要約
カペナウムの役人は、ヨハネによる福音書が名を記していない父親です。息子が病気で死にかかっており、イエスがガリラヤに来られたと聞いて、カナまで出向き、カペナウムに下って息子をいやしてほしいと願いました。イエスはただ、あなたの息子は助かると答えます。男はその言葉を信じて帰り、途中で息子がちょうどその時刻にいやされたと知り、家族全員で信じました。
カペナウムの役人という名前の意味
ヨハネはこの人を、ある役人とだけ呼び、名を記していません。王に仕える人を指す語で、当時ガリラヤを治めていたヘロデ・アンテパスに仕えた人と考えるのが一般的です。この出来事は、僕がいやされたマタイによる福音書8章の百人隊長の記事とは別のものです。
カペナウムの役人の生涯
イエスのガリラヤ帰還
ヨハネによる福音書4章43-46節サマリヤで二日を過ごしたイエスは、ガリラヤに向かいます。人々はエルサレムの祭でイエスのなされたことを見ていたので、歓迎しました。イエスはかつて水をぶどう酒に変えたカナに再び行かれました。そのころ、カペナウムには、病気の息子を持つ役人がいました。
願う父
ヨハネによる福音書4章47節イエスがユダヤからガリラヤに来ておられると聞いた役人は、みもとに来て、カペナウムに下って息子をいやしてほしいと願いました。息子は死にかかっていたからです。地位のある人が自ら出向き、父の愛と切迫した思いから恵みを願ったのです。
試みる言葉
ヨハネによる福音書4章48-49節イエスは、しるしと奇跡とを見ない限り、あなたがたは決して信じないだろう、と言われました。これは役人だけでなく、多くの人に向けた言葉です。しかし父はあきらめず、「主よ、どうぞ、子供が死なないうちにきて下さい」と願い続けます。その願いは、へりくだっていて切実でした。
言葉を信じる
ヨハネによる福音書4章50節イエスは同行されず、ただ「お帰りなさい。あなたのむすこは助かるのだ」と言われました。本文は、彼は自分に言われたイエスの言葉を信じて帰って行った、と記します。目に見えるしるしがないまま、役人はイエスの言葉だけを頼りに帰って行きました。
午後一時
ヨハネによる福音書4章51-53節下って行く途中、僕たちが出会い、息子が助かったと告げます。役人が回復し始めた時刻を尋ねると、きのうの午後一時に熱が引いたとのことでした。それはイエスが語られた時刻と同じで、父は自分も家族一同も信じました。
第二のしるし
ヨハネによる福音書4章54節ヨハネは、これがイエスがユダヤからガリラヤに来てなされた第二のしるしだと結びます。カナの婚礼に続くしるしです。しるしの目的は信仰に導くことにあり、切実な願いから言葉への信頼へ、そして家族全員の信仰へと育つ信仰が描かれています。
カペナウムの役人から学ぶこと
- 苦しみは、地位に関わらず、へりくだってイエスのもとへ行く入り口になりえます。
- まだ何も見えなくても、イエスの言葉だけで十分です。
- イエスは距離に妨げられません。ただ言葉によって働かれます。
- 父の信仰が、家族全体の信仰への道を開くことがあります。
鍵となる聖句
「彼は自分に言われたイエスの言葉を信じて帰って行った」。役人の信仰は、目に見える証拠より先に、言葉だけに寄りかかっています。
父は、いやしがイエスの語られた時刻と同じであったと知ります。信仰は固くされ、家族一同も彼と共に信じました。
信仰は聞くことによる、聞くことはキリストの言葉による、と語る節です。役人は、聞いた言葉を信じた実例です。
カペナウムの役人についての説教
よくある質問
カペナウムの役人とは誰ですか。
王に仕えるカペナウムの人で、おそらくヘロデ・アンテパスの下にいた役人です。息子は死にかかっていました。ヨハネは彼の名を記しません。彼はカナのイエスを訪ねて息子のいやしを願い、イエスは離れた所からいやされました。役人は家族全員で信じました(ヨハネによる福音書4章46-53節)。
カペナウムの百人隊長と同じ人ですか。
いいえ、別の記事です。マタイによる福音書8章とルカによる福音書7章の百人隊長は僕のためにとりなし、イエスに自分の家に来る必要はないと言いました。ヨハネ4章の役人は自分の息子のために願い、イエスに下って来るよう迫りました。どちらの場合も、イエスは言葉によって離れた所からいやされます。
役人の記事は聖書のどこにありますか。
この記事はヨハネによる福音書4章46-54節だけにあり、サマリヤの女との出会いの後に続きます。ヨハネは、イエスがユダヤからガリラヤに来てなされた第二のしるしと述べます。第一は、カナで水をぶどう酒に変えた奇跡です(ヨハネによる福音書2章1-11節)。