聖書の人物 片手のなえた人

生涯、名前の意味、人生の教訓

要約

片手のなえた人は、名の記されていない人です。ある安息日、会堂で、イエスを訴えようとするパリサイ人たちの見守る前で、イエスは彼をいやされました。ルカは、それが右手であったと記します。イエスの命じるままに彼が手を伸ばすと、手は元どおりになりました。マタイ、マルコ、ルカの三つの福音書がこの奇跡を伝えています。安息日に善を行うことは正しく、イエスは安息日の主であると教えられます。

片手のなえた人という名前の意味

聖書はこの人の名を記さず、手がなえているという体の状態でのみ彼を呼びます。ルカは、それが右手であったと記しています(ルカの福音書6章6節)。

片手のなえた人の生涯

  1. 安息日の主

    マルコの福音書2章23-28節

    その少し前、パリサイ人たちは、弟子たちが安息日に穂を摘んだことを責めます。イエスはダビデの例を挙げ、「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない」と言われました。人の子は安息日にもまた主であると続けます。直後のいやしは、この言葉を示すものとなります。

  2. 会堂で見張られて

    マルコの福音書3章1-2節

    イエスがまた会堂にはいられると、そこに片手のなえた人がいました。ルカはそれが右手であったと記します。人々は、イエスを訴えようと思って、安息日にその人をいやされるかどうかをうかがっていました。この人は、イエスに仕掛けられた罠の中心に置かれたのです。

  3. 立って、中へ出てきなさい

    マルコの福音書3章3-4節

    イエスはその人に「立って、中へ出てきなさい」と言い、人々に尋ねられます。安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか。彼らは黙っていました。マタイは、穴に落ちた羊をだれもが引き上げるというたとえを伝えます。

  4. 手を伸ばしなさい

    マルコの福音書3章5節

    イエスは怒りを含んで彼らを見まわし、その心のかたくななのを嘆かれます。そして、その人に「手を伸ばしなさい」と言われました。彼が手を伸ばすと、その手は元どおりになりました。マタイは、ほかの手のように良くなったと記します。いやす言葉と、信頼して従う行動が結び合っています。

  5. イエスを殺す相談

    マルコの福音書3章6節

    パリサイ人たちは喜ぶどころか、出て行って、すぐにヘロデ党の者たちと、なんとかしてイエスを殺そうと相談しはじめました。ルカは、彼らが激しく怒ったと記します。一人の人が手を取り戻したその日に、かたくなな心は、いやしたかたを滅ぼす道を探していたのです。

  6. 預言された僕

    マタイの福音書12章14-21節

    それを知ってイエスはそこを去られ、多くの人々がついてくると、皆をいやされました。マタイはここにイザヤの預言の成就を見ます。選ばれた僕は争わず、叫ばず、「いためられた葦を折ることがなく、煙っている燈心を消すこともない」。イエスは弱い者を大切にされます。

片手のなえた人から学ぶこと

  • 必要の中にいる人に善を行うことは、愛のない規則の適用よりも神をあがめることになる。
  • ほかの人々が訴える口実しか見ないところで、イエスは苦しむ人を見ておられる。
  • イエスの言葉への従順は、しばしばその恵みのわざに伴う。
  • かたくなな心は、奇跡に立ち会っても神の良さを喜ばないことがある。
  • イエスは安息日の主であり、イエスが与える休みは人の益のためにある。

鍵となる聖句

マルコの福音書3章5節

イエスはその心のかたくななのを嘆き、そのうえで、その人に手を伸ばすよう言われます。なえた人へのあわれみは、敵対者たちのかたくなさと対照をなしています。

マタイの福音書12章12節

イエスは「人は羊よりも、はるかにすぐれているではないか」と言い、安息日に良いことをするのは正しいと結論されます。

マルコの福音書2章27節

いやしの直前に語られた原則です。安息日は人のために与えられました。休みの日は神の賜物であり、善を行うことを妨げる重荷ではありません。

片手のなえた人についての説教

よくある質問

なぜパリサイ人たちは、この日にイエスがいやすことを責めたのですか。

その日が安息日で、いやしを定められた休みへの違反と見たからです。彼らはイエスを訴えようとうかがっていました。イエスは、安息日に善を行うのと悪を行うのとどちらがよいかと尋ね、その日に穴に落ちた羊をだれもが引き上げるではないかと指摘されます。

片手のなえた人の名前は何ですか。

聖書は記していません。マタイ、マルコ、ルカは、彼をただ片手のなえた人として述べ、ルカは右手であったと加えています。物語で大切なのは、イエスのあわれみと、その言葉の権威です。

片手のなえた人の物語はどこにありますか。

物語は三つの福音書にあり、マタイの福音書12章9-14節、マルコの福音書3章1-6節、ルカの福音書6章6-11節です。いずれも安息日に穂を摘んだ論争の直後に置かれています。マタイはそのあとに、神の僕についてのイザヤの引用を加えています(マタイの福音書12章15-21節)。

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