聖書の人物 アガボ

生涯、名前の意味、人生の教訓

要約

アガボは、使徒の働きに二度登場する一世紀の預言者です。エルサレムからアンティオキアに下って来て、御霊によって大飢饉が起こると告げ、その飢饉は当時のローマ皇帝の治世に実際に起こりました。のちにカイサリアで、パウロの帯で自分の手足を縛り、パウロがエルサレムでユダヤ人に縛られ、異邦人の手に渡されると預言しました。その言葉は成就し、パウロは全き従順をもって応えました。

アガボという名前の意味

アガボという名の由来は定かではありません。ヘブル語でイナゴを意味する語に結びつけられることもありますが、これは推測にとどまります。聖書はこの名の意味を説明していません。

アガボの時代背景

アガボの物語は、一世紀の半ば、使徒の働きに描かれたまだ若い教会を舞台に展開します。ステパノが殺されたのち、迫害によってエルサレムの弟子たちは散らされました。そのうちの何人かはシリアのアンティオキアに着き、ギリシア人にも福音を語りました。多くの人が信じたため、エルサレムの教会はバルナバを遣わして励まします。バルナバはサウロを捜しにタルソへ行き、アンティオキアで弟子たちは初めてキリスト者と呼ばれるようになりました(使徒の働き11章19〜26節)。そのような中で、預言者たちがエルサレムからアンティオキアに下って来ます。その一人がアガボでした。彼が告げた飢饉は、ルカが名を挙げるローマ皇帝の治世に起こりました。一般的な年代の目安によれば、この出来事は一世紀の40年代にあたります。21章で物語が再び動くとき、すでに数年が過ぎています。パウロは第三次伝道旅行を終え、エルサレムへ向かっていました。途中、ローマの行政の中心でもある港町カイサリアで、伝道者ピリポの家に泊まります。ここで、アガボとの二度目の出会いが起こります。二つの場面には共通点があります。御霊によって与えられたことばが、信者たちに具体的な決断を促したことです。

アガボの生涯

  1. アンティオキアに生まれた新しい教会

    使徒の働き11章19〜26節

    ステパノの死ののちに散らされた弟子たちは、フェニキア、キプロス、アンティオキアにまで行きました。キプロスやクレネから来た数人は、ギリシア人にも主イエスの福音を語りかけました。主の御手が彼らとともにあって、大ぜいの人が信じました。バルナバはエルサレムから来て神の恵みを見て喜び、やがてサウロを連れて戻ります。二人は丸一年、大ぜいの人々を教えました。

  2. 預言者たちがエルサレムから下って来る

    使徒の働き11章27節

    ルカは簡潔に、そのころ預言者たちがエルサレムからアンティオキアに下って来たと記します。預言者は一人だけの例外的な存在ではなく、教会の中で認められたグループに属していたことが分かります。彼らが何のために来たのか、本文は述べておらず、憶測でその空白を埋めてはなりません。心に留めるべきは、母教会のエルサレムとアンティオキアの共同体との生きた結びつきです。アンティオキアは、他の場所から来た賜物を受け取る教会でもありました。

  3. 大飢饉の予告

    使徒の働き11章28節

    その中の一人でアガボという人が立って、御霊によって、世界中に大飢饉が起こると告げました。ルカは、それが実際に、彼の名を挙げるローマ皇帝の治世に起こったと付け加えています。語り手は、このことばが確かに成就したことを示そうとしています。アガボは自分の判断ではなく御霊に促されて語り、アンティオキアに集まった全会衆の前で語りました。この預言は、弟子たちを怖がらせるためではなく、前もって備えさせるためのものでした。

  4. 組織された救援

    使徒の働き11章29〜30節

    弟子たちは、それぞれの力に応じて、ユダヤに住む兄弟たちに救援の物を送ることに決めました。そして、それをバルナバとサウロの手によって、長老たちに届けました。だれも強いられたわけではなく、各自が自分にできる範囲で献げたのです。助けを受けたのは、必ずしも個人的に知っている人々ではなかったことにも注目しましょう。キリストにある結びつきだけで十分だったのです。アガボの預言は、単純で効果的な、教会全体の行動を生み出しました。

  5. 数年後のカイサリアで

    使徒の働き21章8〜10節

    パウロと同行者たちはカイサリアに着き、七人のひとりである伝道者ピリポの家に泊まりました。ルカは、ピリポには預言をする未婚の娘が四人いたと書き留めています。数日滞在していると、アガボという預言者がユダヤから下って来ました。使徒の働きは、彼がパウロのためにわざわざ来たとは述べていませんが、決定的な時にそこに居合わせています。試練が待つ町へと向かう使徒の前に、彼は立ちます。

  6. 帯を使った行動

    使徒の働き21章11節

    アガボはパウロの帯を取り、自分の手足を縛って、聖霊がこう言っておられると語りました。この帯の持ち主は、エルサレムでユダヤ人たちによって同じように縛られ、異邦人の手に渡されるというのです。ことばに添えられたこうした象徴的な行動は、旧約聖書の何人かの預言者が、自分のメッセージを動作で示したことを思い起こさせます。

  7. 涙と祈りと決意

    使徒の働き21章12〜14節

    これを聞いて、ルカをはじめ同行者たちも土地の人々も、パウロにエルサレムへ上らないでほしいと懇願しました。パウロは、泣いたりして私の心を打ち砕こうとは、どういうことかと答えます。そして、エルサレムで縛られるだけでなく、主イエスの御名のために死ぬ覚悟もできていると言います。説得に応じないので、人々は主のみこころがなりますようにと言って、主にゆだねました。

