聖書 — 口語訳 (1955)

ダニエル書 9

概要

ダニエル書9章は、バビロンの陥落のすぐ後の出来事です。エレミヤ書を読んで、ダニエルはエルサレムの荒廃の七十年が終わりに近づいていることを悟ります。彼は祈りと断食、そして自分を民と一つに数える告白をもって神に向かいます。祈り終えるやいなや、ガブリエルが来て、七十週の幻の悟りを与えます。この章は、とりなしの祈りの模範であると同時に、旧約聖書の中で最も議論される預言の箇所の一つです。

この章の5つの区分

  1. 1-3節ダニエルはエレミヤ書を読み、神に向かう
  2. 4-14節告白:神は義であり、私たちは罪を犯した
  3. 15-19節願い:ゆるしてください、行ってください、延ばさないでください
  4. 20-23節ガブリエルが答えをもたらす
  5. 24-27節七十週の幻

1メデアびとアハシュエロスの子ダリヨスが、カルデヤびとの王となったその元年、

2すなわちその治世の第一年に、われダニエルは主が預言者エレミヤに臨んで告げられたその言葉により、エルサレムの荒廃の終るまでに経ねばならぬ年の数は七十年であることを、文書によって悟った。

3それでわたしは、わが顔を主なる神に向け、断食をなし、荒布を着、灰をかぶって祈り、かつ願い求めた。

4すなわちわたしは、わが神、主に祈り、ざんげして言った、「ああ、大いなる恐るべき神、主、おのれを愛し、おのれの戒めを守る者のために契約を保ち、いつくしみを施される者よ、

5われわれは罪を犯し、悪をおこない、よこしまなふるまいをなし、そむいて、あなたの戒めと、おきてを離れました。

6われわれはまた、あなたのしもべなる預言者たちが、あなたの名をもって、われわれの王たち、君たち、先祖たち、および国のすべての民に告げた言葉に聞き従いませんでした。

7主よ、正義はあなたのものですが、恥はわれわれに加えられて、今日のような有様です。すなわちユダの人々、エルサレムの住民および全イスラエルの者は、近き者も、遠き者もみな、あなたが追いやられたすべての国々で恥をこうむりました。これは彼らがあなたにそむいて犯した罪によるのです。

8主よ、恥はわれわれのもの、われわれの王たち、君たちおよび先祖たちのものです。これはわれわれがあなたにむかって罪を犯したからです。

9あわれみと、ゆるしはわれわれの神、主のものです。これはわれわれが彼にそむいたからです。

10またわれわれの神、主のみ声に聞き従わず、主がそのしもべ預言者たちによって、われわれの前に賜わった律法を行わなかったからです。

11まことにイスラエルの人々は皆あなたの律法を犯し、離れ去って、あなたのみ声に聞き従わなかったので、神のしもべモーセの律法にしるされたのろいと誓いが、われわれの上に注ぎかかりました。これはわれわれが神にむかって罪を犯したからです。

12すなわち神は大いなる災をわれわれの上にくだして、さきにわれわれと、われわれを治めたつかさたちにむかって告げられた言葉を実行されたのです。あのエルサレムに臨んだような事は、全天下にいまだかつてなかった事です。

13モーセの律法にしるされたように、この災はすべてわれわれに臨みましたが、なおわれわれの神、主の恵みを請い求めることをせず、その不義を離れて、あなたの真理を悟ることをもしませんでした。

14それゆえ、主はこれを心に留めて、災をわれわれに下されたのです。われわれの神、主は、何事をされるにも、正しくあらせられます。ところが、われわれはそのみ声に聞き従わなかったのです。

15われわれの神、主よ、あなたは強きみ手をもって、あなたの民をエジプトの地から導き出して、今日のように、み名をあげられました。われわれは罪を犯し、よこしまなふるまいをしました。

