要約
アサフはレビ人で、ダビデがエルサレムの契約の箱の前で歌い手の長に立てました。彼はシンバルを鳴らし、兄弟たちと共に賛美を導きます。十二の詩篇がアサフの名を冠し、詩篇50篇と73篇から83篇です。詩篇73篇は悪者の繁栄を前にした信仰の危機と、神の聖所で取り戻した平安を語り、詩篇78篇は民の歴史を子どもたちに伝えます。子孫のアサフ族は、捕囚からの帰還後も歌い続けました。疑いを神に率直に語る誠実な礼拝者です。
アサフという名前の意味
アサフはヘブル語の名前で、一般に「集める」「寄せ集める」という意味の動詞に結びつけられます。聖書はこの意味に触れません。ダビデの歌い手と、ネヘミヤ記2章8節のペルシアの王の森の管理人など、同じ名の他の人物とは区別すべきです。
アサフの生涯
契約の箱の前の歌い手の長
歴代誌上16章1-7節契約の箱がダビデの張った天幕に安置されると、王はレビ人に、主を呼び求め、感謝し、ほめたたえる箱の前の務めを任せました。長はアサフ、次はゼカリヤです。アサフはシンバルを鳴らし、その日ダビデは初めて、アサフと兄弟たちに主への賛美を委ねました。
箱の日の賛歌
歴代誌上16章8-36節この日アサフに委ねられた賛歌は、主に感謝し、そのみわざを国々の間に語り、アブラハム、イサク、ヤコブと結んだ契約を覚えるよう呼びかけます。もろもろの民の神々はみな偽りの神であり、主が天を造られたと宣言し、主に感謝せよ、主はいつくしみ深く、その恵みはとこしえまでと歌います。
絶え間ない奉仕
歴代誌上16章37節ダビデは、日ごとの務めに応じて、絶えず契約の箱の前で仕えるよう、アサフと兄弟たちをそこに残しました。賛美は大きな祭りだけのものではなく、神の家の日々の務めとなり、アサフとその一族に委ねられました。
滑りそうになった足
詩篇73篇1-16節詩篇73篇で、アサフは、私の足はつまずきそうで、歩みは滑りそうだったと打ち明けます。高ぶり、暴力的な悪者が、それでも幸せそうなのを見て、愚か者をねたみました。心を清く保ったのはむなしかったのかとさえ思います。ひとりで考えても、答えは見つかりませんでした。
聖所で取り戻した平安
詩篇73篇17-28節アサフが神の聖所に入り、悪者の最期を悟った時、すべてが変わりました。自分は愚かで、神の前で獣のようだったと認めます。そして、天であなた以外に誰を持つでしょう、地でも私はあなたのほかに喜びとするものがないと告白します。神は永遠に彼の心の岩、受ける分であり、神に近づくことが幸せなのです。
子どもたちに伝える
詩篇78篇1-8節詩篇78篇は、次の世代を教えるために民の歴史を語るアサフのマスキールです。父祖たちが語り伝えたことを、私たちは子どもたちに隠さない。彼らが神に信頼し、そのみわざを忘れず、父祖のように頑なで心の定まらない世代とならないためです。
聖書クイズに挑戦
アサフから学ぶこと
- あなたの賛美は、普通の日々にも意味があります。アサフは大祭の時だけでなく、日ごとに箱の前で仕えました。
- 足が滑りかけたと神に言ってかまいません。アサフの詩篇には、率直な疑いの居場所があります。
- 悪者の繁栄に心が乱れるなら、神の臨在に入りましょう。そこで目の向きが正しく戻されます。
- 神がなさったことを子どもたちに語りましょう。次の世代に歴史を隠さないとき、信仰は受け継がれます。
鍵となる聖句
危機の後のアサフの告白です。天にも地にも神に並ぶものはなく、肉体も心も衰えても、神は彼の心の岩、受ける分です。
箱が天幕に入った日、ダビデは初めて主への賛美をアサフと兄弟たちに委ねました。子孫が受け継ぐ歌の奉仕の始まりです。
アサフは、主の賛美、その力、不思議なみわざを子どもたちに隠さないと言います。信仰の継承は彼の歌の中心にあります。
アサフについての説教
よくある質問
なぜアサフは信仰を失いかけたのですか。
詩篇73篇で自ら語っています。悪者が苦しみを免れ、高ぶりの中で栄えるのを見て愚か者をねたみ、心を清く保ったのはむなしかったのかと思いました。神の聖所に入り、悪者の最期を見つめた時、平安が戻ってきました(詩篇73篇17節)。
アサフという名前にはどんな意味がありますか。
アサフは一般に「集める」「寄せ集める」という意味のヘブル語の動詞に結びつけられます。聖書は意味を説明していません。この名は他の人も持ち、ネヘミヤにアルタクセルクセス王の森から木材を供給した管理人もそうです(ネヘミヤ記2章8節)。ダビデの歌い手とは別人です。
アサフの物語は聖書のどこにありますか。
アサフは歴代誌に登場し、とくに歴代誌上15章と16章でダビデが彼を契約の箱の前の歌い手の長に立て、25章で歌い手たちの奉仕が整えられます。名は詩篇50篇と73篇から83篇の表題にあり、エズラ記2章41節と3章10節は、帰還したアサフ族に触れています。