によって私たちは癒やされました。
- 神は真実な祈りを聞いてくださいます。ヒゼキヤのときもそうでした。
鍵となる聖句
イザヤについての説教
よくある質問
なぜ神はイザヤを選ばれたのですか。
聖書は功績による理由を示しません。イザヤ書6章で預言者は自分の汚れを認め、神が彼を清めてから遣わします。召しは恵みに基づいており、イザヤは私を遣わしてくださいと答えました。
イザヤという名前にはどんな意味がありますか。
名前はヘブル語で「主は救い」を意味する表現と結びつけられるのが一般的です。聖書は直接の説明を与えませんが、救いの思想はこの書の中心で、神の解放と罪を負うしもべを告げています。
イザヤの物語は聖書のどこにありますか。
イザヤ書、特に6〜8章、20章、36〜39章、53章にあります。ヒゼキヤの病の記事は列王記第二19〜20章にもあり、そこでもイザヤは王のもとで働いています。