16主よ、どうぞあなたが、これまで正しいみわざをなされたように、あなたの町エルサレム、あなたの聖なる山から、あなたの怒りと憤りとを取り去ってください。これはわれわれの罪と、われわれの先祖の不義のために、エルサレムと、あなたの民が、われわれの周囲の者の物笑いとなったからです。

17それゆえ、われわれの神よ、しもべの祈と願いを聞いてください。主よ、あなたご自身のために、あの荒れたあなたの聖所に、あなたのみ顔を輝かせてください。

18わが神よ、耳を傾けて聞いてください。目を開いて、われわれの荒れたさまを見、み名をもってとなえられる町をごらんください。われわれがあなたの前に祈をささげるのは、われわれの義によるのではなく、ただあなたの大いなるあわれみによるのです。

19主よ、聞いてください。主よ、ゆるしてください。主よ、み心に留めて、おこなってください。わが神よ、あなたご自身のために、これを延ばさないでください。あなたの町と、あなたの民は、み名をもってとなえられているからです」。

20わたしがこう言って祈り、かつわが罪とわが民イスラエルの罪をざんげし、わが神の聖なる山のために、わが神、主の前に願いをしていたとき、

21すなわちわたしが祈の言葉を述べていたとき、わたしが初めに幻のうちに見た、かの人ガブリエルは、すみやかに飛んできて、夕の供え物をささげるころ、わたしに近づき、

22わたしに告げて言った、「ダニエルよ、わたしは今あなたに、知恵と悟りを与えるためにきました。

23あなたが祈を始めたとき、み言葉が出たので、それをあなたに告げるためにきたのです。あなたは大いに愛せられている者です。ゆえに、このみ言葉を考えて、この幻を悟りなさい。

24あなたの民と、あなたの聖なる町については、七十週が定められています。これはとがを終らせ、罪に終りを告げ、不義をあがない、永遠の義をもたらし、幻と預言者を封じ、いと聖なる者に油を注ぐためです。

25それゆえ、エルサレムを建て直せという命令が出てから、メシヤなるひとりの君が来るまで、七週と六十二週あることを知り、かつ悟りなさい。その間に、しかも不安な時代に、エルサレムは広場と街路とをもって、建て直されるでしょう。

26その六十二週の後にメシヤは断たれるでしょう。ただし自分のためにではありません。またきたるべき君の民は、町と聖所とを滅ぼすでしょう。その終りは洪水のように臨むでしょう。そしてその終りまで戦争が続き、荒廃は定められています。

27彼は一週の間多くの者と、堅く契約を結ぶでしょう。そして彼はその週の半ばに、犠牲と供え物とを廃するでしょう。また荒す者が憎むべき者の翼に乗って来るでしょう。こうしてついにその定まった終りが、その荒す者の上に注がれるのです」。

鍵となる聖句

3節
それでわたしは、わが顔を主なる神に向け、断食をなし、荒布を着、灰をかぶって祈り、かつ願い求めた。

ダニエルは神のことばに、祈りと断食、荒布と灰をもって応えます。読んだ約束は祈りの代わりにはなりません。むしろ祈りを呼び起こします。

9節
あわれみと、ゆるしはわれわれの神、主のものです。これはわれわれが彼にそむいたからです。

告白の中心でダニエルは、「あわれみと、ゆるしはわれわれの神、主のものです」と言います。それは民がそむいたからこそです。彼は自分の功績を訴えません。

18節
わが神よ、耳を傾けて聞いてください。目を開いて、われわれの荒れたさまを見、み名をもってとなえられる町をごらんください。われわれがあなたの前に祈をささげるのは、われわれの義によるのではなく、ただあなたの大いなるあわれみによるのです。

ダニエルは、民の義ではなく、神の大いなるあわれみに頼ります。十字架よりはるか前の、恵みに基づく祈りです。

23節
あなたが祈を始めたとき、み言葉が出たので、それをあなたに告げるためにきたのです。あなたは大いに愛せられている者です。ゆえに、このみ言葉を考えて、この幻を悟りなさい。