  8. 警告が現実になる

    使徒の働き21章27〜33節

    エルサレムで、アジアから来たユダヤ人たちが宮にいるパウロを見つけ、群衆を扇動して彼を捕らえました。彼らはパウロを宮の外へ引きずり出し、殺そうとします。千人隊長が兵士たちを率いて介入し、パウロを捕らえて二本の鎖で縛らせました。ルカはアガボの預言を明示的に思い出させることなく事実を語りますが、読者はカイサリアで告げられたことが起こったのだと気づきます。

アガボから学ぶこと

  • 本物の預言の言葉は、教会を備えさせ、行動へと導くために与えられます。アンティオキアでは、救援が組織されました。
  • 寛大さは、それぞれの力に応じて表れます。アンティオキアの弟子たちは、各自ができるだけのものを送りました。
  • 啓示を受けるだけでは足りず、それが何をするよう求めているかを知る必要があります。カイサリアでは、パウロの友人たちとパウロが、それぞれ別の結論に至りました。
  • 神への従順には大きな犠牲が伴うことがあります。パウロは、待ち受けるものを十分に知ったうえでエルサレムへ進みました。
  • アンティオキアとエルサレムの教会は互いに支え合っていました。地域教会は孤立して存在するのではないことを思い起こさせます。

鍵となる聖句

使徒の働き11章28節

アガボは立って、御霊によって世界中に大飢饉が起こると告げます。ルカは、それが皇帝の治世に実際に起こったと記します。新約の預言が来たるべき出来事を告げ、成就によって確かめられることをこの箇所は示しています。

使徒の働き21章11節

アガボは帯の象徴的な行動を通して、聖霊が語られる内容を伝えます。パウロはエルサレムでユダヤ人に縛られ、異邦人に渡されます。起ころうとしていることについて、具体的で、曖昧さのない告知です。

使徒の働き21章13節

パウロは、主イエスの御名のためなら、エルサレムで縛られるだけでなく死ぬ覚悟もできていると答えます。将来を知っても従順は妨げられず、キリストへの忠実さが自分の安全よりも優先されることを彼は示しています。

アガボについての説教

よくある質問

聖書のアガボとは誰ですか?

アガボは初代教会の預言者です。使徒の働きに二度登場し、アンティオキアでは大飢饉を告げ、カイサリアでは、パウロがエルサレムでユダヤ人に縛られ、異邦人の手に渡されると預言しました。

アガボという名前にはどんな意味がありますか?

この名の由来は定かではありません。ヘブル語でイナゴを意味する語に結びつける人もいますが、推測にすぎません。聖書はアガボの名の意味を説明していないので、この点については慎重でいるほうがよいでしょう。

アガボの話は聖書のどこにありますか?

使徒の働きの二か所にあります。大飢饉の預言は11章27-30節に、帯の象徴的な行動によるパウロの捕縛の預言は21章10-14節に記されています。どちらの場合も、彼の言葉は実現しました。

アガボが告げた飢饉の預言は成就しましたか。

本文によれば、成就しました。使徒の働き11章28節は、アガボが御霊によって世界中に大飢饉が起こると告げ、それが実際に、ルカが名を挙げるローマ皇帝の治世に起こったと記しています。使徒の働きの著者ルカは他の資料を挙げず、成就したという事実だけを述べています。正確な年代は歴史家の研究に左右されます。物語にとって大切なのは、アガボのことばが裏づけられたこと、そして危機が襲う前に、アンティオキアの教会がユダヤの兄弟たちを助けることができたという点です。

パウロはエルサレムへ上って、御霊に背いたのですか。

本文はそうは述べていません。使徒の働き21章4節では、ツロで、御霊に示された弟子たちがパウロにエルサレムへ上らないよう勧めていました。カイサリアではアガボが待ち受ける運命を告げ、友人たちが行かないでほしいと懇願します。パウロは、縛られることも、主イエスの御名のために死ぬことも覚悟していると答えます(使徒の働き21章13節)。ルカはこの場面を、パウロを少しも責めることなく伝えています。そこにあるのは、承知の上で歩む使徒と、ついには主のみこころにゆだねる兄弟たちの姿です。

アガボは、なぜパウロの帯で自分を縛ったのですか。

アガボの行動は、目に見える動作を伴った預言のことばです。聖書には、告げることを身ぶりで示した預言者たちの例が他にもあります。ここでは帯がパウロのものだったので、メッセージは個人的なものになりました。アガボは自分の手足を縛り、パウロに起こることを示したのです。本文は、この行動をこれ以上くわしく説明していません。このことばが聖霊によって与えられたものであり、明確であったと受け止めれば十分です。

アガボがパウロと会ったときに泊まっていた、伝道者ピリポとはだれですか。

使徒の働き21章8節は、彼を七人のひとりである伝道者として紹介しています。使徒の働き6章で、エルサレムで食卓のお世話をするために選ばれた人々の一人です。8章では、サマリアでキリストを宣べ伝え、ガザへ向かう道でエチオピアの人に出会う姿が描かれます。やがてカイサリアに落ち着き、パウロと同行者たちはその家に泊まりました。預言をする未婚の娘が四人いたことを、ルカは簡潔に記しています。この点から、ピリポの家が預言のことばを耳にできる場所だったことがうかがえます。

アガボの例から見て、新約聖書における預言とは何ですか。

二つの場面は、御霊によって受けたことばが信者たちに語られ、具体的な結果を生んだことを示しています。アンティオキアでは献金が集められ、カイサリアでは祈りが捧げられました。アガボは起ころうとしていることを告げますが、パウロに何をすべきかは命じません。適用は、聞く人々にゆだねられています。カイサリアのキリスト者はパウロに断念を懇願し、パウロは従順をもって答えました。この出来事は、預言のことばを信仰をもって聞きながら、それが何を求めているかを見分け続けるよう私たちを招いています。

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