ガブリエルは、祈りを始めたときにみ言葉が出たこと、そしてそれを伝えに来たことを告げます。そしてダニエルを、大いに愛せられている者と呼びます。

24-27節
あなたの民と、あなたの聖なる町については、七十週が定められています。これはとがを終らせ、罪に終りを告げ、不義をあがない、永遠の義をもたらし、幻と預言者を封じ、いと聖なる者に油を注ぐためです。 それゆえ、エルサレムを建て直せという命令が出てから、メシヤなるひとりの君が来るまで、七週と六十二週あることを知り、かつ悟りなさい。その間に、しかも不安な時代に、エルサレムは広場と街路とをもって、建て直されるでしょう。 その六十二週の後にメシヤは断たれるでしょう。ただし自分のためにではありません。またきたるべき君の民は、町と聖所とを滅ぼすでしょう。その終りは洪水のように臨むでしょう。そしてその終りまで戦争が続き、荒廃は定められています。 彼は一週の間多くの者と、堅く契約を結ぶでしょう。そして彼はその週の半ばに、犠牲と供え物とを廃するでしょう。また荒す者が憎むべき者の翼に乗って来るでしょう。こうしてついにその定まった終りが、その荒す者の上に注がれるのです」。

これらの節は、イスラエルとエルサレムのために定められた七十週を告げています。キリスト者は、その年代についても、来たるべき君の役割についても、さまざまに解釈しています。

この章に登場する人物

説教が語っていること

違いを恐れず生きる勇気:ダニエル書1章に学ぶ従順のリスクこの説教は、ダニエルの告白から、神についての三つの真理を取り上げます。神は畏れ多く、善であり、力ある方です。続く章で、ダニエルはこの真理に立って、危険を冒して従います。要約を読む →読み、聞き、守る:御言葉は成就しなければならない20節から23節をもとに、祈りが聞かれることと、その実現が現れることを区別します。願い求めの初めにみ言葉は出ていましたが、その成就には時間が必要でした。要約を読む →生きた祈り:何も見えないときこそイエス様にくっついていよう女性の説教者は、ダニエルをとりなしの模範として示します。彼は民を裁かず、その立場に身を置いて赦しを求めます。惑わしの中で議論をするのではありません。要約を読む →ひとつの秘密、ひとつの約束:神様は語られたことを必ず成し遂げてくださいますダニエルのような心を神に求めます。悔い改めることができ、ひざまずいて祈ることをいとわず、神が一人ひとりを造り変えてくださると信じるとりなし手です。要約を読む →携挙のあと:患難、ハルマゲドン、そして千年王国24節から27節を預言の暦の鍵とし、七年を二つの半分に分けて、大患難に結びつけます。これは数ある読み方の一つです。要約を読む →

ダニエル書9章についてよくある質問

ダニエル書9章のダニエルの祈りは何を意味しますか。

ダニエルは、自分もその一員であるかのように民の罪を告白し、神の義を認め、神のあわれみに頼って、赦しとエルサレムの回復を願います。自分の功績に基づく祈りではありません。とりなしと共同の悔い改めの祈りの模範として、しばしば引用されます。

ダニエル書9章の七十週とは何ですか。

ガブリエルは、ダニエルの民とエルサレムのために定められた七十週を告げます。ほとんどの解釈者は、これを七年ごとの期間と見ます。起点、断たれるメシヤと来たるべき君が誰を指すか、最後の一週の位置づけについて、キリスト者の見解は分かれます。キリスト教の諸伝統は、同じ結論には至っていません。

なぜダニエルは章の初めに祈るのですか。

書物の中で、エレミヤによればエルサレムの荒廃は七十年続くと読んだからです。その時が終わりに近づいていると知って、ダニエルは傍観者にとどまらず、断食、荒布、灰をもって神に向かい、とりなします。

ダニエル書 9を引用している記事

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